駅前ロータリー:24時

 *


 改造バイクのマフラー音とエンジン音が鳴り響く光景に、昭和か平成初期のドラマみたいな絵面だなとゴンは思う。周囲を何重にも包囲する暴走族はまだまだ数を増していく。四、五十台はいそうだ。


「なあ、地下世界のアカウントが幾らで売れるか知ってるか?」

 ジープ上に設置された特注らしき壇上に胡座をかくのは、角刈りに黒いジャンパー姿の青年。眼光は鋭く、盛り上がった筋肉の塊である全身からは異様な気配を放っている。彼がアクツであり、岡山サーバの前勇者である。ゴンは彼の後継者であるシノヅカを傍らに探すも見つからない。来ていないのかと、懸念が増す。

「さてね。私は無料取得したので」

「百万。百万円でも買う奴いるんだぜ?馬鹿だろ!馬鹿じゃねっつー話だろ?一晩で億万長者になれる訳ねーってのにローン前借りしてまで金工面してくるんだぜ!これだから昭和のジジババは馬鹿ばっかぁつうの?ギャハハ!」

「今年が平成何年かも知らないんですか?平成生まれとて三十路になろうってご時世に何をもってイキっておられるんだか」

 にしても、とゴンは疑問符が浮かぶ。

「この頭数では、百万でも分配すれば到底足りないのでは?」

「そりゃそーよ。だから!使えねえ産廃ジジババ集めて換金してんじゃん?つー訳で、テメェも殺す。ダチ殺しやがってタダじゃおかねぇ」

「今日は命乞いしないんです?勿論其方が」

 するか!とアクツがジープの車上から身を乗り出した瞬間。ゴンの視界端が微かに光った。

 アクツの頭部が大きく揺れ、脳漿が左耳から爆ぜ、耳穴の代わりに綺麗な貫通痕が穴を開けた。グラリと車上から墜落し、絶命した身体は受け身も取らず地面に転がる。

 バイクのエンジン音だけが、低くロータリー前を揺らす。ゴンは堪らずニヤケ面でアクツの遺体を見下ろす。


 今日のお仕事八割完了。

 ハッちゃんの仕事が済めば、後は事後処理。

 この瞬間が観たくて堪らないから、こんなヤクザな稼業を続けてる。


 この世界に来て五年、丁度アクツが勇者となり、地下の治安がみるみる悪化した頃にプレイヤーとなりどうにか生き残った彼らの同期は、一様にアクツを嫌いぬいていた。

 何故なら金目当てにモンスターに返り討ちされる訳でなく、味方である筈のプレイヤーに背中を狙われ続けたのだから。同期の半数は勇者である未成年の不良ギルドに襲撃されて殺され、彼もまた二度三度どころでなく煮え湯を飲まされた。

 現実に金銭面で追い詰められ、半ば虚構でしかない金塊眠る地下世界のチケットを得たとて不条理な死と隣り合わせな日々の連続で、彼はとっくに粋がる未成年に対し一欠片の憐憫れんびんも無くしていた。

 多重債務や子供の学費捻出の為に地下世界に降りざるを得ず、一円も稼げず死亡判定もなされず現実の家族に死亡保険すら渡せぬまま、未成年の「遊ぶ金欲しさ」に殺害された者達の未練と遺恨を望んで背負い、ゴンはこの日この瞬間を刮目して見られた事を喜ぶ。

 あのまましょうもない成人として現実に暮らしてれば、こんな唐突に死にやしなかったのに。遊ぶ金欲しさに戻って、金で買えない命を落とすとは。

 つくづく馬鹿で良かった!

「死にましたかね?」

「あ……あ、あんたら……」

 そこまでであった。

 アクツに並んで誇らしげでさえあった未成年二人もまた、同様にこめかみへ鉛玉を貫通され車上から転げ落ちる。ケネディ大統領の暗殺シーンを思い出すに、あれは近距離から狙撃されたんだろなー、などと転げ落ちた新鮮な肉塊を見下ろす。もはや誰が誰の血溜まりに沈んでいるかもわからない。

 反撃は来ず、先に恐慌が訪れた。

「ギャーー!アッ、うわぁぁぁ!」

「し、死んでるじゃん!未成年でも死ぬじゃん!何だよ死ぬじゃんかぁー!」

「そうですよ死にますよ」

 袂に隠し手首に絡めた「それ」を解き、逃走を図った最前列の一団に横薙ぎに振り払う。

 分銅付き鎖鎌。扱い辛く完全に趣味の武具だがゴンは手先の如く慣れた様子で、遠慮なく遠心力を込め躊躇わずに振り回す。

 不良少年Aの後頭部に鎖が噛み付く感触が指先に絡みつく。悲鳴、悲鳴、また悲鳴。未成年の肉の塊が短い豚の悲鳴一つ残し、後頭部をぐしゃぐしゃにひしゃげて無数に転がる。

 周囲は静まり返り、微かな早鐘に似た浅い呼吸が幾つも重なる。

 彼らは未成年だから死なない、思慮分別ある大人に殺される事は無いと信じていた。だからこそ。後から来る者達の躾の為に。

 文言通りに往生させてやるのみである。


 一度萎縮した相手なら、複数であればあるほど身動きが取れなくなる。逃げる方向すら定まらない、新人同然の餓鬼を大量に処分しながら、幸運にも端にいた者達は逃走を企てる。が、喚いて逃走を図るノーヘルバイクを一匹捕まえ、首根っこを掴んでアスファルトに転がす。遠く乗り手を失い石畳を転がるバイクの爆発音をBGMに、気が済むまでのたうち回らせると仰向けに転がし腹を踏みつける。

