第8話 アプフェル視点1


 それにしても、今日の旦那様は様子が変でした。急に私を見る目が変わってしまったというか、まるで初対面の相手を見る時のような戸惑いの目で私を見ていました。

 いえ、色々考えていても仕方がありません。旦那様のことですから、時が来ればお話し下さるでしょう。私はその時を信じて、ただ待つのみです。

 私は個室のドアを閉め、かちゃりという音と共に鍵をかけます。それからゆっくりとスカートの間に手を差し入れて、ショーツを下ろし、便座に腰かけます。

 こうしていると、旦那様と許嫁になるきっかけとなったあの事件を思い出します。トイレどころか食料もままならないあの状況で、旦那様は、旦那様だけは私を見つけ出してくれました。

 今でもあの時のことを想うだけで、胸が熱くなります。私はあの時、旦那様に私のすべてを捧げようと決心しました。

 個室から出て手を洗っていると、急に後ろから良からぬ者の気配を感じ、咄嗟に腰に差している杖に手をかけました。

 魔法式を想い浮かべ、魔力を練り上げていきます。

 使うのは詠唱も射程も短い代わりに発動も早い、「アイス・ホーン」。氷を複数の鋭く尖った角のようにして飛ばし、相手の肉体をえぐる魔法です。

 しかし振り向いて杖を向けようとした瞬間に手首をつかまれ、激痛が走ります。そのせいで杖を落としてしまいました。

「大人しくしやがれ…… お前の体に傷がついただけで価値が下がるんだ」

 私を襲ったのは、頭部に傷が入って所々の頭皮がむき出しになった粗雑な輩でした。

 杖が無ければ、魔法は使えません。そのまま私は逞しくも慈愛にあふれた旦那様の手と違った、気味が悪いほど筋張って乱暴な手で口をふさがれ、声が出なくなります。

「旦那様…… 助けて」

 私はくぐもった声でそうつぶやくのが精いっぱいでした。

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