第11話 火中の栗を拾う

 でもそうしようとしたら、テルマが慌てた様子で僕の服の裾を掴んだ。

「なんで、助けないんですか?」

「だって、相手は明らかに強そうじゃない。僕がいたって役に立たないよ」

 僕は護身術を少しかじっただけの人間にすぎない。恋人のピンチに颯爽と駆け付けてバッタバッタと悪党をなぎ倒すなんて言うのは無理だ。

 そういう常識的な対応を言っただけなのに、テルマは僕を軽蔑するような視線で見た。

 男は恋人を助けるのが義務ってか? 男女平等のご時世に、都合のいい時だけ女であることを利用しないでほしいんだけど。もしくはこの世界は男女平等という概念がないのかもしれないけど。

 僕は努めて余裕があるように見せかけて、テルマを諭した。

「迂闊に手を出すとかえって犯人を刺激する。アプフェルのためにも、ここは慎重に様子を見よう。僕は一旦別の位置から手を考えてみる」

 そう言ってテルマは少しは納得したようだ。僕を見る目には明らかに不信感が混じっていたけれど。

 ああ、安定した人生を送りたいだけなのに。でも、許嫁を見殺しにしたら悪い評判が立つだろうし、進学・就職先にも影響が出るかもしれない。

 何よりテルマに悪印象をもたれたら後が怖そうだ。ああいう空気を作っていくタイプの子に噂を立てられると修正不可能なほどの悪評が立つ。

しょうがない、助けるか。

 僕は野次馬の群れからこっそり抜け出し、公園の丘の一段高くなった所に行く。東屋があって、その柱の陰から様子をうかがう。犯人の斜め後ろで、ちょうど死角になっていた。僕とテルマ以外の魔法学園の生徒はまだ来ていないようだけど、遠くから野次馬の方に歩いてくる生徒が何人かいた。

 彼らが助けてくれないかと思ったが、人の善意に期待しすぎると碌なことはない。助けてくれたとしても、彼らがミスをしないという保証はない。それに恋人が助けないっていうのも格好つかないし、安定した生活のためにテンプレ通りに行動するとするか。

 でも、どうやろうか。

 僕はチート能力の持ち主じゃない。

 これがチート級主人公なら拳一発とか魔法一発で片づけるんだろうけど、あいにく僕はそんな力がない。

 合気道でも短刀取りがあるけど、あれは自分に対して短刀で突くか切るかする相手を捌く技であって人質を救出する技じゃない。

 まず犯人の周りをよく観察する。

 服装、野次馬の様子、地面。地面は土だ。僕の土魔法には幾分有利だろうけど、アース・ボウで狙うのは論外だ。遠すぎる。

 犯人を無力化できればいいんだけど。

 後はアース・ファームか…… 一つ思いついた。やってみよう。

 僕は腰の杖を引き抜き、魔法式を構築する。イメージはアース・ファームの応用、魔法式に魔力を代入して効果範囲を極端に狭め、逆に射程距離を伸ばす。

 更に僕は野次馬や犯人に悟られないために、行使可能な最低限の魔力で公園の土に干渉した。犯人から遠く離れた場所の土がゆっくりと盛り上がり、動き始める。だが人の掌大もないわずかな量の土で、誰もそれに気づく様子はない。

 犯人の死角から、ゆっくりと。

 早く動かせば気付かれる。人は止まった物よりも動いている物に注意が向く。

 決して悟られないように、地面の土がむき出しになった場所を選んで動かしていく。近くで見れば、モグラが土の中を進んでいるように見えるだろう。

 やがて犯人の足元に到達した。そのまま犯人の服を伝って土が昇り始める。なにもない空間を動かすよりもはるかにコントロールがやりやすい。ズボン、シャツ、と伝ってそのまま首筋にまで到達した。

 さて、どうしようか。皮膚を土の塊が伝えばさすがに気付かれるだろう。

 首を絞めてもいいけれど、暴れだしたらアプフェルが危ない。アース・ボウでも犯人が吹っ飛べばナイフがアプフェルの白い首筋に突き刺さる危険がある。

 なるべく、じわじわと攻撃するのがいいんだけど。それも攻撃と気づかれないくらいの、弱いのが良い。

 あ、思いついた。

 さっそく魔法式をいじろうとする。

 しかし人間関係に想定外とトラブルはつきものだということを、僕はすっかり失念していた。

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