岡山駅構内:23時30分

 岡山駅構内も煉瓦造りの飲屋街に変わる。穴蔵の如く薄暗い中を天井に紐吊りされたカンテラが照らすだけ。ポツポツと灯る橙色の光は暗く、刻々と深まる闇夜に紛れてファンタジーテイストに変化した駅ナカテナントが開店準備に追われる様を横目に行きすぎる。

 定食屋は円卓が並ぶ酒場に、ラーメン屋の軒先は洒落たオープンカウンターのパブに。現実世界の牛タン屋に位置する酒場「白鹿亭」に午前様まで待機を決め込み、仄暗い店内の隅を陣取る。一時間前から入店可の貴重な店舗だ。

「では、父親を探してると」

 優君の話を聞き終え、僕とゴンさんは深々と溜息を吐く。

「よくある失踪話だね」

「よく依頼される類だ」

「マジですか!?」

 んなあるあるみたく言わないでくださいよ!と焦る彼の反応までが、訴えてくる依頼者の反応一覧となる。見慣れた狼狽ぶりに草も生えない。

「この世界、RPGみたくモンスターを倒すだけでお金になるんでしょ?簡単じゃ」

「自分で武器持って闘う前提でも?」

 それは、と一瞬口ごもるが「薬草使えば何とかなるんじゃ」とこわごわ反論する。

「まあ、なるよ」

「君、ほうれん草を生で大量摂取できる人?」

 生食できるけどあんまり美味しくないよ、とゴンは顔をしかめる。腹にたまるし、とハユハも渋い顔で頷く。

「後、装備も自腹。運営は初期装備なんてくれないから、まずは装備品を買うために丸腰でスライムに突撃して撲殺されるか否かが新人の通過儀礼ですね」

「僕は隊長に拾われたからラッキーだった」

「そうだ、ハユハさんはどうしたんですか?」

「聞きたいの?」

「嫌なら強要しませんが」

 優はそういうが、内心何があったかと疑っているのがありありと伺える。

 蜂須賀=ハユハの事情は特殊で、二十代のみそらで特別にこの世界へのログイン許可を得ている。その代償、もとい他プレイヤーとの差別化を許されないが為に姿形は現実世界から十五年差し引かれ、結果九歳時の児童姿でライフルをぶっ放している。少年兵みたくガキがいきなり澄まし顔で狙撃してたらそりゃビビると思うが、毎回質問されるのは気分が良くない。

 早くどうにかしたい、この年齢格差。

 少年兵の彼はやるせない現実に歯噛みする。

 ゴンは茶化すばかりだが、彼が僕のボディガード役になってるのも事実で、それは有難く思っている。

「親の借金でモツ取られそうになってたのを、隊長が拾ったの。一千万だっけ?」

 頷くと、ゴンが軽快に話を続ける。

「たかだか一千万で生解体されんのもしょっぱい話だからね、隊長が特別に許可して助けたの。普通のプレイヤーが申請しても運営は許可しなかっただろうから、相当ツイテるよ」

 今の君同様にね、と言われ優は決まりが悪そうに首をすくめる。

「お父さんの手がかり、それだけしかない?」

「無いです」

 すみません、と彼は手元のスマホに視線を落とす。そこには、マップスケールに無数の光が明滅するソナーが映る。

「プレイヤーを検索・識別するアプリねぇ」

「親が開発したそうです。使えるかどうか知らないですけど」

 使えるね、と先程からずっと自分のスマホ画面を触っていたゴンさんが断言する。

「君、あんまり触ってない?」

「元より、こんな世界がマジにあるとか思わなかったんで」

「ハッちゃん、これ見て」

 呼ばれて、ハユハは肩ごしに覗く。

「これ、ソナー表示をタップするとプレイヤー情報が表示される」

「みたいですね。でもこれ」

「うん、マズイ。非常にマズイ」

「何がです?」

 焦る彼に、二人して説明する。

「地下の掟その二。現実世界に、地下の揉め事は持ち込まない。その逆も然り。地下でどれだけ稼ごうが騙されようが、現実世界じゃ別人のように生活し見て見ぬふりしあうのが礼儀」

「地下の落とし前は地下でつける。この世界での遺恨は秘匿されなきゃならない」

 この世界が秘密であるように、とハユハ。

「ギルドメンバーがライムで連絡取り合うくらいは許容範囲なんだがね。このアプリはそれを無視してる」

 見てごらん、とゴンは優に画面を見せる。そこには、岡山駅のスケールモデルに点々と移動してくる光が無数に表示されている。その一つを無造作にタップすると、吹き出し状のポップが表示された。

「プレイヤー名が本名と併記されてる。それだけじゃない、地下での職業、所得額に加えて現実世界の職業と年収が表示されてる。これがどういうことか分かるかい?」

「これ、アクツ……何で、金全然無い……」

「違うそうじゃない。……吹き出しはスクロール出来るね。やっぱり、地下に来た理由も書かれてる。勇者辞めてすぐに散財とパチスロで闇金破産か、引退勇者にありがちな金銭感覚の崩壊」

