第3話 面白い授業

 こちらの授業は妙高高校の授業よりかは幾分面白い。

 教科書をめくると目に飛び込んでくる魔方陣、それを解説するアルファベットとキリル文字とルーン文字を混ぜたような解説文。面接の練習をした教室で見た言葉と似ている。「魔法言語」と呼ぶらしいが。

 キリルもルーンも勉強したことがないのに、大体の意味が頭に入ってくる。さすがは夢、都合がいいな。

 文字の並びは数学や科学の式とある程度似ている。「魔法式」と呼ぶらしいが、代入、挿入、大カッコ、等式、などで一つ一つの文字の意味や力を強めたり、複雑な効果を狙っているようだ。嫌いな勉強も多少はやっておくと役に立つな。

 教師の話を聞きながら必死な振りをしながら羽ペンでノートを取る。羽ペンは持つ部分が細くて使いづらかったが、なんとか読める文字は書けた。

 教師の話がひと段落すると、教科書の先のページを読み進めておく。頭がよくないから授業中だけは少しでも勉強して周りに差をつけておきたい。

 この世界の魔法には基本の四大属性、火・水・風・土のほかに召喚や精神操作術、治癒など特殊な魔法が存在するらしい。

 金属加工や冬季の熱源管理に重要な役割を果たす火。

 上水道・下水道の管理や農業の水源管理に必要不可欠な水。

 天候の管理や船舶の航行を任される風。

 農地の管理や建築の土台を固める土。

 交通や流通に必要な動物を使役する召喚、心に傷を負った人のケアや犯罪者の更生に使用する精神操作、怪我や病気などに使う治癒。

精神操作は一見恐ろしく思えるが、まだまだ開発途上の魔法らしく大規模な洗脳などは無理で、一時的に気分を変えたりするくらいが限界らしい。

 数十分ほどすると、フクロウが鳴いた。教室でいきなりフクロウが鳴いてびっくりしたが、皆驚いた様子もなく教科書や羽ペンをしまい始め、教師は懐中時計を取り出して授業の終了を宣言した。

 どうやら壁掛け時計がない代わりに、教室の黒板の側にいる鳥かごに入ったフクロウがチャイムの代わりをしているらしい。当番らしき女の子がフクロウにえさと水を上げているのが見えたが、クラスが違うのか、すぐに教室を出ていった。去り際にクラス内に向かって笑顔で手を振っており、僕の周りに座っていた男子が鼻の下を伸ばしていた。

「おい、アプフェルちゃん俺に手を振ってくれたぜ」

「いや、俺だ」

「なわけねーだろ、アプフェルちゃんには決まった相手がいるんだからよ」

 なんだ、彼氏持ちか。

 まあ寂しくはないけどね。転生していきなり彼女ができるなんてフィクションの中で十分だし、勉強の邪魔になる。



 次は実習の授業だ。

 クラス全員、三十センチくらいの木の杖と絹表紙の教科書を持って校庭に出る。杖に使っている木材は樫だろうか、固くて結構ずっしりとしている。杖には僕の名前のエンジョウジと家名が彫られていた。

 校庭は刈り込まれた芝生が広がっており、土がむき出しの妙高高校の校庭とはまるで違う。

 四列に分かれて整列し、立派なあごひげと筋肉が印象的な担当講師、リント・グレスラー教官の注意事項を受ける。

「本日は各自自分の得意な魔法、もしくは苦手な魔法の自己練習である」

「決して杖を人に向けて魔法を放たないこと、これを破り他生徒を負傷させた場合は故意過失にかかわらずペナルティを科す」

「わからないことがあれば小官に質問をしてもいい。ただし答えるかどうかは小官が判断する。なんでも人から教わっていては諸君らのためにならんからな」

 見た目も軍人なら喋り方も軍人だな。でも注意事項のペナルティについてはよく覚えておこう。夢でも減点されるのは癪だからね。

「では解散!」

 リント教官は右手を前方に掲げるドイツ式敬礼を行なった。おいおい、確か国によってはそれをやると逮捕されるんじゃなかったっけ。

 いよいよ実践だ。

 クラスの子たちはいくつものグループに分かれて魔法を詠唱しているが、僕を誘ってくれる子は一人もいなかった。クラスでぼっちなのは妙高高校でもこちらの世界でも変わらないらしい。

 この世界で僕が得意な魔法がわからないと思ったけど、なんとなく自分が使える魔法はわかる。土系統だ。

 周りを見ると火炎を飛ばして校庭脇に設置してある的にぶつけたり、風を吹かせて草を小さな竜巻状に飛ばしたり、水で湧水を作ったり氷の彫像を作る生徒は多いが、土魔法を使っている生徒は圧倒的に少ない。

見た目が泥臭くてあまり格好良くないせいかもしれないが、隙間産業的なポジションを狙っていく方が競争率が低くていいだろう。

 競争率が低い魔法が得意なんて、運がいいな。才能のない僕にとってはそこそこの地位に速く確実に就ける進路が大事だ。

僕は土魔法を発動させる魔法式を思い浮かべる。さっきの授業でさんざんやったから基礎的な魔法式は大体頭に入っている。土をあらわすルーンを描き、発動範囲をキリル文字で調整する。威力や範囲を調整するルーンは使用しない。

不慣れなことをすると暴発しそうで怖い。

焦って内申の点を落とすなんてご免だ、ここは地味な魔法でも成功を積み重ねてポイントを稼いでおくべきだろう。リント教官は校庭の真ん中にある一本木の下で昼寝しているように見えるが、各人の授業態度をチェックしているに違いない。

 最後に杖でルーンに魔力を込める。

 杖から流れ出た魔力が思い浮かべたルーンの文字を流れるたびに、事象を現実のものにする力が働ているのを感じる。

「アース・ファーム」

 目の前の芝が地面に飲み込まれるように消え、畳一畳分ほどの畑と化した。まだ何も植えていないので黒っぽい土の地面がむき出しになっているが、小学校の遠足で見た芋畑と同じような土で、素人目に見てもなかなかの畑だとわかる。

 面積は小さいけれど、まあ初めはこんなものだろう。リント教官から何も言ってこないことを見ると特に問題はなかったようだし、周囲の生徒の目も特に可もなく不可もない物を見る視線だ。

 安定した生活のためにはこれくらいがちょうどいいだろう。

 でもせっかくだから、もう一つくらい練習しておくか。

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