魔力を溶け込ませる月代
他に何も来ないのであったなら。
ユウは敏感に其れの気配は察知し、斬り結んでいた巨虎を力任せに押し退け、さらに魔力刃を大振りして《風星》をぶつける。
風星の未言巫女は、体を押し込んでさらにワンダリングタイガーを後退させて、そのまま巨虎にぶつかってその全身に張り付く氷となった。
ユウはそうして凌いだ一瞬を使い、〈無限飛翔〉で刃を振り抜いたそのままの体勢で無理矢理真後ろへ自分を弾く。
真下から直進してきた魔力砲の余波で、ユウのフードが捲れバラけた黒髪が夜空に踊る。
ユウが琥珀の左目で地上を見れば、はっきりと白く輝く『人形』が魔砲を構えていた。
「またあいつっ……!」
またしても襲撃を掛けてきた人間大のビスクドールに、ユウは思いっきり顔を顰めた。
「じゃ、あのコウモリもあいつらの仲間?」
最低限、ワンダリングタイガーの体を浮遊させるのに必要な皮膜翼だけを残し、他は散らばって巨虎の体に付いた《風星》の霜や氷を取り除いているヴァンパイアバットをユウは凝視する。
暗がりでそれが生きているのか屍体人形なのかは、判別が付かなかった。
しかし、以前にも見たビスクドール達が、剣や槍を構え、背中に翼膜を生やして現れれば、答えは出されたも同じだろう。
「いやいやいや。多いから」
ユウは頬を引き攣らせて、《風星》で動きを止めたワンダリングタイガーを仕留めようと手の中で練っていた魔力を、剣を降り被って迫るビスクドールにぶつけた。
紅蓮が悪魔の舌のように夜更けの闇に翻り、人形を焼く。その焔はユウの手を起点にして羽衣のように振るわれて、敵の増援を舐めた。
ユウがその場に留まらずにローブの裾を翻すと、彼女がいた空間が光の奔流に呑み込まれた。
さらに、地上には他にも重火器のような魔道具を持ったビスクドールが隊列を組み、魔力弾を雨霰とユウに向けて放って来る。
ユウの眼前で、魔力弾を《魔蜂》達が障壁で防ぎ、衝突した魔力が火花のように夜空に弾ける。
その灯火の嵐の中から、巨虎が躍り出た。
ユウは一撃、振り下ろされた右前足の爪を半身になって避け。
二撃、恐ろしく大きな牙を、巨虎の腕を掴み、背中へ攀じ登るようにして離脱し。
三撃、ワンダリングタイガーが前転して振り抜いた尾を、逆にしがみついて攻撃を遣り過ごした。
《しづかよに
ましろくさえし
月の蜜蜂のはねをば
きららとはゆる》
その状態で短歌を詠むのは流石と言えようか。殆んど絶叫みたいな声だったが。
ユウの頭上、巨虎の背後で、第一衛星『パル』に照らされた《月の蜜》の未言巫女を、《魔蜂》達が囲った。
小さな体のそれぞれに白い光が宿り、ぽつぽつと夜闇を照らす。
地上から魔力の充填を終えた人形達からの砲撃がまた迫る。しかしそれらは《魔蜂》の白い光が受け止め、静かに鎮めてしまった。
『パル』の光を《魔蜂》に宿した時、《月の蜜》は彼女達に防御の魔力を与えるようだ。
それだけでは、確かに攻め手に欠けるが。
ユウは《魔蜂》達から漏れ零れる《月の蜜》の魔力光を、その
「月の海に鎮みなさいな」
魔女にとって、月の光とはその魔力を高めるものだ。
ユウが手杯を開いて、水のように月代を夜空に注いだ。
その淡い光は、海のように辺りに普ねいて、とぷりと波を立て、人形達を、巨虎を、蝙蝠達を呑みこみ、溺れさせる。
月の光に溺れる者達は、その魔力を溶け出させて、活動の源を失い、くたりと地面へ沈んで行った。
巨虎の背中の蝙蝠達も、偽りの命を月光の海に還して、散って行く。
ユウは空に浮かんでいた者が全て地面へ沈み、地上にいた者も全て逃走したのを琥珀の瞳と柘榴の瞳で睥睨した。
敵意が見当たらないのを知り、ユウは夜空に広げた月代の海を、また手杯を作り小さく集めて、そのまま手杯を傾けて唇から喉へ、御酒の如く飲み干した。
ユウの体内に、月の魔力が満ちる。それは〈エーテル吸収〉の効果によって、莫大な量の一時増設MPとしてユウのステータスに反映された。
戦闘は終ったと見て、《魔蜂》達はユウの【ストレージ】へ潜り、《月の蜜》の未言巫女は夜に融けて行った。
システム上のMPこそ上限を突破したユウであるが、激しい戦いの読み合いと決断を繰り返して脳を疲弊させ、自前の精神的な持久力を削ってしまい、彼女もまた《異端魔箒》に乗って揺られながら地上へ緩やかに落ちて行く。
その瞼は柔らかに閉じられ、呼吸は微かながらもしっかりと視認が出来る形で行われている。
「つっかれ、たぁ~」
怠そうな声を漏らして、瞼を開けたユウの目の前に、日本刀にも似た牙があった。
「はい?」
ユウが素頓狂な声を零して、それを認識した。小さな額に冷や汗が伝わる。
彼女はすっかり失念していたのだ。レイトフルールを討伐出来たならば、システムメニューがクエストクリアを報告するという決まりを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます