〈アート・プレイ・タイプ:未言〉

 ユウ達は、森の木陰で人心地付いていた。

 ユウは息を切らし、セムは欠伸をしている。キャロはまだふらついていて、悠の表情は暗かった。

「キャロさん、だいじょうぶ?」

「くらくらしますぅ」

 まだ魔薔薇の香りに影響を受けているキャロに、ユウは〈アンチテンプ〉を一粒手渡した。

 キャロはそれを飴のように舐める。

 その側でシジミチョウが回っている。まだこの森でも動くものが残っていたらしい。

「おいひいですね、ほれ。たくさん作ってください」

「おいしーよねー。がんばってつくるよー」

 甘いもの一つで、二人はほんわかとした雰囲気になる。あれだけの敵を前にした後で、随分と切り換えの早いものだ。

 しかし、そのように割り切る事が出来ない者もいる。

「すみません……また、何もできないで」

 悠が暗い声で謝罪を述べた。

 それにユウが首を振る。

「そんな、仕方ないですよ」

「そうそう。レベル低いのにアーキタイプの相手なんかできんて」

 セムもあっけからんと、遥の言葉を肯定した。

 レベル制ゲームは、レベルの数値が絶対的な位置を占める。所謂プレイヤースキルと言うものは、あくまで同レベル帯での勝負を分ける要素にしか成り得ない。

 特に、対プレイヤーではなく、対エネミーについて言えば、その傾向は顕著だ。

「しかし、紡岐さんは、昨日始めたばかりですし……」

「これは規格外だから、参考にしない方がいい」

 悠が余りに思い詰めているので、私は口を挟んだ。

「そもそも、息を吸うように創作するのが人間的に異常だ」

「例えてみると、日常でオペラみたいに歌い出してるようなもんだよなー」

 セムのあいの手に、私は深く頷く。

「道を歩いて短歌をいきなり詠むなんて、非常識な生活はしていないだろう?」

「それは……確かに、短歌は時間を取って詠みますが」

「そうだろう、そうだろう。通勤時に歌が出来たとメモを取って、直ぐ様推敲して言葉の誤りをネットの辞書で確認するようなキチガイだぞ、こやつは」

「紡岐さん、普段そんな事してるんですか……?」

 悠は全く想像だにしてなかったと、目を見開いてユウに向ける。

「いや、あの……してますけど、え、歌詠みなら普通……ですよね?」

[詠題がないと何詠めばいいかわからないよぅ]

[紡岐さん、人に短歌を送る平安な人だから]

「おまいさん、生まれる時代間違えてね?」

 コメントから来る客観的視点から見たユウの普段に対して、セムが短く指摘を入れた。

 まぁ、それくらい常識的でないからこそ、ユウはこの動画配信プレイヤーに選ばれたのである。

「違うし! 生まれた時代間違えたんじゃなくて、昔ながらに生きてるだけだし! 伝統は大事だし!」

「はいはい」

「うなーん!?」

 何かユウが喚き出したが、放って置こう。

「まぁ、だからだ。しっかりと詠みたい時に短歌を詠めば、レベルは上がる。此れはその間隔が細かいだけだ」

「かしこにまでこれ扱いされた!? まって! まって、まって!?」

「それに、現実で創作した物をログインルームでダウンロードしても【アート・プレイ・タイプ】のレベルは上げられるぞ」

「かしこ!? 無視しないで!? 紡岐さんをかまって!?」

「うっさい、お前」

「にゃん!?」

 ユウの頭にセムの肉球が落とされて、撃沈した。声もなく泣き真似をして目を指で拭っているのが見えて、頗る苛っと来る。

「既存の物でもレベルは上がりますか?」

「上がるぞ。むしろ、ベータテスターでは向こうの書籍分類データや建築設計図を持ってきて一気にレベル上げした奴等がいるからな」

 悠の問い掛けに、私は先例を引いて答える。質問は意欲の表れだから、良い兆候だ。

「私の《ブレス》も、現実で演じたものですしね」

 キャロもおとがいに人差し指を当てて、自分の例を出してくれた。

 普段から創作活動をしている者なら、大分楽にレベル上げが出来る筈だ。

「それにな、気付いてないかも知れないが、ユウの……というか、〈未言〉の【アート・プレイ・タイプ】はステータス上昇幅が異常だからな。そのレベルが20近いとか、そりゃ、そこらのベータテスターには劣る訳がない」

「え?」

「はぁ?」

「えー? 紡岐さん、ずるいですよ」

「はい?」

[ちょっと待て、にゃんこ、そこんとこ詳しく]

[【チート疑惑】おかしいのはレベルアップ速度だけじゃなかったのか【公式認定】]

[やだ、紡岐さんたら……]

[だよねー、遥ちゃんの動き、異常だもん]

[チートの権化かよ]

 ふむ? ベータテスター達でも、薄々勘づきはしていたものの、確信は持っていなかったか。

 不平を満面に出したセムと口を尖らせるキャロは、一番側で見ていながら寝耳に水だったらしい。

「【アート・プレイ・タイプ】のステータス上昇は、より作業が困難なもの、より時間を多く必要とするもの、より創作活動者が少ないもの程、大きくなるからな」

 誰も思い付かない程に『困難』で、誰も思い付かないからこそ『創作活動者が唯一』と言っていい〈未言〉は、既存の【アート・プレイ・タイプ】でも最上級のステータス補正を誇っている。

 悠も〈未言〉を使った短歌を詠んでいるから、その恩恵を受けているのだが、【アート・プレイ・タイプ】個別のステータス上昇値はプレイヤーは確認出来ないので、見落としていたか。

「おい、にゃんこ。〈未言〉って1レベルにつき合計で幾つステータス上がるんだ?」

 セムが凄味を効かせて私に迫る。少し背筋が冷たくなったぞ、おい。

「一般的な【アート・プレイ・タイプ】の五倍だな」

「30も上がんのかよ!?」

 流石、ゲーマー、計算が早い。

 セムは腹いせにユウの肩を掴んでがくがくと揺らす。

 ユウは成されるがままで、目を回していた。

 それは放置して、私は話を進める。

「じゃあ、悠さんも、未言? で、たくさんステータス増加しますねっ!」

 キャロが力強く結論付けた。

 そう、悠は既に〈未言〉の【アート・プレイ・タイプ】を取得している。順調に伸ばしていけば、他のプレイヤーよりも強くなれる。

「確かに、私も未言は好きですけど……」

 ユウのように未言を使いこなす自信がないのか、悠は言葉を濁す。

「悠さんなら、だいじょうぶですよ?」

 それに対して、ユウがふわっと告げる。

「悠さんは、未言達のこと、ちゃんとわかってくれてますから」

 そう言ってユウはほんわかと微笑んだ。それは、喜びと信頼から自然と出た表情だ。

 それを見て悠は一瞬呆気に取られ、そして諦めたように、安らいだように笑みを溢す。

「そんなふうに言われたら、もうやってみせるしかありませんね」

 悠は刀を抜き、空に掲げる。

「紡岐さんが、私に未言を託してくれるなら、私はこの刀に誓いを果たします」

 凛とユウが宣言した。

 一拍置いて。

 目の前で見ていた三人が揃って拍手を送る。

[おー、かっこいいー]

[羨ましいですっ。僕も店主様に未言を託されたいですっ]

[いいね、いいね、このゲームの醍醐味だよね、こういうの]

 コメントにも絶賛が並ぶ。

 それに充てられて、悠は顔を真っ赤にして、いそいそと刀を納めて顔を背けてしまった。

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