奇妙な襲撃者
「ここもダメなの?」
またしても、《魔蜂》の女王に否やを突き付けられて、ユウは夜闇に
大概は《魔蜂》が強大過ぎて、天敵である筈の種族を圧倒してしまうのだ。
的確な指示を発する女王蜂、一個体のように振る舞う働き蜂の群体、雷や熱、毒、風を自在に操る魔力と魔術技巧、個々の死を恐れずに敵へ立ち向かう群れへの強い帰属意識。あの《魔女》を護る兵士である事を、僅かな間ではっきりと見せ付けられた。
ユウは本日既に四度目になる移動に肩を落としながら、《異端魔箒》に跨がった。
次に見当を付けていた場所は、森だ。しかし、その森に存在しているアーキタイプを考えると、やはり《魔蜂》は巣くう事はないだろうが……まぁ、態々言わなくてもいいか。
私はまたの繰り返しを予見して、欠伸を空に融かす。この後も配信は無しで良いだろう。
「もー、かしこはお気楽だなぁ。いいなぁ、ネコはなにもしなくてもよくって」
不満を垂れるユウをちらりと見る。
じとっと瞼が半分落ちた視線も、中身を知っていれば恐くも何ともなかった。
第一衛星パルの月明かりだけが夜に溶ける中で、ユウに寄り添う数匹の《魔蜂》の羽音が潜む。
《魔蜂》も大分ユウに気を許しているようで、常に数匹が衛兵の如く、ユウの周囲を哨戒するようになっていた。
魔力に長けた彼女等が、その接敵に逸早く気付いたのは、当然であっただろう。羽音が大きくなり、歪で特徴的なリズムへと変わり、警戒をお互いに促しつつ、白い光を身に纏った。
ユウも瞳を透き通る朱と琥珀に変えて、《魔蜂》の魔力が点々と灯る頭上を見上げる。
大きな影だった。コミュト時刻は現在夜中の二時。
「レイトフルール……!」
ユウが以前の苦戦を思い返して警戒の色を強くした。
HPバーは二段、アルミラージ・レイダーよりも更に耐久力が優れたレイトフルールだ。
ユウが〈森想森理のローブ〉のフードを被り、認識阻害のスキル効果を受ける。
滑るように魔女の箒を上昇させて、まずは相手の全体像を窺った。
大きな体から生えた太い足は、前足の方がより太い。全身の筋肉が盛り上がり、本来は大地を踏み締めて生きるモノだと如実に伝わって来る。
「かしこさん、かしこさん」
「どうした」
ユウがレイトフルールに気付かれないようにと、小声で呼び掛けてきた。
続く言葉大体予想出来たが、聞いておこう。
「なぜに虎が空を飛んでるのか」
「さぁ?」
実際、私にもその答えは分からなかった。このレイトフルール――ワンダリングタイガーは地上で圧倒的な力の元にプレイヤーを蹂躙する存在だった筈だ。
それが背中から漆黒の皮膜翼を広げて空に鎮座しているのは、運営の仕様ではない。
そして他にもこのワンダリングタイガーには不審な点がある。
「あと、なんかぐったりしてない?」
「そうだな」
忙しなく動いているのは皮膜だけで、四肢も尾も顔も力なく垂れ下がっている。意識がないのは、見るからに明らかだ。
「もう倒されて輸送中?」
「フルールは倒されたら消えるぞ」
フルールが光の粒子になって消える場面は何度も目にしただろうに。相変わらず、良く分からないところで抜けている奴だ。もしくは、現実逃避のつもりなのだろうか。
どちらにせよ、ワンダリングタイガーの目が前触れなく開いた瞬間に、そんな呑気な事を言っている余裕はなくなった。
〔『クエスト:丑三つ刻の襲撃』が発生しました。詳細はシステムメニューの【クエスト一覧】からご覧ください〕
