サードプレイ コイに呑まれた女神
魔女の化学実験
ユウが目を覚ましたのは、宵の闇が部屋を満たして、虫の音が窓から染み込んでくる頃だった。
「おはよ、かしこ」
ユウは寝起きだと普段以上に舌足らずだ。
昨日、セム達と約束した時間には一時間半近く早い。彼方でも寝足りてないのではないかと心配になってしまう。
ユウは挨拶の後、無言でそそくさと部屋を出ていった。起き抜けで髪も乱れていたし、朝の支度にでもに行ったのだろう。
良かった、いくらズボラでも、寝起きのままに行動するタイプでなくて。
「んーーー」
二十分程してから、ユウが不機嫌そうに喉を鳴らしながら戻ってきた。寝起きは不調になる
「早起きしちゃったから、いろいろやろうと思ったけど、もっかい寝ようかな……」
長い黒髪の中に手を入れて頭を掻くユウの後ろに、双子の人魚が見える気がする。
「それは約束の時間を寝過ごすパターンだろう」
「……そうね」
否定して欲しかったが。
ユウは猫みたいに大きな口を開けて欠伸をする。
「じゃあ、昨日もらった〈スキル〉の確認しようかな」
「うむ。配信始めるぞ」
「ふぁ~い」
眠そうに返事をするな、まったく。
流石に現実では朝方なので、配信待ちをしている視聴者はいなかった。
まぁ、日常記録と勤しもう。
「まず、〈魔女の瞳〉は見えるものが増えたっぽい」
ユウはそう言って瞬きをして、瞳の色を変えた。左目は満月みたいな黄金に、右目は柘榴の実のように透き通った朱に。
「あ、いた」
ユウは窓辺に視線を移す。
私もその視線を追うと、カーテンに隠れて小さな人影が見えた。未言未子とは違い、フリルのドレスと透き通る新緑の羽を持つそれは、妖精と呼ばれる存在だ。
そしてその妖精の頭上に、三つの帯が見える。それぞれ、HP、MP、TPを表していた。
その妖精は此方に見られていると覚ると、ささっと姿を消してしまった。
「妖精知覚と、簡易ステータス目視か」
「ん。便利かもねー」
そう言いつつも、ユウはあっさりと〈魔女の瞳〉を解除した。
軽く欠伸をしながら、部屋を移る。
其処は、調理場とは別にして
「おお、葉っぱの名前が浮き上がってる」
ユウの言う通り、彼女が焦点を当てた薬草に名称や簡単な説明がポップアップしている。これは〈薬草知識〉の効果か。
「ヨモギとかアロエとか、現実にある草もあるのねー。全くいみふめいなのもあるけど。
あの魔女は一体何を備蓄していたんだ。
ユウは気を取り直して、作業台の下部に埋め込まれた引き出しを探る。其処には中身の詰まった瓶が整然と並んでいた。
此方は〈劇薬知識〉によって名前がポップアップする。
内訳は、〈魔女の媚薬〉が十二本、〈魔女の惚れ薬〉が三本、〈魔女の麻痺薬〉が七本、〈魔女の化粧水・ローションタイプ〉が二十本、〈蘇生薬〉が二本、〈魔女の万能薬〉が一本だった。
ユウが言葉も出せずに
死んでからも情操教育に悪過ぎるぞ、あの魔女。
数秒の沈黙の後、ユウが〈蘇生薬〉と〈魔女の万能薬〉を抜き取って【ストレージ】に仕舞い、一度部屋から出て行ったかと思うと木の板と釘とトンカチを抱えてきた。
帰って寝ているだけと思いきや、存外に何が何処に置いてあるのかを目敏く確認していたようだ。
「さすがニクェだね! こんなすごい薬を蓄えておいてくれたなんて!」
とても清々しい顔で額に浮かぶ汗を拭っている。
「あと、ここらへんのメモも……薬に関するとこだけ読めるね。ぜんぜん文字は理解出来ないのに、変な感じ」
ユウがテーブルの上に放置されていたり魔法で壁や棚に張られたりしている紙のメモを手繰り寄せて並べている。
〈文書解析〉や〈言語解読〉等のスキルがあれば文字そのものも読めるのだろうが、今のユウには奇怪な模様や記号としか思えないものだ。
[おや、朝イチから配信されてる。おはよう、遥ちゃん]
今までずっと静止していたコメント欄に投稿が来た。
このIDは昨日、度々動画の解析をしてくれた視聴者か。
「あ、解析さん、おはようございます。昨日はありがとうございました」
そのニックネームは確定なのか。きちんとお礼を言うのは偉いが、礼儀として見ると相殺されているように思える。
[いえいえ。見てるのぼくだけかー]
視聴者の方も特に気にせず会話を繋いでいる。
私が気にしすぎなのだろうか。
ユウはもう、棚の器具を机に並べて何かの準備をしている。
この世界では珍しいガラスのフラスコやシリンダー等が、ユウの緑混じった黒目で確認されていく。
[遥ちゃん、朝からなにするのー? ていうか、そっちは夜?]
