〈プリンセス〉の成り方

「さて、つむぎーるが起きるまでに、今日どうするか決めるか。寝てるこいつに決定権はない」

 こうなった事情を聞かずに話を進めるセムだが、恐らくはログイン前に配信をチェックして成り行きを把握しているのだろう。

 ところで、そろそろ降ろせ。

 私は身を捩って、セムに摘ままれた首の皮を滑らせ、着地する。

 そのまま寝息を立てるユウに飛び乗った。眠りが浅いので、自動ログアウトも機能しなかったらしい。

「おー、フードに穴空いてんなー。やっぱ初期装備もろーい」

 セムが、弓で射抜かれて空いたユウのフードの穴に指を突っ込んでいる。

 一体何をしているのか。

「セムティーチャー、穴広がりますよ?」

「あっ」

 キャロが指摘したその時、びりっ、と布が裂ける音が鳴った。

「やべ。ま、いっか」

 一拍の間も置かず、セムは自分がやらかした事を棚上げにした。

「つむむなら、許してくれんべ」

「まぁ、紡岐さんは怒らないでしょうけど……」

 キャロは物言いたげにしつつも言葉を濁す。

 セムも言葉の割に、申し訳なさそうな表情をしている気がする。頭から被った虎に失礼な毛皮のせいで、上手く顔色が見えないから確証は持てないが。

「んっ……」

 ユウの喉から小さな音が鳴った。

 〈森海のローブ〉が、もぞもぞした彼女の身動ぎに合わせて衣擦れする。

「ふぁあぁぁあ」

 ユウが大きく口を開けて、やたらと長く欠伸をした。それから、髪を掻いて、伸びをする。

「んぅ」

 そしてローブを被り直して、眠ろうとした。

「一度で起きれっ」

 私はユウの体の上でジャンプする。毎度毎度、二度寝三度寝を当たり前にするんじゃない。

「んん……かしこ、良い子は夜寝るんだよぉ?」

 真っ当な抗議に聞こえるが、ユウの生活リズムで言えば、今は朝だ。

 頭を殴ってでも覚醒させてやろうか、こやつ。

「キャロさーん。紡岐さん、寝てるつもりらしいから置いていこうか?」

 セムの発言が耳に入った瞬間、ユウはがばりと顔を上げた。

「ねーやん、わたしを置いていくの!?」

 ユウはセムの袖を握ろうと体を伸ばし、体勢を崩して楡の箒から落ちた。

 それでも痛がるでもなく、どたばたと土埃が立つ程に慌ててセムの足にしがみついた。

「つむむが寝てるなら置いてくわ、そりゃ」

 ユウがセムを無言でじっと見詰める。今にも泣きそうな顔をしていた。

「起きるなら、置いていかない」

「起きるぅ」

 ユウが即答して立ち上がった。起きる気になったのを、示したいらしい。

「相変わらず、紡岐さんの扱いがお上手ですね」

 キャロがその様を見て、口許を隠して、くすりと笑った。

 セムは肩を竦める。

「これ、分かりやすいし」

 セムにこれ扱いされるユウが、はたと首を傾げた。

「ここどこ? なんでねーやんいるの? あ、キャロさん、おはよー」

「紡岐さん、おはようございます」

 寝惚けから抜け出しつつあるユウの今更でのんびりした挨拶に、キャロはにこやかに応えた。

 しかし、こやつ、寝惚けながらあんなに絶叫するとか、どれだけセムが好きなんだ。

「ここは『プロト』の近くだ。その箒に運ばれたお前さんを迎えに来たんだから感謝せぇよ」

 セムは押し付けがましく、合流の経緯を語る。

 それでも、ユウはこてんと首を倒して、パソコンみたいにフリーズを続けた。たっぷり三秒くらいそのままでいて、唐突に声を上げる。

「あっ、これ、ゲームの世界か!」

 今更過ぎて、頭が痛くなる。

 心なしか、キャロの視線も生暖かい。

「ねぼけてんのかー? 頭入ってるかー?」

「にゃっ!? いたい、いたい、叩かないでっ」

 セムが肉球でポムポムとユウの頭を叩き中身を振動させる。西瓜と違って、大した音はしなさそうだ。

 抗議の声に応じて叩くのを止めても、今度は頭を掴んでグルグルと回し始めた。

「うぁー、シェイクされるー」

 なんだか、ユウも楽しそうにしている。不安は募るばかりだ。

「あれ、わたし、あの人形から逃げられたの?」

「キミが逃げられたというより、相手に逃げられたのだがな」

 此処でこうして無事でいるのに、ユウが今更な疑問を投げ掛けて来るから、私は投げやりに返す。最後にMP切れと体力の限界で気絶したものの、あの人形達を圧倒して全滅寸前に追い込んだのだ、彼女は。

「こいつー、おれらのいないとこで楽しそうに暴れやがってー」

「ぐにぃ、にゃあ、あーたーまーをーまーわーさーなーいーでー」

 あれを楽しそうと表現するセムの嗜好が分からない。

 不満を晴らすという口実をでっち上げて、ユウで遊んでいると言われた方がしっくり来る。

「それで、今日はどうするんだ?」

 私は話を進める為に水を向けた。この三人を放置したら、お喋りだけで一日が終わるのは、昨日の実績で明らかだ。

 ついでに、配信も再開した。

[お、無事に合流できたか]