システムメニューが戦闘開始を告げ、無言ながら身が痺れるような殺気がワンダリングタイガーから拡散される。
一拍の後、ワンダリングタイガーが凄まじい咆哮を上げ、右前足を振り上げた。巨体に似合わない速さで、ユウの眼前にその太い足と爪が迫り。
その隙間に滞空していた《魔蜂》が障壁を展開してその一撃を防いだ。
「ありがとっ」
ユウは楡の柄の箒を滑らせて、ワンダリングタイガーの上方に位置取る。
「地面に叩き落とせばっ!」
ユウの掌から、《異端魔箒》へと魔力が注がれ、収縮していく。
くるりと黒いローブの裾を翻して横転し、馴染みとなった腰溜めの砲撃姿勢を取った。狙うは、ワンダリングタイガーが天性には持たない、その背中の皮膜翼だ。
ユウの魔力が夜を貫く。
しかし、巨虎の背に生えていた皮膜は、その光の集束が触れる直前にばらけて、四方へ飛び去った。
「コウモリ!?」
その一欠片ずつは、ユウが見た通りに、漆黒の蝙蝠を象っていた。そしてその蝙蝠の群れは、すぐに空中へ放置されて落下しかけていたワンダリングタイガーの背に張り付き、また皮膜の形となって懸命に羽ばたき、飛行を維持した。
「なにあれ、ヴァンパイアバット!?」
加速して迫る巨虎の一撃を、ユウもまた加速に任せて回避しつつ、叫ぶ。
吸血鬼そのものであったり、吸血鬼の眷族であったりする蝙蝠は多くのゲームやファンタジーで出演しているから、その発想が頭を付いたのだろう。
恐らくは、ユウが思い至った通りの名前を持つモンスターだとは思う。それがワンダリングタイガーに取り付き、操っているようだ。
《魔蜂》達が、ユウの【ストレージ】からさらに飛び出した。そしてユウの周囲を取り囲み、ワンダリングタイガーが剥いた牙を、真っ白な光の壁で防ぐ。
だが、ワンダリングタイガーはその膂力だけで結界を破り、光は硝子のように砕け、《魔蜂》達は散り散りに退避する。
そして日本刀にも迫る鋭さを持った爪がユウに近付き。
ユウが《異端魔箒》の柄から伸ばした魔力の刃がそれを受け止めた。その様は例えれば大剣、刃はユウの体と同じ程もある。
《異端魔箒》に備わる〈無限飛翔〉に頼りきった、取り回しを全く考えていない白兵武装だ。
「わたしがいつまでも、砲撃だけしかしないとか思うなよぉっ!」
ユウは気合いを込めて魔力刃を振り抜き、巨虎を後退させた。
体勢を崩したワンダリングタイガーに向けて、《魔蜂》達が雷撃を浴びせ掛ける。
だが、《魔蜂》の牽制弾は、ワンダリングタイガーの肉体は傷付ける事が敵わず、その背中のヴァンパイアバット達はばらけて避難し損なう事はなかった。
それでも、翼を失えば僅かばかりでもワンダリングタイガーの機動性を削れる。
そこへ、手に構えた魔女の箒に飛翔を頼ったユウが攻め込み、過冷却の大気水分を凍て付かせ煌めかせつつ、巨大な魔力刃を振り下ろす。
一太刀二太刀と、大振りの斬撃は、巨虎に躱されるものの、次第に空を切るばかりだった刃も、肉薄し、体毛の先端を削り、筋肉に弾き飛ばされるまでに接する。
さらには、ユウの動きに併せて《風星》が発動し、氷の粒が散る。
加えて、風星の未言巫女もユウの隣に現れ、鏡写しに斬撃を二重奏へと変化させる。
左右からの全く同時の凍結と斬撃に、ワンダリングタイガーのHPが少しずつ削り出して行く。
《魔蜂》の魔術も伴奏のように二人をサポートし、このままならレイトフルールが消える三十分間を乗り越えられそうだ。
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