第46話 科学部、免疫システムを知る!

「本当に見た目にそぐわんな」

「俺はこう見えてデリケートなんだよ。っていうか、教授も姐御先輩も二号先輩も、見た目によらずめっちゃ耐性あるな」

「当たり前だ。科学部をなんだと思ってる」


 教授が甲斐甲斐しく……つまり、また金太が熱を出している。


「あー、喉痛てぇ。頭痛てぇ」

「今、白血球がバイキンと戦ってんのよ、だから痛いの。我慢しなさい」

「インフルだったら俺死ぬ? リレンザもタミフルもないっすよ」

「ウイルスだって相手選ぶわよ」

「選んだから金太になったんだろうねー」

「それもそうね」


 実際、姐御は何を食べても平気なくらい消化器官は丈夫だし、教授も伊達にブッシュクラフターは名乗っていないらしい。二号に至っては『君子危うきに近寄らず』を徹底しているため、ヤバい事態に陥らない。

 簡単に言うと、『何の知識も持たず、無駄に体力はあるものの、免疫力がてんでない』金太が一番危険なのである。


「インフル菌、どっか行ってくれー」

「インフルはウイルスであって、細菌じゃないわよ」

「え、ウイルスと細菌って違うんすか」


 そこからなのか、金太よ。小学生だって知ってるぞ、多分。


「サイズ全然違うし。菌はウイルスの10倍以上のサイズあるわよ? それに菌は自分で分裂して増えるけど、ウイルスは寄生した細胞の遺伝子コピー機能を勝手に使って細胞内で増殖するのよ? 増殖しすぎていっぱいになったら細胞膜ブチ破って外に出て来て、あちこちで大暴れすんの」

「勘弁してくださいよー。俺こんなとこで死にたくないっすよ」

「だから今、白血球が戦ってるんでしょーが。大丈夫よ、ただの風邪だから」

「寒いっす……布団欲しいっす」


 真夏の夜くらいの気温である。それでも熱のある金太には寒く感じてしまうのであろう。教授の白衣だけでは心許ない。


「仕方ない、僕が暖め――」

「待て待て、暖めんのになんで服を脱ぐ必要があるんだよ!」

「いや、なんとなく」


 良い子の科学読み物である。


「白血球、どうやって戦ってるんすか?」

「あ、それ聞くのね?」


 姐御がプサロニウスを手にした。嫌な予感である。だが、今日は雨が降っていて外には出られない、助かった。


「いいわよ、口で説明してあげるから。まず血液が赤血球、白血球、血小板、血漿で構成されてるのは習ったから覚えてるわよね?」

「なんとなく」

「全身に酸素を運ぶのが赤血球。外部からの侵入者をやっつけるのが白血球、傷口に集まって出血を素早く止めるのが血小板、栄養とかホルモンとかそういうのを運搬するのが血漿、ここまでOK?」

「OKっす」


 よくこんな話を聞こうと思えるな。解説君なんか、熱出たら人の声なんか聞きたくないけどな。もう、寄るな触るな近づくなって感じだけどな。


「それで、白血球だけどね、大きく分けて5種類あるの。好中球、好酸球、好塩基球、リンパ球、単球。ここで活躍するのは主にリンパ球と単球ね」

「なんかやっぱしもういいっす。理解できる気がしないっす」

「はぁ? ここまで来たんだから説明させなさいよ!」


 姐御が病人金太の胸倉を掴んで凄んで見せるが、後の二人と解説君は見て見ぬふりである。


「まず菌でもウイルスでも何でもいいけど、この侵入者を見つけたら好中球が攻撃するの。とにかく食う。ひたすら食う」

「姐御先輩っすね」

「この子はあんまり食べられないの。それよりもっと凄いのがいるわ、それが単球の一つ、マクロファージ。これがあたしね」


 自覚はあるらしい。


「単球にはもう一つ、樹状細胞ってのがいてね、この子もバカスカ食うんだけど、食って終わりじゃなくてその情報を持ってリンパ節に行くの」

「そこでリンパ球の皆さんに合流するんだねー」

「そうそう。リンパ球にはT細胞とB細胞がいるのね。T細胞にもいろいろいて、ヘルパーTちゃんと、キラーTちゃんがいるの。この子たちは強くて賢い司令塔なのよ。二号みたいなもんね」

「姐御先輩が体を張って戦った情報を、二号先輩が活用する訳っすね」

「そーゆーこと。さっきの樹状細胞ちゃんがヘルパーTちゃんに報告に行くのよね。部長であるヘルパーTちゃんはプロの武器屋・Bちゃんに抗体を作らせるわけよ」

「僕ですね。B細胞」


 ……呼んでない。が、教授はキラリと光る銀縁眼鏡をクイっと押し上げて、口の端だけで笑っている。


「そうそう。Bちゃん、戦いモード入ると戦闘進化系の形質細胞ってやつになるの」

「教授がモビルスーツ?」

「ううん、どっちかって言うと、頭のネジが飛んでるマッドサイエンティストって感じ」

「……いいですね。憧れます」

「そうなった教授……じゃなくて、形質細胞はヒャッハー状態で、最強の武器『抗体』をアホほど作って徹底的にばらまくの。しかも侵入者に合わせてパーフェクトにカスタマイズした抗体だからね、誰だよこんなヤバいやつ連れて来たの、って感じよ」

「お前、歩く地雷原だったんだな」

「あれ? 二号先輩って、他にもいましたよね」

「ああ、ヘルパーTの他にキラーTがいるわ。体の細胞が侵入者に乗っ取られると、キラーTが細胞ごと攻撃するのよ」

「海月流槍術がここで活躍するわけっすね」

「いや、関係ないと思うけどなー」


 ここは乗ってやれ、二号。


「で、戦争が終わって侵入者を完全にやっつけたら、再び司令塔ヘルパーTちゃんが攻撃終了指令を出すの」

「部長命令っすね」

「で、その指令を聞いたらマッドサイエンティストの片割れ、メモリーB細胞が今回の武器の情報をデータベースに登録するってわけ」

「ああ、しますね、フツーに」


 めでたしめでたしである。


「それにしてもややこしいっすね。俺、明日には忘れてる自信あります」

「これでも制御系T細胞とかNKナチュラルキラー細胞とか結構端折ったのよ。本当なら受容体だのサイトカインだのって説明までしたかったんだけど!」

「結構です!」


 科学部は今日も平和である。

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