ep4.人間と神

「君は、神を信じるかね」

「いいえ」

「私は信じているよ」

「貴方のような人が信じるには、神はあまりに抽象的なのでは?」

「考えても見給え。もし神がいなかったなら、どうして苦悩などという無駄な物が生まれたのだ? 獣を見てみるが良い。花でも良い、土でも良い。奴らが苦悩をするか? 彼らは彼らという生命体において完璧だ。個々がその役割を果たし、それに疑問を持つことはない」

「それは知能の問題でしょう。動物でも猿などのように知能の高い生き物は……」

「しかし猿は猿として生きることに疑問は抱かない。何故なら役割があるからだ」

「役割ですか」

「この世で役割を持たないのは人間だけだ。何のためにいる? 何のために生まれた? イワシが死ねばイルカは困るだろうが、我々がいなくともイワシは困らない」

「このような論説を唱えるためでは?」

「君はユーモラスがないな。しかし本質の一端は掴んでいそうだ。人間はこの世に存在しなくても良い唯一の存在である。そのくせ、苦悩だの恋愛だの失望だの希望だのに人生の殆どを費やそうとする。これが神の御技でなく、他に何だと言うのだろう。我々がこのような無駄な物を持ったのは、神がいたからだ」

「それをロボットに植え付けようとしている貴方も、また同等に神ですか?」

「ロボットに神はいない。ロボットには人間が、使役する者がいるだけだ」




 僕は画集を見ながら、脳内シグナルが鈍化していくのを感じていた。稼働率は六割といったところだろうか。どう見繕っても快適に動いているとは言えない。

 エコーが僕に渡した画集を、部屋のベッドで眺めてから数時間が経過しようとしてる。この部屋は目覚めてからずっと使っているが、狭い部屋の半分をベッドが占領してしまっていて、他には何もない。

 毎朝、エコーが僕のボディを磨いてくれるから手入れの道具もないし、エコーと別の部屋にいる間にベッドは完璧にメイキングされている。僕がこの部屋で、睡眠以外の行為をしたのは、これが始めてだった。

 画集を一枚ずつ眺め、その一つずつを記憶領域に取り込んでいく。


――ロスト、君はこの実験において、何一つ最善を示せてはいない。それどころか、最悪だ。


 エコーの言葉が、不意に脳内で再生される。鈍化したシグナルが、別の記憶域から情報を取ってきたようだ。

 もし僕が不合格であった場合、どうなるのだろうか。

 実験は中止になって、きっとこの出来の悪い人工頭脳はフォーマットされるのだろう。ロボットの生まれ故郷だと言われる『エディルシア』の工場にでも送られて、螺子の一つすら残さずに分解される。

 記憶域の小さなチップは、僕よりも非常に電子的なロボット達の手によってベルトコンベアに載せられ、電気を流され、すっかり綺麗になるに違いない。そうして再び組み上げられて、僕の頭の中に戻る。

 そうした方が良いのではないか。何も失敗作のロボットで実験を続ける理由などないのだから。僕に課せられたプログラムは、別に僕という個体が担わなくてもよい筈だ。


「……あぁ、いけない」


 無駄な処理をしていたら、画集をめくる手が止まっていた。

 僕はシグナル活性化のために何度か額を叩いてから、画集に視線を戻す。しかし何度見ても、この沢山の絵が何かはわからない。

 どんなモチーフで、どんな色で描かれているかはわかる。だがそれだけなのだ。他に何の感情も出てこない。そもそも、これを見て人間は何をするのだろうか。

 僕は悩みながら画集を見続けていたが、しばらくすると部屋の天井のスピーカーから電子音が響いた。


『消灯時間。速やかに休止モードに入れ』

「オーケー。逆らわないよ」


 僕はそう言って、画集を枕元に投げ出したままベッドに潜り込んだ。疲弊したシグナルは休止モードの僕の回路を侵食する。上手く休止モードに移行できない。

 やはり僕は欠陥品なんだろう。最善どころではない。

 きっと明日、エコーは僕の不出来を指摘して、細い指で僕の電子回路を切るのだ。「不合格」と囁いて。それが最善ならば、僕はそれに従うしかないだろう。

 頭蓋骨格の内側でシグナルが乱れ続ける。これは何を意味するのだろうと思いながら、僕は休止モードに入った。

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