第7話 杖


 放課後はデートと言うことで、彼女と町へ繰り出した。

 というよりアプフェルが僕から離れようとしなかったので、無理に連れまわされたという感じだが。アプフェルと町を歩いていると同じ学園生、特に男子生徒の突き刺さるような視線を感じる。僕がぼっちなのはアプフェルと仲がいいことも一因のような気がする。

 町は典型的な西ヨーロッパの町と言った感じで、石畳で舗装された道路を馬車と人が往復し、赤い屋根が目立つ石造りの建物が道に沿って軒を連ねて店を出している。

 道行く人は中世の作業着のようなものから紳士服、時にはドレス姿の貴婦人が馬車から顔をのぞかせていた。

 彼女はお互いの息遣いが感じられるほどに、僕にぴったりと寄り添って歩く。そして昨日食べたもの、彼女の家での出来事、領地での噂などをこれ以上楽しいことが無いんじゃないかっていうくらいの笑顔で話している。

 こうして間近でアプフェルを見ると、すごく可愛い。柔らかそうな薄紅色の頬も、日本人が染めたのとは比べ物にならないくらい綺麗な金髪も、僕を見上げる金色の睫毛に縁取られた大きな瞳も。ラノベの世界から抜け出してきたような容姿だ。

 胸がドキドキする。でもそれだけだ。

 アプフェルを見ても胸が悶えるような感触も、甘酸っぱい胸の高鳴りも沸き起こって来ない。

 アプフェルと僕がどんな過去を歩んできたのかがわからないから、今アプフェルに抱いている感情は初対面の女の子にドキドキしている、くらいでしかない。本当に申し訳ないと思う。

 今も色々と話しかけてくるが、彼女の話の半分も理解できない。適当に相槌を打つくらいしか、できない。それでも初めは楽しげに話していたが、段々と様子が変わっていく。 

 やがて、彼女はお花摘みに行ってきますと言って近くのパン屋の近くの公園に設置してある、公衆トイレに入っていった。

 僕がパン屋の前で待っていると、パン屋の中で制服の上からエプロンをつけて店を手伝っていた、同じ学園の制服に身を包んだ女の子が僕に話しかけてくる。

「やほー、エンジョウジ様」

 軽く手を振ってフランクな感じで話しかけてくる。女の子らしい香りに混じってパンの香ばしい香りが漂う。アプフェルと違って随分と気さくなタイプだ。

 制服のブラウスからのぞく腕や太ももはアプフェルと違って健康的な程度に締まっており、やや赤みがかった髪は短めのポニーテールにまとめられていた。パン屋だから髪の毛が落ちそうな髪形はNGなのだろう。

 エンジョウジ様、と一応は貴族である僕に対し様づけで話すことから考えて、平民の子かもしれないとだけはわかる。だけど、この子は僕とアプフェルにとってどんな関係の子なのだろうか。

 と思ったけど、この子は僕が一言もしゃべらなくても自分からしゃべってくれるのである程度はつかめた。彼女の名はテルマ・アイベンシュッツといい、アプフェルとは古い友達、僕とは顔なじみ程度の関係らしい。

 もしくは僕が喋らずにいることで気を使って、自分から話してくれたのかもしれない。

 彼女は店のお薦めパンについて熱心に進めてくれていたけれど、最後に一つ気になることを言った。

「ここ最近、ミュンヘンの町で良家の子女が通う国立魔法学院の生徒を狙った誘拐事件が発生したらしいよ。魔法を使われる前に気絶させるなり背後から殴ってしまえば魔法使いといっても普通の人間と変わらないしね、幸い未遂に終わったらしいが犯人はまだ捕まっていないから、エンジョウジ様もくれぐれも気を付けて。アプフェル様にも言っておきましたけど」

「それにしても、アプフェルは遅いな……」

 彼女がお花摘みに行ってから大分経っている。

 妙な胸騒ぎがしたので、彼女が歩いて行った方に歩を進めた。

 ほどなくして、公衆トイレの近くに杖が落ちているのを見つけた。杖に彫られている名前は、アプフェル・フォン・イェ―ガ―だった。

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