「現勇者は?今はシノヅカ君でしょ?」

「あっ、ああ、あいつは来てない……」

「またアジトに引きこもってる?」

 プリンになった茶髪を振って、ラッパー崩れな古着姿の少年はコクコク頷く。

「承知。君のステータス開示して。……ああ、やっぱり。ダメだな。キミ強姦魔だね。しかも集団リンチもしてるな。……ごまかしても無駄だよ。現実と違って、此方では運営によってプレイヤー一人一人の行動は全て正確に記録されてる。という訳で」

 プリン頭に、普段使いの馴染んだヘビーメイスを振り下ろす。自分と同程度の重量がめりこむ感覚はどうかな?と訊こうとしたが、返事はないのでやめた。


 *

 ロータリーが人混みで溢れかえる。ログインしたばかりの一般プレイヤーが、会社早々に起きた喧騒を遠巻きに眺めていた。人混みを掻き分けて、優は大分上擦った足取りで、ハユハは落ち着き払った態度で騒ぎの原因へと駆け寄る。

「ゴンさん」

「お帰り」

 よく目立つでしょ?と炎上するジープを前に、キャンプファイヤーにあたる少年のようにゴンは無邪気に微笑む。

「新幹線ホームからも丸見えだった」

「でしょ?到着早々コレですから、上もさぞかし大騒ぎだったでしょうね」

「そうでもないよ、僕の顔見て察したぽい」

 色々あって零時に逃げ損ねた、と零すハユハを見て、次にゴンの視線は優に移ろう。

「美味しかった?薬草」

「あ……いえ」

「随分仕事が長引いたけど、あまり質問責めにしちゃダメだよ。私と違って、ハッちゃんは口ベタだから」

「あ……はい」

「まだ話してない事がある」とハユハ。

「何でしょう」

 あからさまに身構える彼に、ハユハは目を伏せ心底渋い面をしてみせる。

「君、ウチのギルドメンバーにしたから」

「へっ」

「未成年者のログインはね、監視対象なのよ」

 ゴンも話に割り込む。

「アクツは体良く始末出来たけど、手下のシノヅカは健在だからね?頭を押さえつけてた重石が無くなってはっちゃけるとも限らないし」

「そうなると、彼のコネでアカウント取得して金を踏み倒そうとした君は、現実でも地下でも狙われて当然。だから保護対象として、ギルドメンバーに組み込んでおいたよ」

「ふ、踏み倒そうとは!?」

「僕は、君の借金のカタになる気は無いよ」

「大譲歩だよねコレは。暗殺者を仲間に入れる!聖人君子かな?」

「な、何でそれを……」

 わからないと思った?と即答されおののく優に、収入あるよ、とゴンが囁く。

「私ら削除請負人は運営から月給貰えるの。勿論、対価は実働回数によるけど」

「実働……」

 赤々と燃え盛るジープを前に、言葉もない。

「それか、私の肥やしになってくれるかな?」

「遠慮します!」

 でも、と俯く彼に、心配ないよ、とハユハは暗い顔で見上げる。

「現実の揉め事は、現実でどうにかして。その代わり、地下にいる限りは君を守る。ギルメンは互いに命を賭して守る。それがギルドリーダーの鉄の掟だからね」

「むしろ、アカウント譲渡したアクツやシノヅカだって、現実で面倒起こすよりかは地下のが何かと動きやすいだろう。この世界は魔法も銃弾もある。リンチや暗殺の幅も広いからね」

「……あの、何でそこまでして助けてくれるんですか?何の得にもならないんじゃ」

「なるよ」「なるさ」

 大人二人の即答に、優は少なからず驚く。

「僕らは、現勇者のシノヅカを始末したい」

「彼らの所業は、サーバ衰退を加速させるだけだ。より良い勇者を用意しなくてはならない」

「例えば、殺す相手を弁えてる君みたいなね」

 優がおそるおそる自身を指差すと、大人二人は静かに頷いた。

「この世界に、シノヅカは必要だと思うか?」

「それは、その ……俺には、わかりません」

 大人二人は互いに視線を交わし、頷き合う。

「いいね。いい答えだ。ちゃんと取捨選択を考えられるなら、初手は合格」

「気が向いたら、いつでもログインしなさいね?何処にいても私達が迎えに行きますから」

 ゴンの和かな断言に、優は観念して空を仰ぐ。

 嗚呼、逃げられないんだ。

 梅雨の曇天は薄く切れ間が差し、薄雲の向こうに淡い満月が見えた。

(終)

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地下世界の狙撃手 望永 明 @hachiya3373

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