第38話 科学部、帰還を試みる!

 今日は雨である。それもそんじょそこらの雨ではない、大雨である。

 彼らのアジトの中にまで入り込んでくる風雨に、現代人は成す術もない。と言っても、古代人でも成す術は無かろうとは思われるが。


「古生代の雨の日って、ほんっとなんにもすること無いわね。退屈で死にそう」

「退屈しのぎに俺と子孫を――」

「黙れキムラチビコブツノゴミムシダマシ」


 解説しよう。キムラチビコブツノゴミムシダマシとは節足動物門昆虫綱鞘翅目ゴミムシダマシ科の甲虫類である。

 以上!


「あ、そうだ、キムラチビコブツノゴミムシダマシで思い出した、一号はやっぱり木村先輩だよ」


 そんなことでしか思い出して貰えない先輩も気の毒である。っていうか、どうでもいい裏設定である。小人閑居してろくなこと言わん。


「小人って言うなー」

「先輩、小さい人の事じゃないですから」


 解説しよう。「小人閑居して不善をなす」とは、「つまらない人間が暇を持て余すと、悪事を働く」という意味である。決して物理的なサイズの話ではない。

 以上!


「そういえば、ここに来てから何日経ったかしら?」

「ちょうど二週間です」

「あー……」

「何? あたしの生理ならまだあと一週間猶予があるわよ」


 そんなことを気にするような二号とは思えない。


「捜索願、出されてるかもしれないねー」

「二号先輩はお坊ちゃまですからね。誘拐事件として扱われているかもしれませんよ」

「誘拐って……だからどんな家なんすか」

「ニューヨークとかブリスベンとかに支社があって、サンフランシスコに研究所があって、バレンシアにお婆ちゃんがいるような家でしょ」

海月流くらげながれの道場がある家っすよね」

「だから海月流かいげつりゅう!」

「おや? 姐御先輩まで本当にご存知ない?」

「あー、教授、内緒内緒ー」


 なんだなんだ、雲行きが怪しいぞ。お前ら勝手な設定作るな、作者に相談しろ。


「二階堂と言えば、かの伊集院と並ぶ大財閥で――」

「あー、ヤバいねー。伊集院で思い出した。桜子さくらこが絶対探してるー」

「桜子?」


 今の「桜子?」は姐御と教授と金太と解説君のハモった声である。


「桜子って、誰よ?」

「んー? カノジョだけどー」

「なにいぃぃぃぃいいい?」

「っていうか、許嫁ー」

「いいなずけぇぇぇぇぇえええ?」


 ピカッ! どおおおおおん!

 近くに雷が落ちたらしい。雷神、ナイスサウンドエフェクト。


「小学生の分際で!」

「リア充め!」

「姐御先輩、二号先輩はここに置き去りにしませんか?」

「二階堂と伊集院の未来に影響するんだけどー」

「何それマジ政略結婚すか」

「ドラマの見過ぎだわ」

「いくら大雨でヒマだからってそんなに話盛らなくていいですから」

「見る? 桜子」

「見るー!」


 今の今まで「話盛ってる」とか言ってた連中の、この掌返しの速さといったら、軽くドップラー効果がかかるほどである。


「あ、スマホの待ち受けにしてたけど、電池切れだわー」

「この世の呪縛から解き放ってくれるわ!」

「姐御先輩、フツーに『マジ屠る』でいいっす」


 いつの時代もリア充は羨望と嫉妬の標的なのである。


「てか、今までカノジョのこと忘れてるって、酷くないすか?」

「桜子の方が積極的だからー」

「やっぱりここに置き去りにしましょう」


 ピカッ! どおおおおおん!

 雷神、ナイスリターン。


「んー、うちの方はそんなに騒がないと思うんだけどねー、桜子の方が使探し出そうとすると思うんだよねー。伊集院家のエージェントをフル稼働することの方が怖いねー」


 だからどんなコネクションなんだ、二号!


「わかりました。桜子さんの為に帰りましょう、先輩!」


 突然、金太がカッコよく立ち上がった。そして頭をしこたま岩にぶつけた。そう、ここは洞穴内である。


「大丈夫?」

「…………っっっ」

「とりあえず金太はおいといて確認しましょう。リュックの中身は基本的に弄ってません。スマホと時計も四人分この中にあります。あと、屋外で回収しなければならないものは鉄板くらいでしょうか。日傘は姐御先輩が、金盥は二号先輩が持ってください。金太は外に出たら鉄板を。ここに来た時と同じように、鉄板を真ん中に置いて四人で囲みます。立っていると人間に落ちる危険性がありますから、鉄板を砂に立てて、僕らは姿勢を低く。それで行けますか?」

「やってみよう、帰れるかどうかわからないけど、やるなら今しかないわ」

「そだねー」


 と言ったところでまた近くに雷が落ちた。今日の雷神はなかなかにいい仕事をしているようだ。


「じゃ、行くよー」


 二号の後に三人が続く。一歩出ただけで滝のような雨に打たれ、息もできないほどである。


「姐御先輩、大丈夫っすかー?」


 雨音に声がかき消され、とにかく大声で怒鳴らないと聞こえない。


「うん、傘あるし! みんな大丈夫ー?」

「僕は平気です! リュックの中身が濡れないようにしないと!」


 金太が鉄板を取って来て、砂浜の広いところに刺す。教授と二号がその周りに砂を盛って、鉄板を倒れないように支える。


「みんな鉄板より姿勢を低くしてください! 危険です!」

「これで本当に帰れんのかなぁ?」

「それがわかれば苦労はしないわよ!」


 四人で鉄板を囲んで伏せるが、こうなるとなかなか雷が落ちてこない。


「おーい、雷、早く落ちてよー!」


 バスタブをひっくり返したような雨が、容赦なく四人に叩きつける。が、ここへきて力尽きたのか、雷神、一向に仕事しない……。



 およそ一時間後。

 ずぶ濡れになった科学部の面々は、パレオディクティオプテラの飛び交う青空を、砂浜に寝っ転がってぼんやりと眺めていた。

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