器具を弄るユウはすぐにはそのコメントに気付かず、一段落した所でやっと返事をする。
「こっち……えっと、『コミュト』は夜ですー。この地域は日本とは昼夜逆転らしいですよ」
そう伝えつつ、ユウは床に直置きされた壺から薬草を確認しながら取り出していく。
「今は、新しい〈スキル〉を試してます。ついでに、回復ポーションも作ろうかと」
[え、ポーションとか作れるの?]
「ニクェが細かい手順をメモで残してくれてますので。これでも理科実験は得意ですよー」
今度は視界の端にも意識を配っていたので、ユウはすぐに反応した。
それくらいの余所見は出来るくらいに、ユウの器具を扱う手付きは慣れていて淀みない。
メモを見ながら、擂り鉢で薬草を潰し始める。
[文系なのに実験得意とかすごいねー]
「み? わたし、理系ですよ。専門は環境や生態系ですけども」
[は?]
まぁ、ユウのプロフィールを知らない人間が見たらこんな反応にもなろう。何処の誰が、理系が造語を次々と産み出していくと考えるものか。
「ちなみに、農学修士持ってます」
[大学院まで言ってるの!?]
修士で即座に大学院と判別出来るとは、彼はかなり博識だ。
これくらい頭が回り気遣いも出来る人物は希少だろう。
ユウは魔力で火を点し、水の蒸留を始めた。
長い管は一度水で冷やされて、ポタポタと蒸留水をシリンダーに溜めていった。
ユウはその間に、幾つかの瓶を取り出している。
「スポイトないから、適当でいいか」
そんな発言の下、瓶の中身を一度ショットグラス程の小さな容器に移し換え、さらに大きなビーカーで混ぜていく。
[確かに、この手順の効率の良さは理系だ……]
なんとなくだが、彼は愕然としていると思う。
行動の奇抜さで言えば、ユウはベータテスターに優るとも劣らないだろう。寄り添う身としては、非常に残念で嫌な事実だが、認めざるを得ない。
ユウは蒸留水を使って潰した薬草を溶かし、布で汁だけを濾し取っている。
[遥ちゃん、話しかけても大丈夫? ちょっと聞いてみたいことがあるんだけど]
「爆発するもの扱ってないからだいじょぶですよー。スリーサイズは自分でもわかりません」
そんな
ユウは薬草を濾した液をコック付の丸フラスコ——これは、分液漏斗か? 何故、こんな物まであるんだ——に移し、先程ビーカーで調合した液体を其処へ注ぎ込む。
ユウは実験の楽しさにひっそりと口角を上げている。魔女の素質は少なからず備えていたという事か。
[未言のことに興味があるだけど、あれは遥ちゃんのオリジナルな言葉なんだよね?]
「そうですね。一応、ネット検索で辞書なんか確認してますので」
既存の言葉に同じ言葉や類似の言葉がないように確認しているとの事だ。
ユウは分液漏斗を上下に激しく振った。振り終わると、分液漏斗を逆さにしてコックを一瞬開く。空気が抜ける音が短く鳴った。
内圧を下げて噴射の危険を取り除かれた分液漏斗が、スタンドに立て掛けられる。
ユウはそれを放置して、また別の薬草を取り出した。
一体、何種類のポーションを作る気だ。
[未言っていくつあるの?]
「二百以上ですね」
薬草を潰しながら、さらりと答えるユウだが、視聴者の方は凍り付いた気配がある。
しばらく、コメント欄が微動だにしなかった。
その間に、ユウは新しい調合で液体を準備していた。
[二百?]
