第30話 科学部、マホージンを書く!

「うーん、流石二号先輩、強いですね。また僕の負けでしょうか」

「そだねー。詰んでるねー」


 そこに洗濯を終えた金太と姐御が戻って来た。


「ちょうど良かった。金太、濾過だ手伝え」

「おう」


 知らぬ間に金太と教授の一年生組は力仕事担当になっている。まあ、か弱い女性である姐御と小学生の二号にとって、肉体労働は酷であろう。

 集団生活とは不思議なもので、それぞれの得意分野が自然とその人の担当として定着していくらしい。

 シーラカンス程度までのサイズの生物の解体は姐御、それ以上の大物は教授と担当が決まっているし、手先を使う細々とした作業は二号の担当である。洗濯は金太と姐御、海での漁は二号以外の三人が二人組で出かけ、塩づくりはほぼ二号の仕事で決定したようである。


 そしてこの生活に余裕が出て来たのか、二号と教授は最近チェスなどをして遊ぶことが増えてきた。勿論駒などないので、その辺のもので代用している。

 チェス盤は砂浜にそのままマスを8×8で書き、キングはオウムガイ、クイーンはアンモナイト、ビショップは大きめの二枚貝、ナイトはオルソセラス、ここまでは貝殻を利用、そしてルークはアロウカリアの球果(ぶっちゃけマツボックリ)、ポーンはコルダイテスの種子を使っているようである。因みにオルソセラスというのはチョッカクガイの仲間で、貝殻だけは残っているようだがペルム紀の海ではお目にかかれて居ないようである。

 これまでの対戦では二号が全戦全勝している。IQ160は伊達ではないようだ。これまで同学年の中で一度も負けたことのない教授も、流石に二号が相手では歯が立たないのであろう。


「二号先輩とチェスやってたのか?」

「ああ、また負けたが。二号先輩、強すぎだ。あの頭脳で見た目が小学生だからますます悔しい」


 そこか、そこなのか、教授……。

 という作者のツッコミは置いといて、二人は慣れた手つきで金盥の中身を濾過し始める。毎日のようにやっているからか、合図しなくても息ピッタリである。もう二人、くっついちゃえよ。


「そうじゃねーだろ!」「作者たまにはいいこと言いますね!」


 二人の意見が食い違うのは今に始まったことではない。


「俺でも楽しめるゲームとかねーかな?」

「オセロとかはー? 二枚貝が64枚あれば裏と表でできるよー」

「俺、オセロとか将棋とか苦手なんすよ」


 まあ、誰の目にも得意そうには見えないが。


「頭脳ゲームはどうだ。魔方陣でも作るか?」

「は? 俺それチョー得意なんだけど」

「マジか。お前らしくない特技だな」

「ちょっと見てろ」


 濾過した金盥を横に置き、プサロニウスの枝を持った金太が砂浜に大きな円を書き始めた。そして三人が見守る中、円に内接する五芒星ペンタグラムを書き込む。

 何かが違う、と思い始めた教授を他所に、彼は円の周りにもう一回り大きな円を書き、二重になった円の間に何か文字を書き始めた。最近やっと覚えた『パレオディクティオプテラ』の様である。


「見てろよ、教授」


 ニヤリと笑った金太、五芒星の中に立つと、プサロニウスの枝を魔法陣の中心にガシッと刺すと同時に大声で叫んだ!


「パレオディクティオプテラ、召喚!」


 バサッ!


「うわああああ!」「きゃあ!」「おわー!」


 四人の前に、なんと当のパレオディクティオプテラが落ちて来たではないか!


「金太、お前こんなもの召喚できるのか!」

「い、いや、俺も初めて成功したんだけど!」

「凄いぞ金太! こんなオカルトっぽいことやる奴は頭がおかしいんだと思っていたが、本当にこれを可能とするほど頭がイカれていたとは。これを何とかして科学的に証明したい! 論文書いて学会に発表したい!」


 感動のあまり手を取り合って喜ぶ二人、だが、地味に金太は教授に「頭おかしい」と言われていることに気づいてはいないようである。

 その後ろから、現実的且つ冷酷非情な一言が。


「パレオディクティオプテラがちょうどよく飛んできただけだと思うんだけどー」


 妙な間が科学部を襲う。


「偶々かよ……」

「偶々だねー」

「偶々ね」

「というか、金太。僕が言ったのは魔陣であって、魔陣ではないんだが」

「てゆーか、教授も早く気づきなさいよ。一緒に喜んでたじゃないのよ」

 いやいや、音だけ聞いたら同じなんだから、気付けという方が無理である。

「マホージンとマホージン、どこが違うんだ?」

「僕が言った魔方陣は、縦・横・対角線の列の数字の合計が同じになるもののことだ。n×n 個の正方形の方陣に、1からn²までの数字を1つずつ入れて作るのが条件で、例えば3×3の方陣なら1から9までの数字を全部使う。実際に書いてみよう」


 出た! 教授の心の友とも言うべきプサロニウスの枝。いつもどこから出て来るのやら。


 4 9 2

 3 5 7

 8 1 6


「これを見ろ、一番上の段を横に足すと4+9+2=15、真ん中の段は3+5+7=15、一番下の段は8+1+6=15、どの段を足しても15になる。左の列は4+3+8=15、真ん中の列は9+5+1=15、右の列は2+7+6=15、縦に足してもその和は全て15だ。更に対角線も4+5+6=15、2+5+8=15、完璧だろう?」


 指を折って数えていた金太、しばらくして「おお~っ」と感嘆の声を上げる。っていうか、指を折って数えるな。高校生だろ。


「では、次に4×4の魔方陣を作ってみよう」


 そう言うと教授は再び砂浜に数字を書き始めた。


 1 15 14 4

 12 6 7 9 

 8 10 11 5

 13 3 2 16


「1から16までの和は136、1段当たり136の4分の1で34になる筈だ。ここまでOKか?」

「うん」

「1段目は1+15+14+4=34、2段目は12+6+7+9=34、3段目は8+10+11+5=34、4段目は13+3+2+16=34、縦の計算もしてみろ」

「あたしがもうやったけど全部34だったわ。どうしてこんなすらすら書けるの?」

「簡単です。まずこの方陣に1から16までの数字を、上の段左から順に詰めて行きます。次に方陣の外側のマスの数字を4つの角だけ残して点対称に回転させるんです。2と15、3と14、9と8、12と5、それぞれ入れ替えます。これだけですね」


 暫く悩む間があって、忘れたころに「おお~っ」という金太の声が再び上がる。遅せーよ……。


「どうだ、金太、5×5の魔方陣を作る気になったか?」

「うんうん」

「5×5なら1から25までの和が325だから、その5分の1で一段当たりの和が65になればいい。確か2億7530万通りの解があった筈だ、どれかにヒットするだろう。頑張れよ」


 金太の集中力が維持できたのはその後5分ほどの間であった。

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