第37話 科学部、コードネームを決める!

「この石もリュックに入れといてー」

「了解っす」

「ここの地衣類は現代にあるものに近いわね」

「そだねー」

「ほら見て。クマムシがいるわよ」

「クマムシはカンブリア紀からいるからねー」

「なんか懐かしいなぁ。現代にもいる生き物って、まだオウムガイしか見てなかったから、久しぶりって感じね」


 クマムシにノスタルジーを感じるようになってしまったか、科学部。


「それより姐御先輩、あんまり無理しない方がいいっすよ。さっきコケそうになった時、足捻ったんじゃないすか? 俺の目は誤魔化せないすよ?」

「あ、バレた?」

「ここの地衣類の写真を撮ったら戻ろうかねー」

「了解っす」


 さっきからぼんやりしている教授にリュックを背負わせ、リカエノプスから引っこ抜いてきた銛を持たせると、彼らは再び元来た道(かどうかはさっぱりわからない)を戻り始める。


「二号先輩、こっちでほんとに合ってるんすか?」

「オイラは体内にGPS入ってるからー」

「GPS入ってても衛星飛んでないわよ……って、本来ここで教授がツッコむはずなんだけど、どうしちゃったの?」

「あーはい、そうですね、GPSはglobal positioning systemの略で、全地球無線測位システムのことですね」


 話が全く噛み合っていない。


「痛いよー、肘ー」

「食われてたら痛いじゃ済まないわよ」

「擦りむいただけじゃないすか」

「擦りむいたのが痛いんだよー。過酸化水素水ー」

「また教授が触媒の説明始めるわよ、いい子にしてなさい」

「唾つけときゃ治るんじゃないすか」

「バカ言わないでよ、雑菌が入るでしょ」

「アミラーゼじゃ影響しないよー」

「寧ろオキシドールで反応が始まるのはカタラーゼですね」

「ねえ、教授ほんとに大丈夫? 意味不明なんだけど」

「カタラーゼで反応が始まるのがオキシドールだよねー」


 先程の二号の人間離れした神業を見せつけられてから、教授は心ここに在らずである。


「二号先輩、さっきのあれって槍術っすか?」

「あー、そんなかっこいいもんじゃないよー。遊びー」


 リカエノプスを一撃必殺で仕留めたのを『遊び』だと? それは無理があるというものだぞ、二号。


「でもあれ、俺の知ってる限りでは槍術の上段構えなんすけど」

「近いかもねー。門前の小僧習わぬ経を読むってやつかねー。小っちゃい頃よく道場で遊んでたからねー」


 今でも十分小さい。


「コロスよー」


 読者に代わってツッコんだだけですっ!


「道場?」

「爺ちゃんが海月流かいげつりゅうの師範だからー」

「えええええっ? あの海月流の師範? マジすか!」

「オイラは『くらげながれ』って呼んでたけどねー」


 解説しよう。海月流(『くらげながれ』ではない)とは、この作品の中だけで登場する槍術の流派であり、実際には存在しない。この作品に出て来る登場人物・団体は全てフィクションです。以上!


「なんか二号ってあとからあとから裏設定出て来るわよね」

「今までの流れに必要なかったからねー」

「それにしても、よく折れなかったっすね、槍」


 銛だった筈だが、すでに槍扱いにされている。確かに使い方としては槍だったから、あながち間違いでもないが。


「それもそうよね、シダの強度はわかんないけど」

「あの時の二号先輩の動きを僕の脳内動画的に再生するに、上段で構えた後リカエノプスが到達するまでの僅かな時間で、力が一点に集中する角度に修正してるんですよ。分力を発生させないようにすることで、極端な強度の低下を防いでいる、それを瞬時にやってのけています」


 教授が宙の一点を凝視したまま喋っている。恐らく脳内で何度もスローモーション再生しているに違いない。足元見て歩け。


「んーまあ、そだねー」

「門前の小僧が習ってないのにそこまでやるんすか!」

「金太、二号先輩の知能指数は160だ」


 それ、関係ないと思われる。


「ごめん、森に入る前にちょっと休ませて貰っていい? さっき捻ったとこ、思いの外痛くて」


 誰か気付いてやれよ、こんなに赤く腫れあがってんじゃねーか。こう見えても科学部紅一点なんだから、もう少し大切に扱えよ。


「うわ、先輩足首腫れてますよ、これ無理しちゃダメっす。俺がおんぶしてってあげますから」

「ごめーん」

「いいっすいいっす」


 金太に背負われたはいいが、なにぶん胸が邪魔である。デカけりゃいいってもんでもないらしい。


「俺的にはデカけりゃいいってもんですけど。背中気持ちいいし」

「ごめんね、胸無ければあと3kgは軽かったのにね」

「3kgくらい、この感触に比べたらなんてことないっす!」

「鼻血出てるよー」


 それにしても、だ。姐御(推定50kg前後)を背負った金太と、石ころがたくさん入ったリュックを背負った教授には、この倒シダだらけの道なき道を進むのはほぼ修行に近い。もはやワンダーフォーゲル部の合宿の様相を呈している。二号もエルギニアか何か背負って歩けばいいのに。


「二号先輩、現代に戻ってからの話っすけど」

「んー?」

「俺らマスコミとかに追われる運命っすから、コードネーム決めるのどうっすか?」

「いいわね、そういうの好きよ」

「じゃあ、二号先輩は『4年生』で」

「コロスよー」

「姐御先輩が『小玉スイカ』で」

「マジ死にたい?」

「教授が『アサシン』で」

「先輩、コイツはここに置いて行きましょう」


 バカなことを言いながらすぐそばを通り過ぎて行く人間どもに、古生代の生き物たちも憐みの目を向けつつ、そっとしておいてやっているのであろう。彼らに一瞥を送るだけで、特にそれ以上の興味すら持っていないようである。


「あ、いいこと思いつきました。二号先輩が玄武げんぶ、姐御先輩が朱雀すざく、教授が青龍せいりゅう、俺が白虎びゃっこ、イメージぴったしじゃないすか?」


 ビミョーではあるが、『4年生』や『小玉スイカ』よりはマシかと思われる。


「気に入った」

「あたしも」

「オイラも」


 え? 気に入ったの? ちょっと作者想定外。


「じゃ、現代に帰ることができたら、そのコードネーム使ってくださいよ? よっしゃ俺『白虎びゃっこ天野あまの』!」

「天野ぉぉぉ?」

「金太、アマノさんなの?」

「そうっす」

網野さんアミノ酸もあながち間違いではなかったんだねー」


 全然違う! と心の中で盛大にツッコむ教授であった。

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