第2章 エテス・タスの青年

 ウェルフィー歴257年。人間たちが復讐を受けたのがウェルフィー歴200年とされていて、それから約50年が経過した事になる。だが、50年経った今もなお、モンスターによる猛攻は止まらなかった。


 『エテス・タス』は、ウェルフィー大陸で一番大きな都市だ。もっとも、ここも被害を受けて、街の規模は以前よりも縮小している。活気はまだ残っていて、行商人が各地で集めた物を売り歩いたり、露店を開いて儲けようとしている者もいた。


 エテス・タスで一番大きな建物は、ギルドだ。各地からのモンスターに関する依頼を集め、ギルド加入者に向かわせ、手柄によって報酬を与えている。ギルドの方針は、決してモンスターに手を振るったりしない事。全て、穏便に解決する事。それらをいかにやり遂げる事ができるかは、ギルド加入者の優しさにかかっている。


「…… 『国境のないギルド』かぁ」


 茶髪に黄緑の目をした青年は、ギルドの前に立ってつぶやいていた。彼の名前は、ヴァリク。ここエテス・タスの出身である。


「僕が小さな時からずっとここの皆は働いてたんだなあ…。僕にも出来る事がないかな、せっかく同じ町にいるんだから」


 すると、少し髪の後退した中年の男性がギルドから出てきた。彼はラジアル。このギルドの責任者であり、50年前からずっとモンスターたちと関わり続けている。彼の事は、もちろんヴァリクも知っていた。


「あっ、ラジアルさんっ!ど、どうしたんですか?」

 いきなり出てきたので驚くヴァリクだったが、ラジアルは優しく声をかけた。


「やあ、ヴァリク君。実は最近夜にモンスターの被害が相次いでいると聞いてね、防犯灯と警備担当職員が必要かどうか、検討していたんだ。 …で、ヴァリク君はなぜここに?」


「僕、ですか…?」


 ぐっとつばを飲み込み、勇気を持ってラジアルに話す事にしたヴァリク。

「ここで働きたいんです!」


 最初はきょとんとしていたラジアルだったが理解したようで、ぽんと手を叩いた。

「ああ!事務になりたいのかと思ったよ。そうじゃなくて、ギルド加入者になりたいんだね?もちろん大歓迎だよ。たまに遠征とかあるけど、行けるよね?あと、凶暴な竜を相手にする場合だってある。まあ、それはヴァリク君のレベルに応じるけど…」


 いきなり必要な情報が大量に入ってきたので、急いでメモできる物を探したヴァリク。だが紙工場も潰されたこのご時世にメモ用紙は高く、ヴァリクは持っていなかった。


「はは、加入してからゆっくり覚えればいいさ。じゃあ、早速ギルドの中に入ってみるかい?」


 才能も能力も確かめずにヴァリクをギルドに招き入れたラジアルだったが、こういった大らかさが、彼がギルド長である秘訣なのかもしれない。


 そして、ギルドに入ると、赤い髪で褐色肌の受付嬢がぺこりと頭を下げた。

「彼女は、受付嬢のリルさんだよ。挨拶しておきなさい」

「ど、どうも…?」


 いまいち挙動不審なヴァリクだったが、実は、彼は人生で初めてギルドに入ったのである。しかもギルド長の後ろをついて歩く事なんか名誉に近い事だとヴァリクは勝手に思っていた。実際は、そんなに名誉でもないし、初めて加入した者はみんな同じだという事をヴァリクはまだ知らない。


「これが依頼を受ける時に見る掲示板で、こっちが納品依頼の時に使う納品ボックス。納品ボックスはモンスターに関係ない物を依頼される時もあるから、そういう時は自分で調達してほしいんだ。それじゃあ、基本的な装備をヴァリク君にあげよう」


 ラジアルは説明を終えると、採取に使うナタとピッケル、そして革の手袋とポーチをヴァリクに渡した。ポーチには、木の実がいくつか入っていた。


「あの、この木の実は何に使うんですか?」

「モンスターに食べさせる分だよ」即答したラジアル。

 一瞬意味が分からなかったヴァリクだった。が、ギルドの方針をよく思い出してみれば、すぐに何故なのかが分かった。恐らく餌付けの類であろう事に。

「モンスターが落ち着く成分のある木の実を、20年かけて探し出したからねぇ」

 ラジアルは、苦笑いしていた。


「さて!じゃあ早速、簡単な依頼から受けてみるかい、ヴァリク君?」

「えっ、もうですか?」

「最初の事は、リルさんが教えてくれるから」


 ニコッとこちらに笑顔を向けた、リル。

「それじゃあ、お願いしますリルさん」

「はい!簡単な依頼を紹介しますね!」

 元気よくハキハキと喋る、リル。依頼の紙を掲示板から勢いよく引っぺがして紹介してくれた依頼には、『ポイ・ズン2匹』と書いてあった。

「…あの、これ危険なモンスターじゃないですよね?」

「大丈夫ですよっ!毒を含んだわっかと紙に当たらなければ!」

「毒含んでるんじゃないですか!!」


 しかしまあ、2匹だしな…と思い、受ける事にしたヴァリク。これが洗礼なのだろうか。

「解毒系の物って、どこで手に入りますかリルさん?」

「あ、ギルド内に商人が常駐してますよ!そちらでお買い求め下さい!」


 大きなリュックを背負った商人を見つけたので、とりあえず解毒薬を5つほど買ったヴァリク。

「お前さん、いきなり毒モンスターに当たっちゃったかぁ~!ま、頑張れよ!」

 と、商人のお兄さんは軽く応援してくれた。


 不安が残りながらも、


「…よし!みんなの為に頑張ろう!」


 決心を固めた、ヴァリクであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る