第26話 女装男子は、「三」についての説明を受ける
「……待って」
アルは私から手をするりと離し、腕を胸の前で組んだ。中に何を詰めているのか知らないが、チュニックが押し当てられてふくらみが見て取れる。……私より、大きいのがなんとも腹が立つ。
「その変態男は、まだ『金髪、青い目の女』を探してるの? ローラでお終いじゃないの?」
アルが柳眉を寄せて三人の女達に尋ねた。
「元締めのところには、もともと『3人の女を捜している』って来たらしいわ」
口紅の女性が顎を指でつまむようにして、記憶を手繰る。
「元締めは、探しておく、って返事をしたんだけど、該当の『金髪、青い目』がまずそんなにいないでしょ? どうしたもんか、って思ってたら、『あと、二人で良い』って」
「あと二人……」
思わず口から言葉が零れ出た。と、いうことは、一人、みつかったのだろう。なんとなくそれが、キャロルだった気がしてならない。
「で、元締めがローラを教えて……。まぁ、ローラがその変態野郎の毒牙にかかったのだとしたら、よ」
口紅の女性は鼻から盛大に息を一つ吐いた。
「あとひとり、探してるはずなのよね、『金髪、青い目の女』を」
なんとなく、皆の視線がアルに集まった。アルもそのことを感じているのか、肩を竦めて苦笑いする。
「ローラを教えたぐらいだから、元締め、私のことも喋ったでしょうね」
「可能性はあると思うわよ」
煙草の香りがする女性が気の毒そうにそう言った。
「三、っていうのがまた。なんだか意味深よねぇ」
向かって左端の女性が呟き、口紅の女性が不思議そうに首を傾げる。
「なにか意味でも?」
「三、ってほら。『完結』を意味するじゃない」
左端の女性の言葉に、二人はぽかんと口を開く。私も目を瞬かせた。
「そう、なんですか?」
尋ねると、左端の女性は、肩に掛けた安物のショールを胸の前で掻きあわせ、やせぎすに見える指を順に折ってみせる。
「『世界』はね、三で構成されてるの。
左端の女性は、黒い瞳に穏やかなランタンの光を映しながら、私を見た。
「ひとつ、ふたつ、『なにか』があっても、それは『点』や『線』にしかなりえない。だけど、みっつあれば」
「面が構成できる」
アルが隣で呟く。左端の女性は、にっこりと笑った。
「完結された何かが生み出されるってことよ」
女性の言葉に、ぞっとした。
何を、生み出すつもりなのか。何を作り出すつもりなのか。何を、完結させようとしているのか。
女性の、生命を使って。
「あなた、学があるのねぇ」
口紅の女性が素っ頓狂な声をあげ、私は背を震わせて意識を引き戻す。
「街娼をする前に、なにしてたの?」
煙草の香りがする女性が、左端の女性に尋ねる。左端の女性は嫣然と微笑んだ。
「尼僧」
途端に、二人の街娼は爆ぜるように笑う。「またまたぁ」。二人は大声で笑い、左端の女性の肩を叩いた。左端の女性は何も言わず、ただ、為されるがままだ。
「とにかく、気をつけるのよ、アリー」
口紅の女性がアルにそう声をかけ、それを合図のようにアルはまた私の腕を取った。
「ありがとう」
そう言って、私達はまた、腕を組んで往来を歩き始める。
「あの人たち、以前からの知り合いなの?」
三人をちらりと振り返り、私は小声で尋ねる。アルは頷いた。
「性質の悪い男に絡まれてたところを助けたんだ」
アルはまたいつもの声音に戻し、私にそう教えてくれる。
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