第58話 男装女子は、現在休養中

             ◇◇◇◇


 ノックで目を醒ました。


「はい」

 返事をすると、随分声がかすれていた。だけど、存外気分は軽い。癖で右手を動かそうとして妙な痛みを覚え、ああ、怪我していたんだ、と思い出した。仕方なく左手を動かして目を擦る。


「失礼いたします、お嬢様」

 扉が開き、最初に入って来たのはエミリーだった。私が小さな頃から我が家の侍女として働いてくれていて、今年で五〇になるという。だけど、年齢を感じさせるのは白髪が混じり始めた髪だけで、きびきびとした動きも、無駄の無い言動と最小限の感情表現は、彼女を随分と実年齢より若く見せた。今も、銀の盆にゴブレットを載せ、静々と歩いてくる。


「気分はどうだい」

 その後から入って来たのはお父様だった。手をついて上半身を起こそうとしたら、盆を丸テーブルに置いて素早くエミリーが手伝ってくれる。


「今日が一番楽かも」

 エミリーが枕やクッションを使ってベッドヘッドに背もたれを作ってくれるので、座ったまま上半身を預けた。ちらりと寝着越しに右肩を見る。包帯や綿紗のせいで肩パットでも入っているような膨らみになっているけれど、痛みはほぼない。


 あの晩から、三日が経っていた。

「お薬を」

 エミリーが盆を手に取り、私に差し出す。私は顔をしかめ、お父様に小さく笑われた。


「そんな顔ができるんならもう大丈夫だねぇ」

 そう言うと、ベッドの端に座った。私は薬湯を呷り、ゴブレットを押し付けるようにエミリーに返す。本当はエミリーはお母様つきの侍女なのだけれど、里帰りにあたり、『オリビアが心配だから』とお母様から留守を任されたらしい。


 結果的に。

 お母様の読みは当たっていたわけで。

 右肩をナイフで刺されて帰って来た娘の世話を、流石にお父様一人ではできず、入浴から包帯の交換から、ほぼエミリーに頼りきりだ。


「では、失礼いたします」

 エミリーは私からゴブレットを受け取ると、淡々と室内から出て行った。


「……あの」

 なんとなく、私の足元あたりのベッドに座るお父様に、おずおずと声をかけた。「ん?」。お父様は不思議そうな瞳を私に向ける。


「……怒ってるよね」

 おそるおそるそう尋ねた。


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