第12話 合格

 斜め後ろを振り向いたアプフェルと目があったのだ。

 僕に対する好意と、信頼がこれまでにないほど伝わってくる。

 極度の緊張状態のせいか、少しだけ胸が甘酸っぱく締め付けられる。

 アプフェルの目に涙が溢れている。僕を見て安堵したのだろうか。旦那様! と今にも叫びだしそうだったので僕は唇に指を当てて、アプフェルに静かにしているように合図した。

 幸い犯人には気づかれなかったようだ。

「どうした? 急に涙なんて浮かべやがって。怖くなったのか?」

 幸い、犯人には気づかれていないらしい。

 やれやれ。気が散って土が犯人の背中からぼろぼろと落ちかけているので、そこの魔法式も構築し直さないといけない。

これが格好いい主人公なら恋人と目と目が通じ合って力がわき出るんだろうけど、生憎僕は凡人だ。下手にプレッシャーがかかったせいで、かえって魔力の行使がうまくいかなくなる。

 でも強い子だ。普通なら恋人の姿を見た途端、泣き叫んだり大声で助けを求めたりしそうなものだけど。さすがは伯爵令嬢。

 落ちついてる子は、好きだな。

 あれ? 自然と彼女のことを好きだ、って思えたぞ?

 伯爵令嬢なんて、トラブルの元でしかないはずなのに…… いや、きっと一時の気の迷いだろう。吊り橋効果ってやつだ、うん。

 魔法式の続きだ。

 虫くらいに圧縮した土の塊を犯人の鼻の中に入れ、内部で膨張させた。

「うげ?」

 犯人は鼻の中に虫が入った、くらいにしか思っていないだろう。せき込んだり鼻の中に指を突っ込んで取ろうとする。

 だが中にあるのは魔力で生成した土だ。内壁にこびりついてそう簡単には取れない。さらに土を膨張させて、彼の鼻と口の中を塞いでしまう。

 彼は明らかにパニックに陥った。

 アプフェルを拘束していた手まで使って、必死に口と鼻に指を入れて土を掻きだしていく。

 その隙にアプフェルは犯人の手から抜け出し、警備兵が犯人を拘束した。

 我ながら、姑息なやり方だ。リア充でもない才能もない人間には、ふさわしいかもしれないけど。

 僕の方へ真っ直ぐ向かってきたアプフェルを目で制し、近くのオープンカフェへ向かった。幸い野次馬が犯人の方へ行っているので、カフェはガラガラに空いていた。テルマも合流する。

 拘束された犯人と目があった時、彼は何か呟いていたがよく聞こえなかった。


「合格ですよ。坊ちゃん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る