再びの質問に、こくりとユウは頷く。
それから、現実の方のネット回線を開いて、とあるサイトのURLをコピーし、コメント欄にペーストした。
[mikotoya.jimdo.com]
「今、コメントに上げたサイトで未言はまとめられてますよー」
[お? おお? ありがとう、ちょっと見てくるね]
ユウは二つ目の薬草分を分液漏斗に注いで、質問の間に調合した液体と混ぜて、空気抜きを行い、放置した。
それから最初に分液している方の液面を確認して、まだ放置する事に決めた。
ユウは代わりに、作業台下部の引き出しの、木板で封印したのとは別の方を引いて、中の瓶を人差し指で指しながら選ぶ。
「これか」
ユウが選んだ瓶には、〈マンドラゴラの蜜〉と名称がポップしている。
「ユウも媚薬を作るのか?」
「違いますー。【魅了】の抵抗薬を作るのです」
酷い冤罪だと、ユウは口を尖らせた。
今度の薬品製作は、先程までの化学作業とは違った。
〈マンドラゴラの蜜〉の瓶は開けずに、机に転がしていた銀の粒を摘まみ取り、その銀から光る何かを魔力で引き抜いた。その光が一粒一粒と、〈マンドラゴラの蜜〉の入った瓶にぶつかり、浸透していく。
全ての光が瓶に染み込むと、銀の粒はボロボロと崩れて黒ずんだ土屑みたいに成り果てた。
次いで、ユウは薬草を四枚取り出して、瓶に張り付ける。薬草ごと瓶を両手で包み込み、魔力で押し付ける。
ユウが手を離すと、薬草は真っ白に成り果ててその色で瓶の中身を染めていた。
「しばらく馴染ませる、と」
ユウはそう言って、魔術調合を終えた瓶を邪魔にならないテーブルの真ん中の方へ押した。
〔〈アート・プレイ・タイプ:調合〉を3レベルで取得しました〕
〔〈アート・プレイ・タイプ:魔術〉を2レベルで取得しました〕
「あ、こういうのでもアート・プレイ・タイプって取得出来るんだ」
「こういう生産作業で取得する方が普通だ」
私が指摘すると、ユウは丸々とさせた目で真っ直ぐに見詰めてくる。
いい加減、自分のやっている事が一から十まで規格外だという自覚を持ったらどうなのか。
[サイト見てきたよ。なんて言うか、ありふれた表現になっちゃうけど、すごいね、あれ]
「あ、解析さん、お帰りなさい」
コメントが上がって来たのをこれ幸いと、ユウが意識を反らした。
ユウは香水が入れるのに使うのと同じくらいの大きさをした小瓶を取り出して、完全に分液された液体の透明な下層を流して避け、濁った蒼色の上層を瓶に取り分けていく。
[本当にたくさん作ったんだね。しかも、見たのは十個くらいだけど、どれも作り込みがすごい]
「ありがとうございます。未言は著作権フリーなので、どうぞ日常でも使ってみてくださいまし」
ユウは薬液が小瓶から溢れないように慎重にコックを開き、タイミング良く閉めていく。目は一切手元から離さず、声音も意識が
[あれ、上手くマーケティングしたら生活出来るくらいの収入入るんじゃない?]
「んぅ? まぁ、言葉は使われて始めて言葉になりますから」
ユウは五つの小瓶を満たした最初の分液漏斗を片付け、次の薬液の取り分けに入った。
蒼色の詰まった小瓶には、〈HPポーション・ハイグレード〉と名前がポップした。
〔〈アート・プレイ・タイプ:調合〉が4レベルになりました〕
〔〈アート・プレイ・タイプ:化学実験〉を5レベルで取得しました〕
流石にあれだけ手際が良いとレベルも最初から高い。
「ふむ。お金がどうのよりも、たくさんの人に未言を使ってもらった方が遥ちゃんは嬉しいってことかな?」
「そう! その通りです!」
気持ちを分かって貰えたのが嬉しくて、ユウは声を跳ねさせる。
解析が得意なだけあって、人の感情にも聡い人物のようだ。
[確かに、硝子水っていうのとかは、普段から使えそうだよね。炭酸が硝子の水っていうのは、すごい納得がいく]
「硝子水は、一般向け未言の代表みたいになってますからねー」
ユウが中核になって行っている未言屋という同人活動でも、硝子水を使った作品は群を抜いて多い。サイダーやラムネの喉を通る時に受ける刺激を細かな硝子と喩えたこの未言は、未言の持つ共感性の高さを良く表している。
月みたいな黄色の詰まった小瓶が五つ並んだ。それらは〈MPアークポーション〉との名称がラベルされている。
〔〈アート・プレイ・タイプ:調合〉が5レベルになりました〕
〔〈アート・プレイ・タイプ:化学実験〉が8レベルになりました〕
[未言って、どうやって創るの?]
