第36話 女装男子は、男装女子の縁談がおもしろくない
「いえ、オリビアが……」
「ちょっとっ!」
笑ってアルがアレクシア様に言おうとするから、慌てて私はアルの口に手を伸ばす。アルはそれをかわし、「母上、オリビアが」と私の顔を見ながら続ける。
「アルっ」
真っ赤になってその背を小突くと、穏やかな笑い声が聞こえてきた。
「じゃれてないで、席につきなさい」
声の主をみると、ユリウス様だ。ゆるやかに口角の上がった口元には笑みが湛えられ、小さな子を見るような目で見つめられた。私は恥ずかしくなってアルの背に隠れる。
「ふん」
途端に、アルが、つまらなそうに鼻を鳴らす。顔を上げると、アルは前だけ真っ直ぐ見て、ずんずん椅子の方に歩いて行ってしまった。
アルは、執事長がひいた椅子に坐り、私は立ち上がったお父様がひいた椅子に腰をかける。私が座ったことを確認すると、執事長はユリウス様とアレクシア様に一礼し、静かに退席をした。
「シャーロットの具合はまだ悪いの?」
アレクシア様がポットからティーカップにお茶を注ぎながら、お父様に尋ねる。お父様は立ち上がり、注ぎ終わったティーカップから順にユリウス様やアルにサーブしながら、肩を竦めた。
「少し、長引いていますので……。昨日からサザーランド伯爵の家に戻しています」
質問はアレクシア様からだったけれど、お父様はユリウス様にそう答えた。お父様の言うとおり、ジョンとの縁談が破談になったあたりから調子を崩したお母様は、その後なかなか元に戻らず、寝たり起きたりを繰り返していた。
どうやら、本当に私の縁談が次々潰れることに心を痛めているらしい。
見かねてお父様が、『君が悩んでも仕方ないことだから』と言っても、溜息をつくばかりだった。
そこでお父様が、方向性を変えて『少し、実家でゆっくりするかい』と提案すると、流石に体調的に辛かったのか、素直にお母様はサザーランド伯爵の屋敷に里帰りすることになった。
「ひとりで行かせたのですか」
ティーポットを持ったまま、アレクシア様が険のある瞳をお父様に向ける。
「いや、僕だって『一緒に行こうか?』とは聞いたよ」
お父様が顔をしかめる。
「本当ですか? オリビア」
ぎり、と刺すような視線をアレクシア様に向けられ、私は背筋を伸ばした。
「はい。父は、母にそのように声をかけていました」
アレクシア様の圧に押されて早口でそう答える。
「だけど、シャーロットが『残って、オリビアの縁談を進めてください』って言うから」
お父様が私の前にソーサーに乗ったティーカップを押しやりながら、溜息交じりに言った。
「また縁談?」
うんざりしたような顔でアルが私に言う。
あんたが潰すからでしょ。心の中で怒鳴りつけながらも、私はむすっとした顔で答える。
「縁談が入るかもしれないから、居てください、ということのようです」
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