[よかったですー]

[【無事故で合流】異端魔箒がここまで運んだのかな? よく途中で落ちなかったな【安全自動運転】]

 幾つか、ユウの安否を気遣い、その無事を喜ぶコメントが続く。

 その傍らで、今日の予定を決めていなかったこのパーティは、これからどう動くか悩んでいた。

 そこで、キャロが細い腕を挙げて、二人の注目を得る。

「はいはい。私、昨日でレベルが停止したんです」

「停止?」

 キャロの発言の意味を汲み取れず、ユウが鸚鵡返しする。

「キャロさんもやっとカンストしたか」

 セムの言うカンストとは、【バーサス・プレイ・タイプ】のレベルカウントストップ——つまり、レベル上限の事だ。ちなみに、【アート・プレイ・タイプ】には、カウントストップは設定されていないので、何処までもレベルを上げられる。

[クイーンもついにレベル30行ったか]

[うわー、レベル20代で6レベルも一気に上がるとか、デミリバの経験値おいしすぎだろー、ちくしょー、ずるいぞー]

[やっぱ、あれはファンロンの《ブレス》も含めてスタートダッシュ組へのボーナスクエストだったかぁ]

 ベータテスト終了時のキャロのレベルを知る視聴者達が、デミ・リヴァイアサンの報酬を換算して嘆きを上げる。ゲーマーは本当にこの手の計算が早い。

「レベルって30で終わりなの?」

 コメントを目で追っていたユウが、疑問符を頭に浮かべた。

「いいや、【バーサス・プレイ・タイプ】によって違う。ただ、取得に特別な条件がないものは、30までしか上がらない」

 私が答えると、ユウは視線を私に向けて降ろした。

「特別な条件?」

「前提となる【バーサス・プレイ・タイプ】をレベル上限に達する、特定の行動を規定の回数行う、特定のアイテムを取得する等だ」

 そう言った条件付きの【バーサス・プレイ・タイプ】は強力でレベル上限も高いが、最初は取得が難しい。

 それに対してレベルが30で上限となる【バーサス・プレイ・タイプ】は、町にありふれた施設を訪ねたり、武器を手に入れたりするだけで取得が出来る。

「ベータテストじゃ、30レベルカンストの【バーサス・プレイ・タイプ】は基本ジョブとか初期ジョブとか呼ばれてたよ」

 セムがベータテスター達の間で交わされていた呼称を付け加えた。それがスタンダードな言い方になるかどうかは分からないが。何しろ、ベータテスターは三十人しかいないから、それに接するプレイヤーも自然限られてくる。

[初期ジョブってわかりやすいな]

[たまに、それを跳ばしてカンストレベル高いの最初に取得する人とかいたから、厳密に初期ではないけどねー]

[このゲーム、やろうと思えばバーサス持たなくても戦えるからな……]

[【徐々に明らかになる奇行】一体何をしたのかとも思うが、実際うp主もできたよな、それ【ベータテスターなら仕方ない】]

 確かに、ユウなら《ブレス》で押し切れば大抵の事は解決出来るだろう。実際、あの《魔女》を倒したのも、【バーサス・プレイ・タイプ】を取得するより前だったしな。

「で? キャロラインはなんか気になる進化先あるんか?」

 進化ではないんだが、【バーサス・プレイ・タイプ】は既にレベル上限に達したものが発展したり専門化したりしたものが開示される事が多いので、強ち的外れにはならない。

 セムは平成の始めに流行った何種類かの育成ゲームを思い浮かべていそうだが。

「わたし、デジタルは大人になってから見たー」

「おれはポケットのアプリ入れてる」

「位置情報が必要になるアプリは入れたくないからやってない」

「お前等、配信しにくい話題で盛り上がるんじゃない」

 こやつら、実物が分かる単語だけ出して商標登録名を避けている辺り、わざとやっているな。

「はーい」

 ユウが気持ち良く返事してくるのが、腹立たしい。

「〈プリンセス〉っていう【バーサス・プレイ・タイプ】の条件が開示されたんですよ」

「ほうほう。きゃろんはそれを目指したいと」

 キャロが気になる【バーサス・プレイ・タイプ】を提示すると、セムが物知り気に頷いた。

 〈プリンセス〉とは、RACやAUTに高い補正を持ち、周囲の人物にサポートされる事で自身を強化したり、逆に周囲をサポートしたり、またはその高貴さで敵対するのを躊躇わせるような〈スキル〉が特徴的な【バーサス・プレイ・タイプ】だ。こうして文面にすると、確かにキャロと相性がいい。

