新幹線プラットホーム:23時50分

 煉瓦造の洋館に変化した駅構内を、少年を連れ慣れた道を上へ上へとひた走る。改札前に釣り下がった金時計を目視すると、零時十分前。

 ゴンのことだ、きっと零時丁度に一仕事終わらせようと思ってるはず。

「急ぐよ」

「はい」

 追ってくる背中に気にしながら、振り返らず新幹線改札口を飛び越える。宮殿か三つ星ホテルを思わせる緋色のドーム型天井は暗く、キヨスクの代わりに出現した石造りの武器屋だけがカビ臭い翠色の天井灯に照らされて開店準備を進める。足元さえ覚束ない凸凹だらけのタイルを、彼の手を取り誘導し階段を登る。

「こっち」

 新幹線プラットホームに出ると「ここはそのままなんですね」と優が感心したように呟いた。

「まあね。殺風景だけど」

 外は賑やかだよ、と駅前バスロータリーを指差す。壁面広告や煤けた外壁は桃太郎を象った透明なガラス細工に変化し、シンプルな装飾に縁取られた画面から眼下に異界が広がる様に、彼はただ呆然と口を開けている。

 黒煙を噴き出す機械仕掛けのビル群が延々と立ち並ぶ、煤けた桃太郎大通りを見下ろす。

「あと十分もしない間に、このホームは人でいっぱいになる。すぐに済ますよ」

「そうなんですか?」

「各路線の駅やバス停はターミナルになってて、市内に出稼ぎに出るプレイヤーを残さず満載してくる。始発は一番乗車率の高い便だ、満員電車が見られるよ」

「新幹線に?」

「いいや赤い車体の古いやつ」

 田舎だからね、とハユハは馴染んだ狙撃用ライフルを亜空間のバックパックから取り出す。アカウントから運営システムに接続すると、銃火器と弾薬が即座に転送される。蛍光粒子が目の前で様々な物質化する度に彼が目を丸くしてるのが初々しく思う一方、作業の手は緩めない。

「あの、ハユハさん」

「何」

「ここから、何をするんですか」

「撃つ」

「撃てるんですか?何を?」

「一キロ範囲内、視界の内にあるならいける」

 見てごらん、とガラス細工の継ぎ目や隙間を指差すついでに、衝撃緩和用の特注スタンドを設置しドラグノフベースの改造狙撃銃を固定する。

「いやあの……」

「勇者って、どういう存在か知ってる?」

「勇者……あの、篠塚……」

「が、現岡山もといこのOKサーバの勇者だ。先代がアクツ。二人ともろくなもんじゃない」

「はぁ」

 恐々同意する彼に、立場を識る。相当脅されてるか、名前だけでビビって若いなと思う。

「勇者はね、三十代以上しかいない萎びた地下世界が許容する例外。古臭いロートルばかりが暮らす世界はね、創造を忘れるんだそうだ。安定を求め、安パイな低レベルの狩りに勤しむだけの怠惰な世界。小銭稼ぎで満足するプレイヤーばかりになるとね、目に見えてゲームがつまらなくなる。プレイヤー人口も目減りするし、金目的以外にモンスター狩りを続けるモチベーションも薄れる」

「金稼ぐだけなら、問題なさそうですけど」

「僕もそう思う。だが運営はそうじゃなかった。ゲームを更に良くし、プレイヤー減少に歯止めをかける為に四十七都道府県、各県に配備された一サーバに一人だけ、未成年プレイヤーを置くことにした。

 それが勇者。

 勇者は、サーバ繁栄の為に呼び込まれた金コマ少年少女。彼らがプレイヤーとなり遊び、そのプレイスタイルと傾向がサーバ内の治安と属性として反映されるようになった。サーバごとの差別化とレベル差が生じ、プレイヤーは減少しなくなった代わりにサーバごとに流動するようになった」

「このサーバは」

「見ての通り」

 どう見える?との質問に、暗いです、と率直な返答。

「ここのサーバもね、以前はもう少しマシだったそうだよ。五年前アクツが勇者になる前は」

「あいつが」

「そう。勇者が善性なら、治安も良くなるしプレイヤーを狩る悪質な共食いプレイヤーも所在を無くす。新規プレイヤーが襲われなくなり新人の増加も見込める。人口の増加はサーバ内施設の繁栄を促し、益々栄える」

