第9話 保身 疑問

「エンジョウジ様……」

 テルマが杖を見て、口元を押さえて今にも泣きそうな顔をしているのを見て、僕は逆に冷静になった。アプフェルの杖を拾い上げて鞄にしまうと、テルマを落ちつかせるために肩に手を置いて笑いかける。

「大丈夫」

 何の根拠もないけれど、そう断言する。不安定になっている人を落ちつかせるには断定した言い方の方がいい。テルマが少し落ち着いたようなので僕は言葉を続けた。

「時間からして遠くには行っていないはず。女の子とは言え、人間一人を持ち運ぶのは大変だしね」

 僕はあたりを見回すと、ほとんどの人間が徒歩で移動していた。

「どうやらこの時間、ここらは徒歩で移動する人ばかりみたいだし、馬車を使って移動すれば目立つ。僕はこの周辺で馬車を見た人がいないか聞き込みをする。テルマは僕より土地勘がありそうだから、すぐ隠れられそうな公園に近い裏路地とかを探しつつ、警備兵に連絡して」

 テルマは肩に手を置かれたまま、僕の顔を見て魂を抜かれたように立っている。返事もないし、頬が紅いうえに目が潤んでいる。

 まだショックが抜けていないのだろう。

「じゃあ、行くよ!」

「は、はい! エンジョウジ様!」

 テルマは大きな声で返事して、駆けだした。

 これで恋人を助けるために努力した、というパフォーマンスは行なった。僕の評判が落ちることはないだろう。

 侯爵令嬢なんて恋人にするから誘拐なんてトラブルに巻き込まれるんだ。トラブルはごめんだ。というか、なんで侯爵令嬢に護衛の一人くらいつけておかないんだ? 僕がいるから大丈夫、とでも思われていたのか?

 安定した生活を送りたい。家に帰れば安心してご飯が食べられて眠れる生活がしたい。それだけが僕の願いだ。

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