第87話 女装男子の父親が、すべてを終わらせる
「なんだ」
静まり返った室内に、ユリウス様の声が隅々まで及ぶ。
決して大声ではない。凛とした声でもなかった。
強いて言うなら。
つまらなそうな、声だ。
私はお父様にしがみついたまま、ゆるゆると首を上座に向ける。
アレクシア様は椅子から立ち上がり、ユリウス様の側に立っておられた。
ユリウス様は、椅子に座ったまま長い脚を組み、肘掛に頬杖をついている。その仕草のまま、ブルーダイヤのような瞳を暴漢に向けた。
「呪いはどうした? 結局効かぬか」
可笑しそうに笑うその姿に、皆が魅入る。
参加者が見ていたのは、抜刀した男たちではなかった。暴言を吐く男ではなかった。
皆が、見惚れたのは。
金の髪を持ち、透き通るような青い瞳を持つ領主であり、先王の姿だ。
たった一言で。
場を御したのは、ユリウス様だった。
「ウィリアム」
ユリウス様はお父様の名前を口にされた。「はい」。お父様は返事をし、そっと私から手を離した。
「つまらん余興だ。終わらせろ」
ユリウス様が興味なさ気に鼻を鳴らす。隣に立つアレクシア様は呆れたようにユリウス様を見下ろしたけれど、決してその側を離れる気はないらしい。
抜刀した男の一人がお父様を見て、「ユリウスの死刑執行人だ」と怯えた声を上げた。視線はすでに揺れ、逃げ道を探そうと一歩足を下げる。
だが。
「もう、下がれぬ!」
最初に抜刀した男が怒鳴りつけた。それが合図であるかのように、上座のユリウス様に向かって駆け出した。
「ちょっとごめんね」
お父様は私を軽く押して自分から離れると、男の進路を塞ぐように立つ。
向き合い、先頭の男と向かい合った瞬間、抜刀した。
お父様の剣が鞘から抜かれ、下から斜め上に刃が移動する。
そのわずかな時間で、男は呻いた。
鈍く、低い声を口から漏らしただけだった。
それだけで、男は下半身から崩れる。両膝が床に着くと同時に、お父様はその胸を蹴りつけ、倒した。
居合いだ。
抜くと同時に男の喉笛を切ったらしい。
床に倒れた男の首からは夥しい血があふれ出し、床を濡らす。すぐ近くの貴婦人が悲鳴を上げてフロアの奥に逃げ惑い、ユリウス様が顔をしかめる。
「汚すな、ウィリアム」
「そりゃ、無理ですよ」
お父様は苦笑し、大きく剣を振りかぶる。背後にいた男達は唖然とお父様の長身を見上げた。その間に、お父様は手首を返し、なんなく袈裟懸けに二人の男を切り伏せた。
倒れた男たちの背後に、立ち尽くすのは、あの退路を探そうとしていた男だった。
何が起こったのか分からない。
そんな顔だった。
たった、数秒。
たった、それだけの時間で、お父様は賊を3人切り伏せた。
「その男は生かしておけ」
最後に残った男の首に剣を突き立てようとしたとき、ユリウス様がおっしゃった。
お父様の剣の切っ先は男の喉仏数センチのところで止まる。
「事の次第を語らせよう」
ユリウス様が指を鳴らすと、侍従団が男に駆け寄り、3人ほどで床にねじ伏せる。
「ウィリアム。申し訳ないが、息子のところに向かってくれ」
「承知いたしました」
お父様は数度剣を振って血糊を飛ばすと、再び鞘に戻す。「君はここにいるんだよ」。ついていこうとしたら、そう制せられた。
「さて」
ユリウス様はフロアの参加者を見回し、蕩けるような笑みを浮かべた。
「余興は終了だ。是非、音楽を楽しんでくれ」
まるで魔法が解けたように『ルクトニアのバラ楽団』が、慌てて音楽を奏で始めた。
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