「条件が開示ってなに?」

「バーサス・プレイ・タイプの取得条件って、誰でも見れるわけじゃないんですよ、紡岐ティーチャー」

「そうなの?」

 なにそれ不便、とユウは言葉にはしないが、顔にありありと出す。

「条件が複数あるバーサスだと、条件の開示順番があってな。前の条件を満たすと次の条件が見られるようになるんよ」

 セムが補足説明を加える。

 条件を全て満たした【バーサス・プレイ・タイプ】は、システムメニューで取得可能と表示される。他に取得してなければその場で、他の【バーサス・プレイ・タイプ】を取得しているとセーブポイントで、その新しい【バーサス・プレイ・タイプ】は取得出来るのだ。

「ちなみに、例えば二つ目の条件をクリアしてても、一つ目クリアしてなかったら三つ目は開示されない」

「おお……きびしい……」

 ユウは説明を聞いて、渋い顔になる。

「でも、〈プリンセス〉は次の条件が最後みたいです」

 キャロはそう言って、セムとユウに閲覧可能にしたシステムメニューを向けた。

 既に条件を達しているのは、二つ。

 一つは合計五十人以上の人物に好意を持たれる事。これは、NPCもカウントされる。

 二つ目は、合計三十回以上、誰かに生命の危機を救われる事。

「昨日、紡岐さんにドラゴンから逃がしてもらった時に、二つ目はクリア出来ました。ありがとうございます」

「あー、あのほん投げたやつか……ごめんねぇ」

 お礼を言われているのに、ユウは申し訳なさそうに項垂うなだれて、フードを深く被る。

「あれ? この穴、こんなに大きかったっけ?」

「もともとだろ」

「そっか、元からか」

 ユウはフードの穴を覗いて首を傾げ、セムが何食わぬ顔で返し、キャロが苦笑いを浮かべる。

 ただ、ユウはキャロの表情を見ても、こてんと、首を倒すだけで、納得は覆さなかった。

「で、最後の条件はなんなの?」

「五種類のアイテムを集めないといけないらしいです」

 〈プリンセス〉取得の最後の条件は、〈プリンセス〉を象徴する五つのアイテムを収集する事だった。その五つとは、ティアラ、ペンダント、ドレス、手袋、靴となっている。

 キャロのマップを開くと、これらの所在ポイントも大まかに表示されるようになっていた。

「おっ、北の方にもあるみたいじゃん」

「ですね。少し寄り道しながら集められそうです」

「とりあえず、この一番近いやつの方に向かって行こうか?」

 何となくのノリで今日の方針は決まったようだ。この三人らしいと言えば、らしい話だ。

 まずは、キャロのマップに表示された目的地の途中にある【セーブポイント】を持つ町に向かう事に纏まった。

 レベル上限に達した〈吟遊詩人〉のままでは、戦闘やクエストで経験値を得ても無駄になってしまうから、取り敢えずの【バーサス・プレイ・タイプ】を取得してメインにして置くのだ。

「でも、〈プリンセス〉取得する前に他の取ってもいいの? 消さないといけなかったりしないの?」

「【バーサス・プレイ・タイプ】は一キャラクターにつき十まで取得出来るから、平気だろう」

 【バーサス・プレイ・タイプ】の枠数を心配するユウに、私から説明をした。

 複数の【バーサス・プレイ・タイプ】を持っていても、一つにしか経験値は入らない。だから、レベル上限まで上げてから次を取得した方が効率は良い。この経験値が入るものを、【メインタイプ】と呼んだりもする。メインタイプは経験値が入るだけの違いで、他の【バーサス・プレイ・タイプ】も能力値の補正や〈スキル〉は問題なく適応される。

「ただ、十を越えると、新しい【バーサス・プレイ・タイプ】は取得出来なくなるから、注意が必要だ」

「なんか、いらないバーサス・タイプを消す方法とか隠されてそうだよなー」

「ノーコメントだ」

 セムが然り気無くフライングで情報を聞き出そうとするが、そう簡単には口は割らない。

 それも見越していたのか、セムは肩を竦めて背中に流れる虎らしきナニかの毛皮を揺らし、話題を変える。

「キャロリーナ、中継ぎのバーサスは何にするん?」

 草原を進みながら、セムがキャロに話題を振った。ユウも〈異端魔箒〉を【ストレージ】に仕舞い、三人で歩調を合わせて歩いていく。

「そうですねー。〈ミンストレル〉とか〈バルド〉とか〈アイドル〉とか出てますけど、悩みますねー」

 どれも〈吟遊詩人〉直系の派生【バーサス・プレイ・タイプ】だ。演出や歌唱ジャンルが異なるが、大まかに使い勝手の違いはない。

「キャロさん、歌って踊れるアイドルになるの?」

「なっちゃいます?」

 ユウの提案に、キャロは悪戯っぽく笑ってみせた。

[蝶野さんはリアルでもアイドルみたいなもんだろー]

[アイドルっていうより、スターかな]

[それな]

 キャロの【バーサス・プレイ・タイプ】ともなると、視聴者達も興味が湧くらしい。

 ユウはキャロから解放されている【バーサス・プレイ・タイプ】の一覧をコピーしてもらって眺めている。キャロの方が拘ってないので、ゲーム慣れしたユウの意見も参考にしたいようだ。

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