「え? こう、これってまだ言葉が付いてないなー、っていう物事に、どんな言葉が合うかなー、って考えて?」
システムメッセージは誰にも一顧だにもされずに流されていく。
ユウは合わせて十となった小瓶を【ストレージ】に仕舞いながら、小首を傾げた。
さも、サイトに書いてある通りですと言わんばかりに。
[言葉が付いてないものって、普通わからなくない?]
「んぅ?」
ユウはどう表現したら伝わるかと頭を悩ませる。
分液漏斗から避けた透明な下層液を、流しに棄てた。
「仏法では、ガンジス川の水を、餓鬼は火と見て、人は水と見て、天部は甘露と見るとあります。これは、小説で雨が降ってるのを嫌なものだと見る登場人物と、雨が降ってるのを見たら踊り出す登場人物とがいるようなものですね」
[同じものでも、見る人の気持ちによって捉え方が違うって話かな?]
「はい、そうです。つまりは、そういうことです」
ユウは、空になったビーカーを二つ並べて置いた。
そして、私に右手の人差し指を立てて向けてくる。
「人に指を向けてはいけないって教わらなかったのか?」
「かしこはねこですー。もう、わかって言ってるでしょ」
勿論、ユウの意図は察しているが、それはそれとして彼女が困った時の幼げな表情は時折見たくなるものだ。
ユウは批難を視線に込めるが、それ以上は何も言わずに人差し指で宙に文字を綴る。その軌跡が水色の蛍光で浮かび上がる。
『未水』、そう書かれた文字は、ユウと正面に向き合う私、そして私の視覚をそのまま伝える配信映像では見事に鏡文字になってしまっている。
まだ左右対称に近い字面であるのと、唯一の視聴者がこの残念さを弄らない誠実な人であるのが救いだ。
[みみず?]
入力されたコメントを見て、ユウは苦笑いと焦りを浮かべた表情を作る。
いつの間にか
[あれ? もしかして、やっちゃった]
「あはは……。ええと、これ、この水、なんて言います?」
ユウは乾いた笑いで視聴者の自覚を肯定してしまっている。
彼女が話題を戻そうと指差したのは、ビーカーの壁面で尾を引いて底に落ちようとする雫だ。
[水滴?]
ユウは来たコメントを確認してから、ビーカーを傾けた。雫は底に溜まっていた水の塊に混ざり一つになる。
「こうなったら、水滴とは呼ばないですよね?」
[うーん、そうだね。底に残った水分、とかかな]
ユウは満足そうに頷く。
「でも、これも混ざる前の滴も、水を棄てても棄てきれなかった水分、というのでは同じものなので、同じ言葉で表現出来ると思いませんか?」
[……その発想はなかった]
見事に、ユウと一般人との見ている世界の違いが浮き彫りになった。
或いはこれこそが、詩人の才能と呼ばれるものなのかもしれない。
「だから、わたしはこれに、
〔〈アート・プレイ・タイプ:未言〉が19レベルになりました〕
〔〈アート・プレイ・タイプ:造語〉が24レベルになりました〕
〔〈アート・プレイ・タイプ:命名〉が3レベルになりました〕
〔〈アート・プレイ・タイプ:詩〉が6レベルになりました〕
〔《ブレス:未水》を取得しました〕
未水は急成長しながら体をテーブルから降ろし、ユウの右手にべったりと体を付けて頬をすりすりと寄せる。真っ白な浴衣と黒髪が濡れていて、起伏の慎ましやかな体に張り付いている。
そして、子供らしく大きな瞳が、私の目を
「み~み~ず~って、言ったなー?」
愛くるしいアルトが恨めしさを音程に乗せて、視聴者の彼を批難した。
[ご、ごめんなさいっ]
「あなたには、手を拭いてもずっと濡れている呪いをかけてあげよう」
[地味にイヤだ!?]
