第45話 科学部、なぞなぞをする!

「タクシーの運転手が『止まれ』の標識を無視して、走っていきました。それを見ていた警察官は追いかけませんでした。なぜでしょうか?」

「本人が走ってただけだからー」

「くそー、当たり。じゃあ、300円を持っていて、100円のお菓子を買いました。おつりはいくらですか?」

「0円」

「もー! 二号は賢すぎてつまんない! 全然引っかかってくれなーい!」


 姐御がブツブツ文句を言っているが、そもそもIQ160の二号を相手になぞなぞなど、人選ミスも甚だしい。


「200円じゃないんすか? 300円持ってたんすよね?」

「100円のお菓子買うのに300円出さないよねー」

「あ……」


 金太なら引っかかってくれそうである。


「あ、じゃあ姐御先輩、俺が問題出します。えっとー、お父さんカエルがゲコゲコ鳴きました。お母さんカエルはケロケロ鳴きました。子供は何と言って鳴いたでしょうか?」

「は? あたしに喧嘩売ってんの? オタマジャクシは鳴かないのよ」


 姐御が魚を捌いていた手を止め、血染めのサバイバルナイフを金太に向ける。何度も言うが、彼女の専門分野は『生物』である。


「工場に『ひ』を付けたらどうなるでしょうか、とかそういうのにしてくれない?」

「それ放火っすよ。工場によっては大惨事じゃないすか」

「いやー、単に『飛行場』になるだけだねー。さて、こっち終わったから、金太と教授でこれ干してきてくれるー?」

「ういっす」「了解です」


 昨日二号が編んだばかりの定置網は、作り手に似たのか小さい割に出来が良く、結構な数の魚がかかっていた。もう帰るの諦めて、ここで生活しちゃえばいいのに。

 しばらくして、魚を干しに行った二人が楽しそうに盛り上がりながら戻って来た。後ろからシームリアのシーちゃんがノタノタとついてくる。激可愛い。


「うっそ、3,331もかよ」

「33,331も素数なんだ」

「マジ?」

「うん。じゃあ333,331は?」

「え、それも素数?」

「そう。じゃあ3,333,331は?」

「素数?」

「そう。じゃあ33,333,331は?」

「素数か」

「はい、333,333,331は?」

「素数!」


 そこに二号がニヤニヤしながら割り込んだ。


「ブッブー。それは素数じゃないねー、オイラそのネタ知ってるー。計算めんどくさいけどー」

「17×19,607,843ですね」


 教授よ、それ覚えてたのか、今計算したのか。


「ついでだ金太。3,912,657,840という数がある。これがまた面白いんだ」

「なんだよそれ」

「あー、パンデジタルだねー」


 解説しよう。

 パンデジタル数とは、n進数の自然数で0から(n-1)までの全ての数字を最低でも1回ずつ使用して表される数の事である。2進数なら0と1、8進数なら0~7、10進数なら0~9、16進数なら0~Fを最低1回ずつ使う。

 そのためパンデジタル数は無限に存在し、最小のパンデジタル数は2進数で10、8進数で10,234,567、10進数で1,023,456,789、16進数で1,023,456,789,ABC,DEFとなる。以上!


「この数はただのパンデジタルじゃないんですよ。1から9の全ての数で割り切れるんです。それだけじゃなくて、この数に含まれる隣り合った2桁の数でも割り切れるんですよ」

