乱獲されるウサギ

「ウサギ死ねぇ!」

「なに!? なに、ねーやん!?」

 俯いてシステムメニューに視線を落としていたユウは、セムが急に上げた奇声に怯える。

 肝心のセムの前では、チビットとラヴィランの軍勢が爆炎に呑まれていた。

「なに乱獲してんの!?」

「気にするな。あいつらは生物じゃない、フルールだ。逃がすかっ、ウサギ!」

 爆炎を辛くも避けて跳ぶラヴィランが、足を縄に捕られて逆さ釣りになる。遅れて、周囲から矢が飛んできて串刺しにされた。

 ポップしたフルールを瞬時に見付けて先制したようだが、レベル差が有りすぎて勝負にもならない。これだけレベル差があると、フルールはポップしてもしばらく敵対しなければ自然に消えるように設定されているのに、セムに容赦はない。

「ウサギになんか恨みがあるんか、ねーやん!?」

「ある!」

「あるの!?」

 確かに良く見れば、セムが繰り出した罠に襲われているのは、ウサギ型のフルールばかりで、一緒に現れていたネズミ型のフルールは巻き込まれてはいても追撃まではされていない。

「あいつ等、二晩連続でゲーム奪いやがったからな! 優勝争いからドロップアウトしてるくせに! 昨日は四点取られたから四十匹は狩る! 特にあのオレンジ色したラヴィランは殺す!」

「は?」

 ユウは意味が分からないと声を漏らすしか出来なかった。

[つまり、セムは虎ファンか]

[ウサギとトラって、なんか関係あんの?]

[昨日の試合で、鯉とのゲーム差開いたんだよな、ちくしょう]

[あー、察し]

[【分からないヤツは踏むなよ】よし、これ以上はコメントが荒れるからスレたてた。話があるやつはこっちに来いや、オラ【俺の魂は猛牛】]

「……ああ」

 コメント欄に飛び交う怒号を見て、ユウは納得の声を上げる。同時に、触らぬ神にとばかりに、この話題から手を引く事を決意した。

「また負けたんか」

「またじゃねーし! やるか!」

「うぎゃ!?」

 ただし、余計は一言を溢して、セムの肉球を頭に落とされていたが。

 じゃれている間にも瞬殺されていくフルール達が無惨で仕方ない。

「あんだけ乱獲したのにあんま経験値入ってねーなー」

「乱獲って認めたよ、この人!?」

「この辺りのエネミーはもう私たちには不適切ですからね」

 初期プレイヤー向けのエリアだから、戦闘が得意なベータテスター相手では歯が立たないのは当然だ。高レベルの【バーサス・プレイ・タイプ】程、多量の経験値を必要とするので、その意味でも割に合わない。

「でも、キャロさんは支援型だから、一人だとキツい?」

「いえ、そんなことないですよ? セムティーチャーほどは手際よく倒せませんけど」

「キャロさん、得意なのは撹乱だけど、実はオールラウンダーだからなー」

「え?」

 ユウはまた意味が分からないと声を漏らした。

「ま、見た方が早いわな。キャロさん、次は任せた」

「了解です」

 キャロは姿勢も正しく敬礼をした。

 それから然程間を置かず、三人の前にラヴィランが三体現れた。

 自然な足取りで、キャロだけが前に出る。彼女は【ストレージ】から一本のレイピアを取り出して、装備した。

「キャロさんだけでだいじょうぶなの?」

「心配いらないから見てなー」

 ユウは不安そうにセムの顔色を伺うが、一旦はキャロを見守る事にした。

 現実ではキャロが一番年下だが、此方の経験はユウより遥かに高い。何も心配する必要はないだろうに、過保護な事だ。

 キャロがレイピアの刃を左手で撫でる。

 ラヴィランも腰を若干落とし、臨戦態勢になる。

「弱い者いじめは趣味じゃない。逃げてはくれないかな?」

 普段よりも低くした声でキャロがそう言うと、〈スキル〉の発動を示して体から光が飛び散った。

[うおおおお! ピアのセリフ!]

[引っ張って飛んでくアプリゲームに出てくるキャラだっけ?]

