仕事しろ、未言屋店主

 〈未言〉の【アート・プレイ・タイプ】の事はさておき、問題なのは先程の鯉の姿をしたアーキタイプについてだ。

「にしても、さっきのはやばかったですね」

 嘆息するキャロに、ひらひらとシジミチョウが寄っていく。その蝶がキャロのスカートのオオムラサキに似せたリボンに止まるのを、ユウは金色の瞳で見ていた。

「そうねー。ドラゴンよか鯉のが強いってどういうことよ」

 ユウもやりきれないと声にしながら、相変わらず、蝶々に視線を留めて、羽が開いては閉じるのを溜まり目で見ている。

「まぁ、鯉はセカイの覇者だからな。龍より強いわな」

「なんで鯉が世界の覇者なの?」

 前振りもなく鯉の強さを語るセムに、ユウがそちらを向いて首をこてんと倒した。

 それに対して、セムは当たり前の事を告げるように、言葉を重ねた。

「世界じゃないですー、セ・界ですー」

「はぁ? ん、あっ、そういうこと? いや、リーグは界って訳さないでしょ」

 やっとネタが理解出来たユウは、途端に呆れてしまった。

[次の試合で龍が勝てばなー、虎に自力優勝の目が復活するんだけどなー]

[明日の試合で負かしてやんよ]

[いや、今期のツバメじゃ虎は討ち取れないだろ]

[ちくしょー、どう転んでも優勝の可能性がねぇ]

「あ、はい。余所でやってください」

[【民族大移動】ほら、うp主がこういってるから、こっちにこいお前ら【連行開始】]

 横筋に逸れたコメント達がそのまま引き抜かれて行った。それでも、二窓を使っているのが大半で、視聴人数がほぼ変わらないのは、喜ぶべきか呆れるべきか悩ましい。

「もー、ねーやんが余計なネタぶっこむからー」

「あぁん? 野球バカにすんなよー」

 此方は此方で、ユウとセムがじゃれあっている。本当に仲がいいな、こやつら。兄弟か。

「ええと、話が脱線してますよ?」

 おずおずと悠が二人に戻って来るように促した。

「つむむのせいで話が進まんな」

「わたしのせいなの!?」

 責任を押し付けられたユウが叫ぶが、さらっとセムは無視する。

「でだ。順当に言えばあれが『何』のアーキか考えないとな」

「『鯉』ですかね」

 キャロが安直な意見を出す。

「違うと思うー。〈魔女の手〉で掴んだとき、こう、『呑み込まれそうな』気がした」

 キャロのスカートから離れていくシジミチョウを目で追いながら、ユウは感じたものを伝える。命懸けの状況でも、彼女の感覚は細かなものまで観察するらしい。

「とりあえず、この森の住人はあの鯉に食べられたんで間違いないんですかね?」

「その可能性が高そうだなー。あのビームとか、ベータテストの時に森林エリアで見たわ。角からビーム出すカブトムシ」

「え、なにそれ、かっこいい。見たい」

 悠の質問に対して、セムが記憶を頼りに出した情報に、ユウが食い付いた。

[レイビートルね。あの破壊音波は、オニゼミかしら]

[あの動く蔦も別の場所で見かけたよ]

[つーことは、あの鯉は食ったモンスターのスキルをコピーしてんのか]

[聞くからに厄介だな]

