第20話 科学部、昔話を聞く!

 雨は次第に強くなっていき、入り口の方は飛沫しぶきが当たるようになってきた。塩漬け肉のたらいに水飛沫が当たらないように少し奥の方に移動させ、入り口付近には姐御の日傘を開いて洞穴内部への雨の侵入を防ぐとともに、アルミ蒸着部分に明かりを反射させるようにその内側に魚脂ロウソクを設置する。これで明るさ倍増である。


 短期集中型の姐御と金太は、すでにお腹が空いたのか、先程焼いたヒボドゥス肉ステーキを二人でがっついている。何のかんの言っても結構似た者同士な二人である。

 一方、二号と教授は相変わらずタフである。こちらは持久戦に耐えられる精神力がありそうだ。お喋りしながらも、籠を編む手がずっとが止まらない。


「今その辺に倒れているシダ類や裸子植物の樹木が、21世紀の石炭になったんですね」

「そーねー。石炭の元になる樹木が生えてた時代だから石炭紀って言うくらいだからねー。ペルム紀の植物も十分石炭になってるだろうねー」

「被子植物が無いのは結構痛手ですね。我々の常識が全く通用しない」

「それでも、頑張ってる方だとは思うけどねー。双子葉類が欲しいねー」

「実の生る植物というものが無いですからね、シダ類は。胞子嚢なんか見ても食欲湧きませんしね」


 夜になって、魚脂ロウソクの明かり二つだけで仕事をしていると、なかなかに気が滅入る。煙は凄いしすすも酷い、その上魚臭くて薄暗いのだ。これで晴れていれば月明かりがそれなりに明るく照らしてくれようが、雨降りだとそういうわけにもいかない。大体、何が悲しくて男子高校生が二人頭を突き合わせて魚籠びくなど編んでいるのやら。


「トマト、食べたいなー」

「二号先輩、トマトが好きなんですか?」

「あー、姐御が育てた桃太郎トマトが美味しいんだよー。あれが食べたいなーと思ってねー。ピーマンとー、ナスとー」

「ナス科ばっかりですね」

「んー、ナス科の地上絵でも残すかねー」

「ペルム紀の地層に埋もれちゃいますよ」

「だよねー」


 いや、教授、そこはツッコむとこである。


「4千万年以内にこの地球は温暖化に見舞われるんですね」

「んー、P-T境界の辺りでねー」

「砂漠化してますね」

「砂漠で鯖食う?」


 教授、そこだツッコめ!


「砂漠でサバイバルですよ」

「砂漠で鯖威張るー?」

「負けた……」


 競ってどうする。


「ちょっと金太、二号も教授も壊れてきちゃったみたいよ。どうする?」

「仕方ないんで、俺と姐御先輩で交配し……」

「黙れシアノバクテリア」


 もはや藍藻らんそう類にされている。


「じゃあ、せっかくシアノバクテリアが出たところで、雨の退屈しのぎに地球の誕生のお話でもしようかねー」

「えー、こんなところで勉強っすか?」

「あんたが主人公よ、聞いときなさい」


 二号は手を休めることなく話し始める。


「むかーし昔のことじゃった……」

「なんで日本昔話風なんすか」

「いいから黙って聞きなさいよ。来週のテストに出るわよ」

「今からおよそ138億年前、宇宙でとんでもない大爆発が起こったんじゃ。それを人々はビッグバンと呼んだそうな」

「ビッグバンからやるんですか」

「うむ、その38万年後……」

「待ってください、二号先輩。宇宙の晴れ上がりまでやってたら量子論に突入します、そこは割愛で」

「えー」


 不満げである。上目遣いに口を尖らせているところなど、小学生のようでちょっと可愛い。


「先に言っておきますが、僕は宇宙マイクロ波背景放射の説明はしませんよ」

「ちぇっ」


 説明させようとしていたらしい。面倒なところは丸投げか!


「ビッグバンから92億年後。現在から46億年前、暗い宇宙に小さな星が生まれたんじゃ。星はすくすくと育ち、地殻と海ができた。おじいさんとおばあさんはそれを地球と名付け、大事に大事に育てたんじゃ」


 おじいさんとおばあさんは既にいたようである。


「そして約38億年前、アミノ酸、核酸塩基、糖などの有機物から生き物が生まれたんじゃ。それはまだちゃんとした核の形を持たない原核生物というものじゃった」

「金太のことよ」

「なるほど。その頃の俺は網野あみのさんっつー名前だったんすね」

「違う、アミノ酸!」


 教授、金太には隙あらばツッコみたいらしい。


嫌気性けんきせいの原核生物は水の中でしか生きられん、海の中で地味ーに生活しておったが、自分で栄養分を作ることを覚えたんじゃ。それが光合成じゃ」

「お、中学で習いました! 葉緑体っす!」

「そう、その光合成ができるように進化したのが藍藻植物、即ちシアノバクテリアじゃ」

「ここにつながるんすか」

「つまり金太の進化系ね」


 姐御が真顔で合いの手を入れてくる。本気でそう思っているようだ。


「これが32億年前の話じゃ。して、シアノバクテリアは僅か5億年ほどの間に爆発的に繁殖したのじゃ」

「流石金太。自家繁殖とは期待を裏切らない展開だわ」

「先輩、光合成によって酸素が増える結果になったのでは?」

「そういう事じゃ。それまで赤鉄あかがね色だった地球が青くなったのはこの頃じゃ」


 まるで見てきたような語りっぷりである。


「そこからさらに7億年ほどが過ぎ、今から20億年ほど前、真核生物というものが生まれたのじゃ」

「なんすかそれ」

「細胞核を持つ生物の事よ」

「先週習っただろ、リボゾームとかゴルジ体とかミトコンドリアとか持ってる」

「ああ、名古屋弁だと『水戸混んどりゃー』になる奴な!」

「ならんがな!」

「じゃが、その頃はまだ単細胞生物じゃった」


 周りが怒涛のボケツッコミをしていても、二号のマイペースは絶対に崩れない。


「そして今から6億年~10億年前くらいのあいだに、ロディニア大陸の誕生とともに、やっと多細胞生物が生まれたのじゃ。めでたしめでたし」

「つまり、俺が網野さんからシアノバクテリアに進化して水戸へ行く話っすね」

「そういう事じゃ」


 いや、違うと思う。


「まあ、めでたしめでたしで終わったからいいじゃないすか」

「しかしその後、今から約7億年前と6億年前には全球凍結が待ってるんだ、あまりめでたくない」

「全球凍結?」


 解説しよう。

 全球凍結とは、地球がまるまるぜーんぶ凍っちゃうことである。英語ではスノーボール・アースという。因みに最近の研究では約22億年前にもまるまる凍ったらしい。以上!


「いやあ、実に為になる小説っすね!」

「作者に媚び売ってどうすんのよ」

「そこまでが古生代以前の先カンブリア時代と呼ばれる時代なんだよー。5億4200万年前からは古生代カンブリア紀がスタートするんだねー。さ、ちょうど一つ籠が編みあがったから、オイラもヒボドゥス肉ステーキ食べよーかねー」


 流石、部長である。

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