第77話 女装男子は、男装女子に「運命を、感じないか」と尋ねる

「おれが触れても、運命を感じないか?」

 床についていた手をアルに握られ、反射的に手を抜こうとしたのに、上から力強く押さえられて逃げられない。アルは私の手を握ったまま、そう尋ねる。


「おれが近づいても、運命の相手だとおもわないか?」 

 アルは私の手を離さず、身を乗り出すように私の方に上半身を近づける。


 さらり、と。

 アルの束ねた長髪が肩口から流れ落ちるのが見えた。

 カンテラの灯を受け、まるで金砂のような光を散らす。


 運命の相手だと、私は思っていたのだろうか。そう思いながら、なんとかアルと距離を置こうとみじろぎをした。


「オリビア」 

 名前を呼ばれ、私は肩を震わせて背を反らす。だけど、背後は壁があるせいで、どこにも逃げ場はない。アルは私の手を握ったまま、上半身を近づけてきた。


 睫毛が触れあう程顔を寄せ、アルの口唇が私の口唇と重なるほど近くで、アルは動きを止めた。


「このまま、キスしたら、運命を感じるか?」

 そう問われ、身がすくんだ。


 お父様の言葉が不意によみがえる。

『勇気を持って自分に尋ねてみるだけだよ。自分が恋に落ちているのかどうか、落ちる覚悟があるのかどうか、って』


 だけど。

 私には、その勇気がない。


 実はアルに恋をしているのかどうか、尋ねる勇気がない。

 自分の心の端っこに立って、そこから『恋に落ちる』覚悟が無い。


 だって。

 このひとは、私と結婚できない。


 だって、家はどうするの。スターライン家はどうなるの。

 このひとと恋に落ちたって、先が無い。

 

 落ちる先は沼だ。ずぶずぶと沈み、互いにやっぱり、自分の身に釣り合った人を探さなくてはならなくなって、結局辛い思いをして別れるだけだ。

 

 キャロルだってそうだったじゃない。結婚が決まり、結局カラムさんとは別れることを決意して……。


 それなのに。

 そんな結末しかないのに。


 私は、『恋に落ちる』覚悟があるのか。


 気付けば、目に涙が盛り上がった。

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