「逆は」

「見て、体験した通り。新人はいなくなり、施設は衰退もしくは停滞する。何よりサーバ拡張の基準となる人口増加を望めなくなり、残るのは互いを疑ぐりあう熟練プレイヤーばかり。高レベル低モラルのプレイヤーばかりになり、緩やかに腐っていくだけ」

「勇者一人で」

「そう、勇者が暴虐に振る舞い身勝手な行いばかりしていると悪人しか残らず、同じ地域の金コマは新規プレイヤーとなっても狩られるだけで新規参入が阻まれる。現実にも地下にも所在無く命を削られて死んでいく彼らを保護、育成する為に僕らがいる」

「お兄さんたちが」

「そう。運営サイドに悪質プレイヤーの狩猟委託を受けた僕ら。削除請負人デリーターと皆は呼ぶ」

「……狩猟」

「そう。見てな」

 標準を合わせ、ライフルを台座に固定しスコープを覗く。

「ゲストとしてギルドメンバーに登録しておくから、視点共有で下の眺めを見てごらん」

 同時に、優の前に半透明のモニターが浮かぶ。15インチ程度の小窓には、駅前ロータリーがライブ映像で投影され、優が明らかに硬直したのが分かった。

「知った顔は?いる?」

「……」

「いるようだね。全員?」

「……あの」

「うん」

「阿久津さん……その、悪く言わないでほしいというか……」

 うん、と鼻を鳴らす前に、懐のグロックを抜き銃口を再び彼に向ける。

 彼の手にもまた、コルトポケットがダラリと下げられている。

「何で……分かったんすか」

「ボディチェックもしといた方が良かったね」

「阿久津さんいなかったら、俺は親父をぶっ殺せなかったんですよ。こんな逃げ道見つけられなかった」

「もう殺った?」

「これからです……」

「親父さん、借金いくら?」

「借金じゃないっすよ!隣の風呂覗いて、親友の妹の裸覗いてあっという間に村八分で!あいつしてないとか絶対嘘だし!コミュ障だとか言っていつもいつもいっつも!ロクに喋れもしないのに、いつも他人を睨んでばっかで!」

「あー……それ、冤罪の可能性は?」

「親友……ダチだけは、妹のホラだっつってくれてます。でも親父の奴、あれだけ警察にも近所にも否定しながら逃げたんですよ?もう一ヶ月帰ってこない。それが余計に……」

 言い分を一通り聞いて、溜息交じりに銃を下ろす。

「僕もコミュ障だから、あんま悪く言いたくないけど。君も、君の父親にとって味方じゃなかったんだな」

「殆ど確定じゃないですか。尊敬できない親でも大事にしないとダメですか」

「しなくていいよ。でも逃げた理由は分かった。味方も無しに、口も立たないなら逃げるしかない。痴漢冤罪は証明しにくいし、ともすれば被害者側から多額の慰謝料か賠償金をふっかけられた可能性が高い」

「だから?」

「このアプリを高額販売する気だったんじゃないのか?おそらくはアクツに。だがしくじった。金さえ手に入ったなら、現実に戻って慰謝料払うなり弁護士雇うなりする筈。だが、現実にはアプリだけが残された」

「……」

「そして、息子である君は親の心配ではなく、親を殺した可能性が高いアクツの肩を持つか」

「持ってない!誰があんな奴!……」

 銃を握りしめたまま、優は腰を落とし俯く。

「もう……もう、何処にも居場所がないんですよ……親父のせいで、親友に顔向け出来ないし、家に帰ったら隣のおばさんが毎日毎日親父出せ慰謝料払え、でなきゃ家売って出て行けって……」

「それは未成年に対して酷くない?」

「そんなの、言ってくれるのは親友だけです」

 あいつも俺のせいで村八分だし、と項垂れる。

「アクツは親切だった?」

「んな訳ないでしょ?あいつもあいつで、親父出せアプリ完成させろって、こんな羽目に」

「君も分かってるんだろ?親子が血の絆を放棄したら、情も無しに一緒にいられるわけが無い」

「説教です?」

「事実。僕も親の借金を三年かけて地下の稼ぎで帳消ししたけど、全部我が身の保身の為にやった。毎日ヤクザ怖かったし」

「恨んでないんですか?」

「何故?もう他人だ。他人になる為に、尻を拭いてやったんだ。あいつは出し抜いた気でいたんだろうが、今では毎晩押しかけたヤクザに頼んで、タコ部屋監視付きにしてもらった。毎月十万の固定収入になったよ。信頼は何よりの財産。君の父親が換金前に野垂れ死してない事を祈るよ」

