第23話 科学部、台風の心配をする!

 ゲロバトラクス飼育計画(家畜化)の前に、彼らは岩場に開いたトンネル状の洞穴に物干し竿を設置することにした。雨が凌げて風の抜ける場所ならば、そのまま陰干しにしておけるからである。

 それに、焚き付け用に干したプサロニウスの葉で生活空間が狭くなるのもいただけない。それらも全てトンネル状の洞穴に移動し、まさに『陰干し用倉庫』として利用することに決定したのである。


「今日は晴れて良かったわね、今のうちにまた塩を作っちゃおうよ」

「そうだねー。天気の良いうちに作っとかないとねー」

「なんで晴れだと天気が『良い』で、雨だと『悪い』なんすかね?」

「そりゃあたしにとって都合が良いか悪いかに決まってるでしょ」

「姐御先輩が基準だったんですか?」

「カッパの基準だと雨の方が天気いいっすよ?」

「カッパの都合なんか聞いてないわよ、このメチシリン耐性黄色ブドウ球菌」

「姐御先輩、ちょっと長くてツッコミ難しいです。MRSAでいいですよ」

「なんか略すとカッコいいっすね」


 どうでもいいことでいちいち盛り上がる脳味噌お花畑集団だ。本人たちが楽しければそれで良し。

 ごちゃごちゃと言いながらも教授の指導の下、みんな仲良く塩づくりである。と言っても煮詰めるだけなので何もすることは無いのだが。


「これ、台風とか来たら大変っすよね」

「そうね、こんな洞穴みたいなところじゃ、雨も風も吹き込んでくるわよね」

「その時はこの俺が姐御先輩を守――」

「黙れバクテリオファージ」

「姐御先輩、今日はいろいろとツッコみどころが難しいです」

「え~、教授ツッコんでよ」

「じゃ、俺が――」

「黙れストレプトコッカス」


 つまりは、塩を煮詰めているだけなので、暇なのである。小人閑居して無駄話を為す。


「台風が発生しないようにできないっすかね」

「いやいやいや、自然の事だからー」

「そもそもなんで台風ってできるんすか?」

「海水が温められて雲ができるからでしょ?」

「だってそれだけじゃ渦巻にならないじゃないっすか。巻層雲とかそんなやつができて終わりじゃないすか?」


 どう考えても巻層雲は無関係。それを言うなら積乱雲である。


「地球が自転してるから渦巻になるんでしょ? 雲だってじっとしてたら渦なんか巻かないじゃない」

「それねー、『コリオリの力』っていうのねー」

「解説君、出番」


 解説しよう。

 コリオリの力とは、回転座標系上で移動した際に移動方向と垂直な方向に移動速度に比例した大きさで受ける慣性力の事である。ウィキペディアより。


「解説君、最近役に立たないわね。教授、出番」

「はい。では金太サルでもわかるように説明しましょう」

「なんか今ルビが……」

「気にするな」


 何故か教授が白衣の襟元を正し、眼鏡のフレームをクイっと上げる。横では二号が、示し合わせたかのようにホーローのボウルを逆さに伏せて横で待機している。


「地球は北極と南極を結ぶ一直線の軸を中心に、反時計回りに回転している」

「うん」

「この天辺が北極だ。そして先輩が持っているこの縁の部分が赤道」

「北半球って事っすね?」

「そだねー」

「これが反時計回りに回転する」


 当然のように二号がボウルを回す。息もぴったり、優秀なアシスタントである。先輩だけど。


「北極と赤道では移動速度は同じに見えるか?」

「てゆーか北極は速度発生しないじゃん」

「そのとおり。北極では移動が無い。赤道はとんでもないスピードで回ることになる」

「そんで?」

「低緯度の方がスピードが速く、高緯度の方がスピードが遅いことは理解できたか?」

「うん」

「ではここに雲が発生する」


 二号がボウルの側面に丸いネオジム磁石をピタッとつける。恰も黒い台風である。


「これは雲だ。この雲の上の方と下の方、どっちがスピードが出てる?」

「あ、赤道の方だから下がスピード速い。あ、そうか。だから台風は左巻きになるのか!」

「そうだねー。南半球は同じ理由で右巻きになるよー」

「おおお! すげえ! 目からヒロコだ」

「ヒロコって誰よ」

「俺の母ちゃんっす」


 目から母親を生むらしい。誰かツッコんでやれ。


「あ、でも待ってくださいよ? 台風のほかにサイクロンとかハリケーンとかもあるじゃないすか。あんなのがこっちに来るかもしれないっすよ?」

「え?」

「は?」

「あ?」


 最初のは二号、次が教授、最後が姐御である。


「いや、来ないでしょ?」

「来ませんね」

「来ないねー」

「サイクロンが来るのはまず不可能ですね」

「赤道越えは天城越えや八甲田越えより難しいよねー」

「ヒマラヤ越えより難しいわよ」

「なんでっすか?」

「その前に金太、台風とハリケーンとサイクロンの違い、知らないでしょ?」

「う……」

「解説くーん」


 解説しよう。

 台風とハリケーンとサイクロンは、同じである。以上!


「ほんっと使えない……二号、出番」

「つまりねー、発生地域で名前が変わるんだよねー。太平洋北西部で発生した熱帯低気圧は台風、大西洋や太平洋北東部で発生したものはハリケーン、インド洋や南太平洋で発生したやつはサイクロンって名前が付くんだよねー」

「じゃあ、南太平洋で発生したらサイクロンだけど、北の方に移動して来たら台風って名前が変わるんすか?」

「移動できたら変わるが、まず移動が不可能だ。赤道越えは無理だと言ってるだろう」

「なんで無理なんだよ?」

「コリオリの力の話、あんた聞いてなかったの? このニセクロホシテントウゴミムシダマシ!」

「姐御先輩、長いです……」

「つまりねー、赤道から離れて行くことはあっても赤道に向かうことは無いんだよねー。だから赤道越えは無理ー」


 二号だけがまともに答えてくれるらしい。流石部長である。小っちゃいけど。


「という事は、やっぱり地球の自転がある限り、台風は避けられないという事っすね。つまり、みんなの食料の安定供給の為には、まず地球の自転を止めるのが先決っす!」


 金太よ、なぜそうなる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る