恋積り、冷龍降り来る
だが、此処に来て、ユウの息も大分荒くなってきた。デミ・リヴァイアサンから必死に逃げながら誘導するのに、かなりの体力を使っている。
「紡岐殿、もう少しですので、頑張って下さい」
「う、ん……」
「おかー、さ、ねるぅ?」
「まだ寝れないかなー」
皇龍や夢波に返す言葉も笑顔も力ない。
そして、夢波へ返した何気ないユウの返事は、とんでもない過ちだった。
「かーさ、ん、おき、るっ」
「んみゅ。おきる?」
夢波が悲しげに囁き、夢海が寝言でない言葉を発する。
「あっ、やば」
ユウが自分の失言に気付いたのはもう遅く、夢海がぱちりと眼を開いた。
夢海がユウと視線を合わせた瞬間に、沫が弾けるように人魚の双子の姿が消えてしまった。
当然、デミ・リヴァイアサンに掛かっていた【状態異常】が全て解除され、怒りの咆哮が空気を切り裂いた。
「ファンロンさん、キャロさんをお願いします!」
「紡岐ティーチャー!?」
ユウはどちらの返事も聞く前に、キャロを箒から振り下ろし、手を掴んで皇龍の方へと投げる。その回転を使って、デミ・リヴァイアサンへ方向転換した。
皇龍がキャロを抱えて体勢を整えるのを尻目に、ユウは《異端魔箒》をデミ・リヴァイアサンへ向かわせる。
「どうにか、あの、下まで……」
呼吸で言葉を躓かせながら、ユウは〈魔女の瞳〉の未言未子視覚を起動させる。
「りこ、りここここ」
「……いつも……」
「もんっ、たーは、たーは」
あの巨体に乗っていると、未言未子達は尚更小さく見えた。
デミ・リヴァイアサンがユウに向けて水流を吐き、ユウは大きく旋回してそれを避ける。
だが、水の渦を目眩ましにして、デミ・リヴァイアサンの尾鰭がユウの体を叩き付けた。
「っ!?」
《異端魔箒》ごと、ユウは地面に墜落して何度か跳ねる。
デミ・リヴァイアサンが深く息を――いや、魔力を吸い込んだ。
「やば……」
ユウは、脳で危険を認識していながらも体が動かなかった。
遠くから砲撃がデミ・リヴァイアサンの顔に直撃し、閃光が目を焼こうと瞬くも、そのどちらもデミ・リヴァイアサンは意に介さない。
一筋に圧縮された水がユウを破壊する為に放たれた。
何処か遠くで絶叫が上がった。
狂ったように投網や投げ縄が幾つもデミ・リヴァイアサンに巻き付いた。
ユウはただ何も考えられないままに迫る水の束を見ていた。
そのユウの視界を、誰かの背中が隠した。
「防げぇぇぇええええ!」
それはハスキーな男声を響かせて、ユウに迫る水柱に左腕を掲げる。その左手にはアクセサリの紐が絡まり、掌には胡桃に似た木の実を彫って作られた知恵の輪といった印象を受けるペンダントトップが位置していた。
そのペンダントトップが《ブレス》の波動を放ち、ユウを護る障壁を生じさせる。
デミ・リヴァイアサンから放たれた水は轟音と飛沫を散らし、しかして終息して、障壁は最後まで強攻を防ぎ切った。
「あっ」
「全員逃げろ! メノの《ブレス》が来るぞ、全力で逃げろ!」
ユウが守ってくれた背中に声を掛けようと勇気を振り絞ったのに、弥兵衛の恐怖にまみれた叫びがそれを掻き消す。
[遥ちゃん、逃げて!]
[巻き込まれたら死ぬぞ、逃げろ!]
[え、なに、フレンドリーファイアありの無差別攻撃なの?]
[【退避勧告】町破壊する攻撃が味方巻き込むとか災害じゃん【巻き添え警報】]
退避を促すコメントも並び、ユウとユウを助けた人物は言葉を交わす間も戸惑う間も与えられずに、皇龍の小さな腕に抱えられた。
「色々と済みませんけども、緊急なのでご容赦下さいませ」
圧倒的なSPEを使った速度に肺が潰れて、ユウは小さく咳き込んだ。
遠ざかる後方を見ると、デミ・リヴァイアサンはひたすらに破裂するトラップの嵐から必死に逃れようとしている。
あれは、逃げられてしまう公算が高い。
ユウもそれに気付いたのだろう、デミ・リヴァイアサンに向かって意味もなく手を伸ばす。
[いつも、わかった! 恋積もる! です!]
