第2話 OKじゃねぇんだよ!

 誰だよ!

 ほんと、誰だよ!


 会社でこっそり、大バカは!


 課長から押し付けられた書類の中に、紛れ込んでたぞ!


『ブラッククエスト(ブラクエ)校正用ver2.docx』

 と、ヘッダ部に書かれた紙がさ!


 会社の(通常の)プリンターで、何を印刷してんだよ! 校正だぁ? 赤ペンチェックでもするつもりか?


 ……読み込んじゃったよ。


 おかげ様で、ファンタジープリンタCFP8300は、魔王はびこるファンタジー世界を、クラウド上に具現化してしまった。


 ファンタジープリンタの弊社での用途は、そうじゃありません。

 あくまで、資料に記載された技術を異世界として具現化して、そこに具現化し、技術の構造を解析することです!


 俺は自分のデスクに戻り、ファイルエクスプローラーを立ち上げた。

 クラウドに接続。

 生成された異世界ファイルを特定し、右クリックして、削除を選択……。


(????)


 削除が効かない?

 エラーを示すメッセージボックスが表示される。「OK」ボタンしかないやつだ。


「OKじゃねぇんだよ……」


 コマンドプロンプトを立ち上げて、削除コマンドを、手打ちで入力しても、消えてくれない。


「だからさぁ。OKじゃねぇんだよ……」


 なんだよ。消せない罪か? おじゃまぷよか? この異世界ファイル。


 ◆


「あー。小野? 小野よ。責任持って削除するように。多分、ロックがかかっちゃってるんだろうし。異世界を残したままだと、当局のガサ入れがもし来た時に、ちょっとマズいからさ」

 課長は早口で告げて、逃げるように退室しようとした。


「課長! 俺……いや、私、別のタスクもたんまりあって、手一杯もいいとこなんですが……」


「はぁ? 納期もあるし、人手も足りてない。ウチの経営が苦しいのも、分かってるよねぇ? ねぇ? お・の・く・ん? だからさ、タスクの合間にお願いね? スキマ時間でやってね? 残業はしないように。絶対にダメだよ? 残業とか過労死とかはね?」


「そんなマルチタスク、できないですよ!」


「『できない』は、やる気の無い奴が使う言葉だよ? ね? お・の・く・ん?  スナックラーニング感覚で、サクッと頼むよ、サクッと。OK?」


(OKじゃねぇんだよ……)

 お腹のあたりをムカムカさせながら、俺が戸惑っていると――。


 課長は、本当に逃げ帰った。


 なんちゅーブラックな会社だ……。


 スキマ時間を使って、英会話とか、ビジネス書読んだりすることを、「スナックラーニング」と言うらしいけど、それと同様の感覚で言われましても……。


 ◆


 駅ホーム。終電は本来、この駅に到着しているはずの時刻。


 しかし、男のダミ声で、アナウンスが流れる。


『hogehoge行き最終電車はー、hogehoge線電車の接続を待った関係で、約10分ほど遅れておりますー』


 しょうがねえ。タスクはぶっ潰さないと、俺の人生メモリをどんどこ圧迫してくるからな。

 

 俺は駅の椅子に座り、会社から借りてきたヘッドフォン型の異世界ダイブ装置「モグーレ」を頭に装着。スマホと接続。スマホのキャリア回線を経由して、クラウドにアクセス(もちろん暗号通信)。俺が誤生成してしまったファンタジー異世界へとダイブする。


「ちょっと……あの人、白目になってるよ?」

「夜中は変な奴、湧くんだよねー」

「クスクスクス」

 なんていう、他の電車待ち客の怪訝そうな声を、聞いてないフリでサラリと受け流す。


 白目になるほどお疲れなんだよね。デスマーチ続きで。


 いや、異世界ダイブする時の仕様でもあるんだけどね? 白目になるのはさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る