「あるある過ぎて草も生えないね」

「後輩使って舞い戻って来た訳だ。シノヅカは舎弟、きっと勇者権限のギルドメンバーアカウントを悪用して招待用ログインコードを取得したな」

 懲りないね、とゴンは嘆息する。

「よくないんですか?」

「アクツは勇者を卒業してる。勇者は二十歳になったらその年の三月三十一日に引退」

 それだけじゃないとゴンは眉間に皺を寄せる。

「現実世界の個人情報が暴露されてる」

「地下に来る連中は、基本的に現実世界でアングラプレイヤーである事を知られたくない奴ばっかだよ。金コマがばれるし、闇金や借金に追われてるのもザラだ。そんな惨めを晒したがらない」

「脅迫されるとか?」

「いや、それやる奴は脳筋か単細胞だな」

 ゴンの断言に優は面食らった様子でムッとして「それじゃどうして」と口を尖らせる。

「更に悪質な金貸しに目をつけられる。地下でプレイ中に詐欺被害に遭うかもね」

「詐欺?」

「深刻な金コマはね、必死なんだよ」

 ゴンさんの指摘を拾って話を続ける。

「皆、一刻も早く借金や貧しさから抜けたくて地下に潜るから、正常な判断が麻痺してる。非日常な世界で一攫千金話を聞かされて、冷静でいられる奴の方が少ない」

「そこにつけこまれる」

 ゴンさんの顔からニヤケ面が消え、仕事の顔になっている。

「地下はね、怖いよ?如何にして他人の命を金に換えてやろうか頭を捻ってる下衆ばかり」

「換えられるんですか?」

「出来るよ。他人を殺せば相手の資産は丸取り出来る。カルマゲージさえ気にしなければ」

 ゴンさんの視線で、ハユハは察してスマホをタップし背後に立体画像を起動させる。ステータス画面が他人へ可視化出来るようライトグリーンの蛍光色スケールで立体ホログラフになると、左上に表示されたゴシックな手鏡状の丸窓を指差す。

「これがカルマゲージ、魂の写し鏡。色が濃ければ濃いほど悪質なプレイヤーだと分かる。この表示を隠してる奴は相手をしない方が身の為だね」

「これが一定の濃さ以上の暗褐色になると、運営側から悪質プレイヤーと判断されて削除請負人デリーターが派遣される。運営から背中を狙われるようになるんだね」

「狙われて遭遇したら、間違いなく殺される」

「あの、お兄さんたちは?」

「僕らは表示オフにしてるの」

 消した液晶画面みたいな色してるでしょ?と自分のステータス画面を指差すと、優君はでもと半笑いで反論する。

「それ、他のプレイヤーもしてるんじゃ」

「してる奴がいたら、そいつは真っ黒だな。間違いなく」

「ですよね」

 優が口辺を曲げて硬直した為、大人二人は意味ありげに意地悪く笑う。

「安心しなよ。私らはガキなんぞ相手にしない」

 金コマなガキなぞ足しにならんよ、と言い切るゴンに優は力無く笑い項垂れる。未成年脅かしてどうするの、とハユハが脇を小突いたが、ゴンはニヤニヤするだけだ。

「それに、違法ツールをインストールしない限りはカルマゲージを隠せない。表示を隠すのは開示違反、すぐ見せられるようにしてないプレイヤーは大体地下世界の重犯罪者だよ」

「だったら、ハユハさんたちはどうして」

「それは、これから説明するよ」

 実地検証で、と少年兵は再び愛用のライフルを実体化させる。

「ん?ハッちゃんお客?」

「ゴンさんはアプリ確認して」

「おやまあ、午前様よりお早い来場で」

 促され、優も画面を覗く。無数に明滅する点と点が次第に駅前へと集合してくるのを見つけて、スマホと隣の顔を交互に眺める。

「この時間なら『勇者』の差し金で間違いないね。どのくらい?」

「二十……いや、三十かな。四月に交代した割には集まりが良すぎる。先代の縁故が相当数いるな」

「アクツが招集かけたっぽいね」

「だね。大方、仲間内で勇者の座を持ち回りさせて招待ログインで居座り続ける気なんだろ」

「勇者は二十歳で引退のルールだ。底辺のチンピラに長居されたら他プレイヤーの迷惑」

「カルマゲージも閲覧出来るね。なるほど、こりゃ便利だな。……よろしい、全員紫から黒」

 歴戦の殺人鬼ばかりだ、とハユハはニコリともしない。

「即執行可能となると、新人狩りの連中で確定かな?とするとジープの恨みか。ここ半月、駅前を荒らした通り魔ジープの実行犯が仲間を殺られたお礼参り」

「流石に察しがいいね。どうする?」

「討つ」

「だね」

 早速ボーナス確定とは景気が良い、と二人して席を立つ。

「あ、あの。何処へ」

「君はここで待機」

「いやその!」

「どうせ、君のツレだろ」

 完全に硬直した優に、心配ないと言い添える。

「親に会わせてやると言われた?」

「いや」

「なら、招待アカウントに幾らふっかけられた?」

「……」

「六桁?」

 頬が微かに引きつった。やはりそれか。

「払えたの?」

「……」

 既に涙目だ。聞くまでもない。

「置いてかないで、もらえますか」

 絞り出す声に「ここにいれば安全だよ」と、ハユハは至極冷静に背中を見せる。

「かもしれないけど……一人は」

 キツイです、と上着の裾を掴まれ、振り解こうと引っ張りかけて、手を止める。ゴンはしたり顔でニヤリと笑う。

「ハユハについていきなさい」

 大丈夫だね?と念押しされ、少年兵は頷いた。

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