第22話 科学部、朝食にありつけない!
翌朝、科学部の面々は想定外の事態に頭を抱えていた。
「明らかにダメだよねー」
「そうですね。これはちょっとヤバいと思われます」
「姐御先輩なら大丈夫だと思うんすけど」
「黙れカンピロバクター」
「姐御先輩、近年稀に見るナイス比喩です」
サムズアップして言うほどの事ではないような気がするが。
「何すかそれ」
解説しよう。
カンピロバクターとは、幅0.2~0.8μm、長さ0.5~5μmの桿菌であり、鞭毛を使ってネジ回しのような動きをするため、ぐにぐにと曲がったS字状に見えるちょっと可愛いヤツである。
「曲がった」を意味する「カンピューロ」と「細菌」を意味する「バクテール」をくっつけて「カンピロバクター」と呼ぶが、エンテロトキシンという主に腸管に作用する毒素を生成するため、カンピロバクター症と言って食中毒の原因とされている。
因みに、全く関係ない事ではあるが「カンピューロ」と普通に言うだけで、ネイティヴの人にはcomputerに聞こえるらしい。以上!
「んー、ある意味凄いよー。自分でエンテロトキシン生成しちゃうんだからねー。これは誉め言葉だよー」
「誉め言葉に聞こえないっす」
「いずれにしてもこれはダメですね。本当に金太が大量に増殖しまくってますよ」
「
「え、発酵っすか?」
「フツーに腐敗でしょ」
簡単に言うと、昨夜のヒボドゥスの肉が言葉で表現するのが憚られるような芳香を放っているのだ。
まあ、仕方あるまい。完全に干し切れないうちに屋内(?)に取り込んだ生肉を、冷蔵庫があるわけでもない真夏の常温に一晩放置したのだから。
塩漬けにしようとした方も、塩がちゃんと出来上がっていないうちだったためか、明らかに怪しげなことになっていて……というか地味に泡立っていたりして、触れる事すら勇気を必要とする状態である。
「その辺に捨てたらヤバいよね、やっぱ」
「森に埋めましょうか」
「森の中に投げといていいと思うよー。この辺の生き物はみんなそうやって自然に還るわけだしー」
「可哀想なことしちゃったね。ちゃんと全部きれいに食べてあげたかったな」
「そうですね。僕たちの食料となるためにその命を捧げてくれたんですから」
絶対違う。教授を襲って姐御の怒りを買っただけだった筈だ。だが、彼らのヒボドゥスへの冥福を祈る気持ちに作者が茶々入れをするのはモノカキの倫理に反するので、ここは一つ解説君共々黙っておくことにする。
「じゃあ、俺が後で森の中に置いて来ますよ」
「ありがと金太」
「オイラも行こうかねー」
「小さな子どもに重労働はさせられません、僕が行きましょう」
「コロスよー」
仕方なく金太と教授が何かのコロニーと化したであろう元ヒボドゥスを森に還しに行くと、姐御が「さて」と言って制服を脱ぎ始める。
「じゃあ、あたしちょっと朝食仕入れて来るわね」
「どこにー?」
「海に決まってんじゃないのよ」
「昨夜雨が降ったから濁ってんじゃないかなー?」
「あ……」
「あ……」
「てことはさ、二号?」
「てことだねー、姐御ー?」
見つめ合う二年生二人、だが、そこには美しい友情や仄かな恋愛に似た気持ちが漂うこともなく、ただただ、高校生の姉と小学生の弟が……
「コロスよー」
すいません。何でもありません。
「つまり、雨が降った翌日はご飯抜き?」
「雨が続いたらー? 前線が停滞したらー?」
「餓死?」
「食料の安定供給が最重要課題になりそうだねー」
と、そこへ一年生の二人が戻ってくる。
「姐御先輩、その中途半端に制服脱いだ状態は危険です。金太の健康を害する恐れがあるのできちんとボタンを留めてください」
そうだ、さっき海に入ろうと途中まで脱いだままだったのではないか。
「ごめん、海にお魚捕りに行こうかと思って」
「無理ですね。コロイド溶液のようになってると思いますよ」
「ケロイド溶液って何すか?」
「コロイドだ」
解説しよう。
コロイド溶液とは、粒子の大きな別の物質が溶け混んでいる液体の事であり、水の透過性が失われて不透明になった状態である。牛乳や泥水などがそれにあたる。
ケロイドは 良性線維増殖性病変の一種であり、コロイドとは言葉は似ているが全く無関係である。以上!
「コロイド溶液の話をするならチンダル現象ついての説明があってもいいと思いませんか?」
今、チンダル現象関係ないじゃん! めんどくさいなぁ、もう!
解説しよう。
チンダル現象とは、コロイド溶液に光を当てたとき、その粒子によって光が散乱され、光の通路が一様に光って見える現象の事である。
チベット辺りの地名にも聞こえるが、イギリスの物理学者ジョン・ティンダルが名前の由来になっている。以上!
「それよりね、そのコロイド溶液状態の海に入れないという事は即ち……」
「食事が無いという事ですね。そして雨が続くと何日も食べるものが無い。食料の安定供給が最重要課題であると、恐らく二号先輩が計算済みでしょう」
「そーねー」
「あ、いいこと思いついた!」
「金太のいいことが本当にいいことだった試しは無いわよね」
「養殖しませんか?」
「えっ?」
養殖? ですと?
こいつ、作者が思いつかんようなことを勝手に始めやがって。
「どこで? 海で養殖するんだったら一緒よ?」
「晴れてる日に魚の干物を作った方が安全だねー」
「爬虫類育てて食べませんか? 家畜にするんすよ。カエルとか食えるじゃないすか」
「カエルはまだいないねー」
「ゲロバトラクスがいるじゃない」
解説しよう。
ゲロバトラクスとは、見た目はオオサンショウウオの小型版のような作者好みの愛くるしさで、カエルやイモリの先祖とされている両生類である。ギリシャ語で『古代のカエル』を意味する。以上!
「それ、行きましょうよ」
「んー、どうかねー、上手くいくかねー」
「俺がやります。そのゲロゲロバーってやつ、教えてください」
「ゲロバトラクスっ!」
と三人の声がハモったのは言うまでもない。
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