何ともまぁ、また親に似た未言巫女だ。
「かーさまは、ケータイでまだみずを打つ時も、未だと打ってから送り仮名のだを消して水って打ってくれるんだから。ねっ、かーさま!」
「未水は、単語登録しなくても出てくるしねぇ」
ユウに濡れた髪を撫でられてにこにこと笑いつつ、未水はどんなにユウに愛されているかを語り、どんなにユウを愛しているかを抱き着く強さで示している。
「と、未水が出てくれてちょうどよかった。あまいのが、いーなー♪」
ユウが音程を付けて喋り、何かを探す。
「あまいの? おやつ?」
「お薬」
「えー、まだみずは、おやつがいー!」
元が拭っても物に張り付いて残る水だからか、未水はユウに肌に張り付いて離れようとせず、動くユウに引き摺られるようにくっついていく。それが楽しいのか時々笑い声を上げて、何とも微笑ましい光景だ。
[これは未言巫女出たら声上げたくなるねぇ]
そう言えば、昨日の視聴者の中に、未言巫女や未言未子を見るとやたらとハイテンションになって、尻尾があったら振った勢いで千切れて飛んでいきそうな程喜んでいたのがいたな。
ユウが取り出したのは、蜂蜜の壷と何かの芋だった。
「さてと」
「あー、魔女さんのほーきー!」
ユウが《異端魔箒》を取り出すと、未水が楽しそうに声を上げた。
魔女の箒はユウの周りをくるくるを回る。
ユウは左手を翳し、楡の箒はその前で止まり滞空した。ユウの左手へ魔女の箒から魔力が移される。
未水が物珍しそうに魔女の箒を撫でる。
[なんで《異端魔箒》?]
「ニクェには、〈秘薬概念〉ってスキルがあるのですよ。それを使うとほら、この通り」
ユウはビーカーの上で、握った芋を左手に力を込める。すると芋から液がビーカーへ流れ込み、搾り滓だけが掌に残った。
「澱粉だけが取り出せます」
ユウは左手を濡れた布で拭いながら自慢げに告げる。未水がユウの空いた左手に指を絡ませて握った。
[え、なに、いまの魔法の芋?]
「ただのジャガイモです」
「〈秘薬概念〉の効果は、素材があり制作過程を知っていれば、全ての手順を飛ばして薬物を作成出来るというものなんだ」
ユウに任せていたら視聴者の疑問が何時まで経っても解決されないので、口を挟ませてもらった。まどろっこしい話し方が癖になっているから、その内直させないといけないか。
「そしてこの澱粉と蜂蜜を、この置いといた反惚れ薬と混ぜて、小さじで
「おいしそ~♪」
未水がキラキラと目をハンターにして、蝋が塗られて水気を弾くようにした紙に転がされる薬液に見入っている。
「未水はこっちねー」
ユウは薬物を取り分ける合間にスプーンを変えて、蜂蜜を掬って未水の口に差し込む。
「ん~♪」
それだけで未水は嬉しそうに顔を緩ませてスプーンをしゃぶる。すぐに舐め切るのは勿体無いと思うのか、口の中で弄んでいる。
その間にユウは薬液を分け終えて、ジェリー状の粒になった物から、澱粉の余りで作っていたオブラートに包んでいく。
一粒ずつが〈アンチテンプ〉と名付けられた【魅了】を無効果する薬品となった。
〔〈アート・プレイ・タイプ:調合〉が7レベルになりました〕
〔〈アート・プレイ・タイプ:魔術〉が3レベルになりました〕
システムメッセージを聞きながら、ユウは三十数粒の〈アンチテンプ〉を【ストレージ】に仕舞う。
「未水のお陰で、水分が飛びすぎないで、いい感じにゼリーになったわ」
「うぇっへっへっ♪ えらい? えらいー?」
ユウに褒められた未水が気色悪い笑いを上げてにやついた。中年男性がやったら誰もがドン引きするような仕草なのに、この第二次性徴が見られる直前のような少女がすると物凄く微笑ましい気持ちになる。
「うん、ありがとう」
ユウが未水の頬に左手を添えると、未水は心地良さそうに目を閉じて頭を預ける。
「それじゃあ、また今度もあまーいのちょうだいね、かーさま♪」
そう言って未水は露滴が乾くように消えた。
ユウは未水に湿る掌を包み、胸に置いた。瞳閉じて想い、胸に収める。
次の瞬間には、にこりと笑った。
「さて、そろそろ行かないと、待ち合わせに間に合わなくなるね」
ユウがきちんと時間管理出来ている事に微かな感動を覚えてしまった。
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