[真っ直ぐ癖なく翔ぶけど、後でレアキャラとトレードされるくらいの性能]

[ピア補強メンバーで固めて、粘り強くじり貧を勝ち取るってプレイをした猛者ファンもいるがな]

 視聴者が歓喜するのを見ると、今の台詞はキャロの前準備であると同時にファンサービスなのだろう。

 キャロは半身になり、レイピアを突き出す形で構えて、敵を待つ。

 堪えきれなくなったのか、中央に位置していたラヴィランが跳ねた。ウサギらしい発条バネのあるその跳躍なら、二歩でキャロまで詰められる。

 キャロもそのラヴィランの動きに応じて、足腰を沈め、跳ねる。

「行くよっ!」

 跳躍したキャロは、自分に向かってきたラヴィランの脇を掠めて、さらにその後ろ、彼女から見て右手側にいたラヴィランに肉薄する。

 レイピアの切っ先がラヴィランの肩を突き刺し、跳躍の衝撃を伝えて吹き飛ばす。

「もう一閃!」

 キャロが声と同時にさらに地面を蹴った。後方へ飛ばされたラヴィランへ追撃する。

 発声をスイッチにして発動した〈スキル〉があるのだろう。流れるように繋がった動きは、達人にも迫る。

 一連の攻撃を受けたラヴィランはHPが半減し、【気絶】している。

 戦闘が始まってから、ユウは〈魔女の瞳〉を発動していたようだ。配信の動画にもそのHPの減少がバーで表示されていた。

 私は危なげないキャロの戦闘から一度目を外し、ユウの柘榴の粒みたいに鮮やかに透明な朱色の瞳を見上げる。

「いや、なんか使ってる〈スキル〉の方が成長が早い気がするから、使っておこうかなって」

 見られたからって、見咎められた訳ではないのだから、そんなおどおどと言い訳がましくする必要はないのだが。

 ユウの言い分は強ち間違っていない。プレイヤーの間ではまだ検証段階だが、〈スキル〉には【熟練度】の隠しステータスがあると言われている。厳密に言えば、プレイヤー自身が〈スキル〉に該当する機能に順応し、使用方法に幅が広がった時に、〈スキル〉が拡張されたと判断されてレベルが解放されるのだが、どちらにせよ、使用頻度が高い方がレベルは上がりやすい。

 戦闘に際して、基本リソースになるHP等を見るように癖を付けておくのも、今後の生存率を上げるだろう。

「この切っ先は大樹を穿つ雷端……」

 そんな事を考えていたら、キャロがラヴィランを直線上に誘い込んでいた。

 キャロのTPが身体能力強化へ、MPが電気へと変換されて消費される。

 弓を引き絞るが如く、キャロが右手に持つレイピアを大きく後ろへ引いた。

「雷火一閃!」

 高らかに宣言された台詞と共に、その技は放たれた。

 雷がもし真っ直ぐに進められるなら、こうなるのだろう。暗闇に閃光が走った。

 瞬く間に三体のラヴィランを貫いたキャロの雷突は、他の何にも焦げ目を付けず、ただ敵の体だけに風穴を貫通させていた。

 秒も待たず、三体のラヴィランは崩れ落ち、光の粒に消えた。

 辺りには僅かに踏み潰された草があるだけで、戦闘があったような跡は見受けられない。美しい戦い方だと言えるだろう。

「あ」

 その完結された静寂を崩したのは、ユウだった。彼女はキャロからもらった【バーサス・プレイ・タイプ】の一覧をスクロールして何かを探している。

「ねぇねぇ、キャロさん、これなんかどう?」

 ユウが可視状態にしたシステムメニューを指差すと、キャロとセムが覗き込む。

 ユウが指差したのは〈キャスト〉という【バーサス・プレイ・タイプ】だった。

 『配役を演じる』事を特徴としたタイプで、演じ分けによる能力値強化とその変更、技能補助に秀でている。ただし、レベル上限は30で、もちろん『演技をする』以外の特別な条件は設定されていない。

「いいですね、これ!」

 キャロの食い付きはすこぶる良かった。ベータテスターの実績があるから開示された【バーサス・プレイ・タイプ】も多く、存在に気付いていなかったのだろう。

「きゃろろにはハマり役かもなー。いいんじゃね」

 セムも特に口を挟む事もなさそうだ。

[声優だし、演じ分けで発動する系スキルも使い勝手良さそう]

[サブに置くには便利でムダがなさげ]

[さすが店主様です、ピッタリなの見つけられるなんて!]