「隣り合った2桁?」


 首を傾げる金太を見て、教授はいつものようにプサロニウスの枝を取り出した。


 3,912,657,840÷39=100,324,560

 3,912,657,840÷91=42,996,240

 3,912,657,840÷12=326,054,820

 3,912,657,840÷26=150,486,840

 3,912,657,840÷65=60,194,736

 3,912,657,840÷57=68,643,120


「まだやるか?」

「いえ結構っす」

「約数は1と3,912,657,840を含め720個、全ての約数は32ビットの2進数で表せる」

「ごめん教授、日本語で喋ってくれない?」

「姐御ー、これ全部日本語だよー」

「お前の脳味噌、俺と交換しないか?」

「一晩ベッドを共にしてくれたら考えてもいいが」

「やっぱ遠慮する」


 良い子の為の科学読み物です。登場人物は自分の役割を弁えましょう。


「それより金太、142,857、知ってるか?」

「ヒロコの初任給?」

「お前のお母さんの初任給なんか知るか」

「キリバスの人口がそれくらいよね?」

「いやー、キリバスは11万人くらいだよー。寧ろタジキスタンの面積が143,100km²、かなりの近似値だねー」


 だからなんでそんなことを知っているんだ二号。


「1/7は循環小数になるんだが、その循環節から成る巡回数だ」

「うん、それで?」


 教授は再びプサロニウスの枝を持ち出した。


 142,857 × 1 = 142,857

 142,857 × 2 = 285,714

 142,857 × 3 = 428,571

 142,857 × 4 = 571,428

 142,857 × 5 = 714,285

 142,857 × 6 = 857,142


「答えをよく見ろ、最初の数142,857が少しずつズレてるだけだという事に気づくだろう」

「え? あホントだ、マジか」

「しかも7をかけると999,999になる」

「すげえ! ちょっと待って、計算する!」


 何故か計算した結果が999,999になっていないが、それは金太の計算ミスであろう。


「999999になるのは当たり前だ。元々が1を7で割った数の循環節なんだからな」

「あ、そっか」


 ちょと考えればわかる事である。計算するまでもない。


「次に、この数を2桁ずつにばらして足してみる。3桁ずつでも同じようにやってみよう。見とけ」


 14 + 28 + 57 = 99

 142 + 857 = 999


「え、うそー!」


 指を折って数えるな。お前は高校生の筈だ、金太。


「更に、この数を二乗した解を途中でぶった切って足すと……」


 142,857² = 20,408,122,449

 20,408 +122,449 = 142,857


「はい、元に戻る」

「おおお~」


 シーちゃんが教授の計算式の上を嬉しそうに歩き回り、書いた先から消していく。これをやると計算式を消されたくない金太が抱っこしてくれるのを、シーちゃんは心得ているのである。ペルム紀の両生類、侮れない。


「なあ、教授。俺にはちょっとそれ計算もできないし、覚えてるのも不可能なんだけどさ、俺でもサクッと覚えられるネタ、なんかない?」

「何故シーちゃんを抱いて僕を抱かな――」

「はいはいはい、良い子の為の科学読み物だよー」


 ブスっとした教授、それでも金太の頼みは無下にはしないのである。


 1/9801=0.00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19


「これならお前でも覚えられるだろう。小数点以下2桁ごとに考えれば難しくはない」

「いや、9801って数字が覚えられない」

「NECのパソコンでPC-9801ってのがあっただろう。情報処理技術遺産及び未来技術遺産として認定を受けている超大御所だ。それで覚えとけ」


 金太がそれで覚えられるとは思えないが。


「で、2桁ずつでどんどん数字が上がって行って、99まで行ったら00に戻るのか?」

「戻る。99 00 01 02 03 04と続く。だがその直前にイレギュラーケースが発生する」

「何だよそれ」

「98が抜けるんだ。90 91 92 93 94 95 96 97ここで99 00 01 02 03と続いて行く」

「えっ、なんで98だけ抜け――」

「あああああ! 何でもない何でもないよ教授、説明しなくていいからね! さー、金太もシーちゃん連れて行こうかね、ほらっ、早くっ!」


 姐御と二号に両側からがっちりと押さえつけられた金太が、NASAに連行される宇宙人の如く(かなりデカい宇宙人だが)シーちゃんを抱っこしたまま連れて行かれたあとには、プサロニウスの茎を握りしめた教授だけが残されたのであった。

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