 彼は銃口を向けたまま降ろさない。

「俺、そんな気長に待てないんすよ……早く、早くあいつぶっ殺してやりたくて……」

「で、僕を先にやれと」

「すみません」

「いえいえ。僕らは彼らにとって目の上の瘤、だから鉄砲玉にさせられたかな。で?撃つ?」

「撃ったらマズイんでしょ?俺はゲストで、まだカルマゲージキレイだし」

「なるほどね。君もアクツも馬鹿だな」

「何で?」

「今、君を撃っても僕のカルマゲージはビクともしない。何故なら」

 背後にステータス画面を大きく表示し、左隅のカルマゲージを点灯させる。

「……僕のゲージは既に漆黒。関係がない」

 彼が喉を低く鳴らす。この色の意味が分かったらしい。

「もう一つ。削除請負人にも階級がある。僕ら運営側ギルド『五指』のメンバーは全員最上級ランク『消去請負人イレイザー』なんだよ。運営に殺害許可を貰わず即時速殺を許可された殺人ライセンスを所持してる。もっとも、今しがた君が全て喋ってくれたおかげで心置き無く君を殺せる訳だけど」

「いや俺は!」

 座位から即座に構えて初手で拳銃を指から弾き、二度の銃撃で両足の甲に穴を開ける。叫び声さえ音にならない有様で、優は尻餅ついて涙目でヒィヒィ言って転げ回る。

「嘱託殺人でも共犯だ。いかにゲージがクリーンだろうとノーカン。君一人死なせてもペナルティすらつかない」

「~~!~~!」

 声が出ない、もとい音声が消されて更にパニックになる彼に呆れる。気が削がれてならない。

「僕がこの場にいる限り、所持スキルが自動適用されて視界一帯の雑音は消せる。狙撃手スナイパー専用の範囲スキル「消音」。次回、銃士を狙うなら覚えておくんだね」

 後でしこたま薬草の味見させたげようねと、出血と被弾の痛みで硬直したまま金魚の如く口を開く彼を無視し、狙撃銃を肩に当て片膝をつく。

 桃太郎のガラス細工はキャラごとに型抜きされ、接着部の至る所に手頃な隙間がある。ここは狙撃手には絶好のスポットだ。

 片耳にイヤホンを嵌め、眼下の音声を拾う。


『……るっせゴラァ!今月だけでジープ三台もぶっ潰しやがって!テメェら削除請負人デリーターは全員ぶっ殺してやる!』

『おやまー元気な事ですねぇー?アカウントを高額売買して、売った相手を零時前ログインさせてジープで狙い撃ちさせて殺す。全財産巻き上げて遊ぶ金欲しさにやった、で済ます気で』

 ゴンさんも相変わらず舌好調。周囲から安いマフラー音が無数に聞こえる。今夜は田舎ヤンキーの決起集会だろうか。

『るっせんだよ!人生終わった社会のゴミが!生活保護のオッさんやババアを俺ら若い世代が換金して何が悪いんだよ!』

『人殺しは犯罪でしょうに。学校で習わなかった?いや、学校にそもそもついていけない落伍者予備軍が、偉そうな建前で。君そもそも勇者卒業したでしょ?』

『仕方ねぇだろ?後輩のシノヅカがどうしても、って俺に土下座してきたんだからさぁ?』

『我が隊長にあれだけシメられても懲りないとは、貴方も大概頭がよろしい』

『るっせ!あん時巻き上げた二千八百万返せよ!アレは俺の退職金だったんだぞ!』

『あれだけ必死に命乞いして、良く言いますね~』

 聞いてられないので、ハユハは仕事に戻る。

 スコープ越しに標準を定め、脇を締める。

 低気圧が鬱陶しい。上昇気流が発生する。

 風よ凪いでくれ。湿気が額に汗玉を浮き立たせ、頬を滑り落ちる。


 狙撃手の仕事は地味だが単純。

 相手の頭を吹き飛ばす。

 それだけだ。

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