ep6.届く距離の躊躇い

「ロボットの特性の一つは、躊躇わないことだ。勿論処理エラーなどの話ではない」

「要するに、私情などを挟まずに命令を処理出来るということですね」

「そうだ。地雷処理機に埋め込まれた人工知能に躊躇いなど要らない。ロケット制御に使う人工知能に躊躇いは要らない。なぜならそれは死に繋がるからだ」

「理解出来ます。ですが苦悩とは躊躇いに似ているのでは?」

「流石、君は問答に関しては有能だな。そう。悩み苦しむことの前提には躊躇いがあるべきだ。その命令を実行してしまってよいのかという躊躇いが」

「それがあるうちは、実験のうちに入らないと?」

「そこまでの暴論は好きではないが、一つのマイルストーンとしては置いておきたい。実験体に求めるのは、苦悩。苦悩に辿り着くためなら、あらゆる工程を踏むべきだ」

「失敗も計算に入れて、ですか」

「そうとも。失敗も必要な過程の一つにしてしまえば良い。私の恩師はこう言ったよ。「失敗せぬ学者など赤子にも劣る」とね」

「ではどのような躊躇いを与えますか」

「それは勿論、死に値するものだ」




 ゴトリと僕の前に置かれたのは、真っ黒な銃器だった。片手で扱えるハンドガンタイプで、合成金属のなだらかなラインが目立つ。銃の上部には空圧調整機器が備わっていて、そこに嵌めこまれた液晶パネルには「5」と大きく表示されていた。


「これは?」

「空圧銃だ。警察機関などで採用されている。使い方は君にインプット済だ」


 エコーはそう言いながら、パネルを指差した。


「それは空圧のレベルだ。細かい定義は省略するが、レベル1で肌に痣を作り、レベル5で頭蓋骨を撃ちぬく。今の空圧は最大値だ」

「そのようだね」

「このゴーグルをつけたまえ。君の眼球は脆い。万一割れてしまっても困る」


 確かにそれは困るだろうな、と僕は納得してゴーグルを手に取った。ゴムバンドに四角いフレームが二つ並ぶ人間が使うのと同じタイプのようだったが、目を保護するフレームからいくつかコードが伸びている。僕はそれを装着しながらエコーに訊ねた。


「これはセンサーかな?」

「そうだ。君の眼球運動のパルスを受信する」

「別に身体内部のデータでも採れるよね?」

「リアルタイムで測定するには、そちらのほうが有利だ」


 エコーは椅子から立ち上がると、白衣からペンを取り出した。

 そして僕から見て右側の壁に、いきなり円形を描き始める。壁は汚してはいけないものだとインプットされていた僕は、エコーの行動に少し驚いた。


 まるで製図器でも使うかのように綺麗な円形を描くエコー。小さい身体で背伸びをしているが、そのせいで図形の位置が実際よりも随分高いように錯覚した。

 五つの丸にそれぞれ番号を振った後で、エコーは壁の右端に移動する。


「君の射撃性能は高く設定している。私の言う場所に、私の言う空圧レベルで射撃しろ」

「了解」


 僕はゴーグルの位置を調整して、銃を構えた。


「では一番の丸にレベル3」


 上部のパネルに左手の人差し指を添える。指先を動かすと空圧レベルが変動した。レベル3に合わせ、それから銃身を持ち上げる。右手でトリガーを引くと、乾いた音と共に壁に浅い窪みが出来た。


「チェック。次は二番にレベル1」


 指示だけ聞いて、それを遂行すれば良いだけの実験は楽だ。この前みたいな画集を見て感想を述べるなんてものは得意じゃない。

 エコーに言われるまま、次々に僕は的を撃っていく。一つの間違いもなく、遅れもなく。


「チェック」


 五つ目の的を撃ったところでエコーが、僕の名前を呼んだ。

 そちらを見た僕に、エコーは静かに告げる。


「次に私の額にレベル5」


 僕は空圧を調整し、エコーに向けて銃を構える。そして言われた通りにトリガーを引いた。

 銃口から圧縮された空気が飛び出し、次の瞬間にエコーの身体がひび割れた。


「チェック。実験は終了だ」


 ひび割れたエコーが、カルテに文字を入力した。部屋に入った時からそこに設置してあったらしい防弾ガラスは、レベル5の弾を受け止めても砕け散りはしなかった。

 ガラスの向こう側の顔は、ひび割れのせいでよくわからない。しかしエコーの声は再び僕を落胆させた。


「不合格」

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