「……うぇぇ」

 ここまでの情報で導き出された推測に、ユウがあからさまに嫌そうな顔と声で不平を露にする。

「よし、あれは全力で回避しよう」

 そしてあっさりと無視を決め込むと決断した。

「ま、倒さなくていいならな」

「そうそう。なんかあれに呑み込まれてないのもいるみたいだし、話ができるようなのがいないか探してみようよ」

 ユウはキャロの髪に止まったシジミチョウを見て、そんな提案をし。

 他の三人はユウの顔を見詰めて固まっていた。

「え? どしたの、みんな?」

「おまい、なに見えてる?」

「え? 蝶々、そこにいるよね?」

 セムが怖々と訊ねるのに対して、ユウはその小さな生き物を指差した。

「ひっ!? 私の周りにいるんですか!?」

 指差された方にいたキャロは、びくりと体を跳ねさせ、見えないものを追い払おうと腕を振るう。

 まぁ、その中で平然とキャロの髪にくっ付いているシジミチョウは、どう考えてもまともな虫ではなさそうだ。

「紡岐さん、目が金色になってますよ」

「あっ……〈魔女の瞳〉か」

 悠に言われてやっと、ユウは自分が満月の黄金を瞳に宿しているのに気付く。

「じゃ、これ、妖精か」

「幽霊じゃないですか!? 幽霊じゃないですよね!?」

 今まさにそれにくっ付かれているキャロが恐慌に陥っている。

 これ、幽霊と言ったらどうなるんだろうか。

「幽霊ではないと思うよ」

 ユウが見たままを告げると、キャロはほっと胸を撫で下ろした。

 ユウはキャロの頭に乗ったシジミチョウに人差し指を近付け、シジミチョウはユウの指に移った。

 そのまま、ユウはじっとシジミチョウと見詰め合う。

 暫くの間、その場にいた全員がそれを見守った。

「んー、昼間だから会話はダメっぽい」

 昼間は、妖精が普通の生き物になる時間だ。この時間ではユウでも、彼等と交信するのは難しいらしい。

「夜まで待つとか、笑えんぞ」

 折角のプレイ時間なのに待っているだけなのは嫌だと、セムは半眼になる。

「それに、今じゃないと離脱してしまうのではないですか?」

 相手が幽霊じゃないと分かり、少し平静を取り戻したキャロも、セムの意見を後押しする。

 兎も角、妖精を感知出来るのはユウだけなのだから、ユウがどうにかするしかない。

 長距離移動、レイトフルールの処理と続き、三つ目の無理難題がユウの肩にのし掛かる。

「未言使え、未言」

「ねーやん、未言をなんだと思ってる」

「秘密道具的なナニか」

「ちげぇよ!」

「えっ、違うんですか?」

「キャロさんまで!? 違うからね!」

 きゃいきゃいと、何時ものように姦ましい三人に緊迫感の欠片もない。

滴合しずぐわうさんなら、魂を混ぜて意思疏通とかしてませんでした?」

「あっ」

 騒ぐ三人の横で、じっと思考に耽っていた悠が出した記憶に、ユウは声を漏らした。

 そしてユウは、何かを思って視線を虚空に注ぐ。

「悠さん、またしづに懐かれますよ」

「あっ……」

 ユウは思い至った事をかなり和らげて告げると、悠は顔を覆い隠さんばかりに困り果てていた。

 ユウは一旦、それは置いてしまって、指の付け根を口許に当てて物思いを始める。

「うん……しづなら、イメージも強いし、いけるかな」

 ユウは一つ頷き、悠の提案が実現出来るだろうと判断する。

 それは、未言の実例がなくても、《ブレス》として取り上げられるだけの創作が可能だという自信の表れだ。

「ちょっと、短歌考えるから、時間ちょうだい」

「できるんか? どんだけかかる?」

「どだろ?」

 セムに時間を訊かれて、ユウはこてんと小首を傾げた。

 余り時間に囚われないで生きているものだから、制限時間や要求時間を自分で判断出来ないのだ。

「紡岐さん、未言歌ならいつも五分で詠んじゃうじゃないですか」

 そこに助け船を出したのは、悠だった。

 彼女は、いつも未言を詠み込んだ歌をSNSに投稿する自発イベントで、ユウが次から次へと短歌を連投する様を知っている。

 セムもそれなら待ってやろうとふんぞり返った。

「集中したいから、ちょっと話しかけないでね」

 ユウは人差し指を唇に当てて、静かにしてほしいとジェスチャーで示す。

 わざわざ邪魔する必要もないから、他の三人は少しユウから離れた。

 私はと言えば、歌詠みに没頭するユウの代わりに、シジミチョウの姿をした妖精が飛んで行ったらすぐ分かるように見守る役目に就かされた。

「んで? しずぐわうって、どんなやつなん?」

「滴合うさんですか……そうですね……」

 悠は言い淀んだ。

 そもそも、悠が未言巫女の性格を知っているのは、ユウがSNSで行っている読者参加型のノベライズ『未言荘』に参加していたからだ。『未言荘』は未言が不思議な出来事を起こし、未言を探すと未言巫女として顕現して一緒に暮らしていけるというコミニュケーションゲームの感覚で遊ぶ作品である。

 なお、『未言荘』自体は半年程でユウが時間を取れなくなって更新が停止している。仕事しろ、公式。

「まず、滴合うの意味がですね、水滴と水滴が混ざって一つになることなんですね」

「ああ~。紡岐さんの作ったって時点でアウトだな」

 セムは滴合うの意味を聞いて、即座にユウの性格を加味して判断した。

「まったく、紡岐さんは変態だな」

「そこのねーやん、わたしのいないところで変なレッテル貼らないでくれる!?」

「おまいはさっさと未言ブレス作れよ。あと事実だ」

「そですね」

「……否定はできません」

「うわーんっ!」

 早々に役目を放置して話に交ざろうとしてきたユウを、三人揃って追い返した。

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