 キャロはふんわりと笑顔をユウに向けた。

「そしたら、これにしますね。紡岐さん、ありがとうございます」

 キャロはお礼と同時に深く腰からお辞儀をした。

「ん」

 ユウは口の中で声を頷かせるだけで返す。

 目も合わせようとしない無礼者の頭を、私は小突いた。

「にゃ!? かしこまで、なんでわたしを叩くの!?」

「きちんと返しなはれ、このたわけ」

「返事したでしょー!?」

 あれが返事になるなら、不良も品行方正と呼べるわ。

 もう一度、ユウの頭を叩いておく事にした。

 それからしばらく。十五分程度、歩きながら、時折襲って来るフルールを三人交代で返り討ちにし、襲って来ないウサギ型をセムが爆発させて、その集落に辿り着いた。

 そう、街でもなく、町でもなく、村ですらない集落だ。

 粗さの目立つ木造家屋が点在して、明かりも点いていない。住人は、日暮れと共に眠る生活をしているのだろう。

「なんだか寂しいね。夜だから?」

「どうだろうな」

 セムはユウと違って、昨日にも『コミュト』の人間と接しているから、その傾向も少し掴めているのだろう。

「セーブポイントはこっちみたいです」

 マップを辿るキャロを先頭に、三人は集落を抜けて行く。建物が一度途切れても、マップのアイコンはまだ先にあった。

「抜けちゃったよ?」

「あれあれ?」

 ユウとキャロが揃って首を傾げる。夜闇に梟が鳴く声が通り過ぎた。

 これでは、またフルールが出て来るエリアに入ってしまうように二人には思えたのだ。

「ま、システムマップはウソつかんから、歩くべ」

 セムだけがマップを頼りにして泰然自若としている。

 やがて、集落から往き来するには向かない程に離れた場所に、そのセーブポイント機能を持った廃屋があった。

 そう、その外壁は木の皮が所々捲れて、放置された雑草が不揃いに生えている中に佇み、人の住んでない建物特有の不気味さを醸し出している、廃屋と言うに相応しいものだった。

「……え、あれに入るの?」

 廃屋の全体像が夜目でも認識出来るくらいに近付いた所で、ユウが足を止めた。あからさまに嫌そうな顔をしている。

「入らんとキャロさん転職できねーよ」

 ユウがキャロの方を向くと、キャロはにこやかに手を振った。

 ユウは黙ったまま、セムに向き直る。

「わたし、待ってる」

「おまい、掃除道具持ってるだろ」

 二人の間を沈黙が吹き抜けたのも、束の間。

「やだよ、《ニクェ》にお掃除の〈スキル〉なんかないもん!」

「いいから来いや、なに一人だけ逃げようとしてんだ、こら」

「わたし、のど弱いから、埃で咳き込むもん!」

「現実と丸っきり違う理想の体だろ、いけるいける」

「いーやーだー!」

「はいはい、わろすわろす」

 ユウがぎゃんぎゃん喚き、セムが非情にその訴えを潰していく。

 じりじりと後ろに下がって逃げ腰なユウを、セムががっしりと捕まえた。

「ねーやんがいじめるー!」

「いじめてねえし」

 ユウの泣き言が極まった時、魔女の箒が独りでに【ストレージ】から出て来た。一両日も経たない内から遠慮をなくして、傍若無人に振る舞うのは、些かならず眉をひそめたくなる。

 そんな私の気分も無視して、宙を踊るように廻る《異端魔箒》を三人が揃って目で追った。

 魔女の箒は、三人の視線を引き付けたまま、廃屋へ向かう。魔力で扉を開け、中へ入る。

 それから十秒足らずの間、惜しみ無く魔力を駆使した魔女の箒が発しただろう光が、廃屋の建材の隙間から、色鮮やかに彩めきが漏れる。

 そして魔女の箒は、埃の渦巻きを廃屋の玄関から掃き出した。それは廃屋中の埃を集めたのであろう、とてつもない量で、《異端魔箒》はそれが飛び散らないように巧く纏めながら廃屋から少し離れた場所に移動させ、焚き火に変える。

 埃が爆ぜて煙となる焚き火を背後にして、魔女の箒がそそとユウの前に戻ってくる。心なしか胸を張って自慢気な雰囲気を纏っている。

「オート掃除機能付きかよ」

「すごいですねー、紡岐ティーチャーの《レリック》は!」

[【万能型箒】一家に一本ほしくなるレベルの有能さだな、ニクェ【ただし、大元はキチガイ】]

[遥ちゃんは全部チートだけど、あれの便利さは群を抜いてるよね]

[愛の力ですね、紡岐さん!]

 周りが前世の恋人の為に尽力する魔女の箒を絶賛する中。

「はははは……」

 ユウは余りの愛の重さに力なく笑うしかなかった。

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