そこで《Collective Intelligence:Audience》が反応した。
デミ・リヴァイアサンに乗っていた未言未子の一人が光に包まれて正体を顕す。
瞳は悲しみに暮れて暗く、身に纏う十二単は優美ながら重たそうで何故か枷を彷彿とさせる。
恋心が積もり切ない心情が増すのを、降り積もる雪にも譬えた未言が、デミ・リヴァイアサンの心を寂しさで凍てつかせる。
僅かにだが、デミ・リヴァイアサンの動きが鈍った。
《しずしずと
きみにあはざる日はいつも
恋積もりてうずもるばかりに》
〔〈アート・プレイ・タイプ:未言〉が18レベルになりました〕
〔〈アート・プレイ・タイプ:造語〉が23レベルになりました〕
〔〈アート・プレイ・タイプ:短歌〉が15レベルになりました〕
〔《ブレス:恋積もる》を取得しました〕
デミ・リヴァイアサンに、蛍火のような、月夜の雪のような光が降り積もる。それらを人並みに大きくなった恋積もるの未言巫女が手繰り寄せ、帯に織り成す。
淡く蛍光する帯を、恋積もるは無造作にデミ・リヴァイアサンに被せていった。
その帯は見た目を裏切る重さでデミ・リヴァイアサンに伸し掛かり、地面へと縛り付ける。
「どうぞ、誇りに思いなさいませ。その恋積もる重さは、貴女がお相手を想う重さなのです。これほどに思われるお方は羨ましい」
冷たく平淡な声で、恋積もるはデミ・リヴァイアサンを賞賛した。その存在自体が皮肉なのだと告げるように、心から褒め称え、それを人々は嘲りと称するだろう。
「その想いこそが、貴女をこんなにも縛り付けるのです。いついつも、請い願い恋い焦がれ恋積もるのは、あはれなこと」
そう細い目で感慨深く見下す恋積もるの足の下で、デミ・リヴァイアサンは自らの想いの具現によって大地に押し潰されている。
そこに鈴の音が高らかに三度鳴り響いた。
それを合図として、デミ・リヴァイアサンの頭上に展開した異界との境界から、龍が顕現する。
冷たく凍てついた青の淡きは光を跳ね返して煌めき、冷やされ重みを増した空気が地面へ降り注ぐ。
それが終幕だった。
始めに大木がひしゃげ折れるのと同じ音が鳴った。即ち、デミ・リヴァイアサンの骨が砕けた。
次には金属が金属にぶつかりたわむのと同じ音が鳴った。即ち、デミ・リヴァイアサンの鱗が次々と剥がれて風に吹き飛ばされてぶつかり散った。
それから、水風船を潰す音がした。血管が潰れたのだ。
ダウンバーストという現象がある。上空の冷気にぶつかった大気が突如として急冷されて凄まじい下降気流となり、地面に押し寄せる。時には数キロメートルに渡り家屋の崩壊や倒木を起こすという甚大な被害をもたらす災害だ。
ところで、メノの《ブレス》で召喚された冷龍は何一つ動きを起こさなかった。ただ現れただけでこの現象は生じ、そしてただ現れただけでデミ・リヴァイアサンのHPを全損させた。
〔デミ・リヴァイアサンが討伐されました。『メノ』がラストアタックボーナスを取得しました〕
〔『緊急クエスト:ドラゴン襲撃』をクリアしました。クエストポイントを113ポイント取得しました〕
〔《バーサス・プレイ・タイプ:魔女》が8レベルになりました〕
〔〈スキル:魔女の瞳〉が3レベルになりました〕
〔〈スキル:魔女術〉が2レベルになりました〕
〔〈スキル:薬草知識〉を取得しました〕
〔〈スキル:劇薬知識〉を取得しました〕
〔〈スキル:魔女の口付け〉を取得しました〕
〔〈スキル:自然の寵愛〉を取得しました〕
〔〈ドロップ品:ドラゴンの血〉を7つ取得しました〕
システムメッセージが、町を襲撃した脅威が確実に死亡した事を告げた。
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