その12-3 最悪なシンコペーション

 砂柱を生み出して現れたそれは、数瞬前まで少年が立っていた砂地目掛けて問答無用で振り下ろされた。

 刹那、叩きつけられた鉄塊により、小さな砂嵐が巻き起こる。

 妖刀が放った咄嗟の示唆により、後方へ跳躍していた少年は吹き付ける砂塵から顔を庇いながら、着地と同時に思わず唸り声をあげていた。

 

 這い上がるようにして砂上に現れたその手の主とは即ち、逆さまにしたバケツのような、岩ほどもある大きな頭部に、魚眼レンズの紅い一つ目が突き出た異形の物体。

 体長はおよそ三メートル。金属らしきメタリックなコーティングが施された円筒形の細い胴体からは不釣合いな巨大な手と足がはえている。

 何となく見覚えがあった。そう、この遺跡に足を踏み入れた際、丘で手荒い歓迎を受けた矢を放つ人形と似たフォルムだ。


「なんだこいつ?!」

―ケケケ、こりゃあやかしじゃあねえな。妖気が感じられねえ―

「んじゃなんだよ?」

―俺が知るかよ。恐らく絡繰人形の一種だろうが―


 絡繰。ロボット。機械人形。ゴーレムってのも確かそうだっけ? どうやら古城で見かけた魔の眷属――そう呼ばれる類の化け物ではなさげだが、いずれにせよ歓迎されてはなさそうだ。

 時任の返答を受けて次々と頭の中に浮かび上がってきた単語を振り払い、カッシーはブロードソードの切っ先を物体へと向けた。


 と、妖刀曰く巨大な『絡繰人形』は少年のその行為を抵抗と見做したのか、魚眼レンズを赤く点滅させながら一歩足を進める。

 カッチコッチと一定の時を刻む駆動音と共に、巨大な足が砂を巻き上げた。


「最悪な罠だわ……」


 なっちゃんの驚嘆かつ辟易したような呟きが背後から聞こえてくる。

 激しく同意だ。しかしでかいなちくしょう、まるで壁だ――

 覆い被さるように立ち塞がるそれを見上げ、カッシーは負けじと目に力を籠める。

 

―来るぞ小僧!―


 再び振り上げられた絡繰人形の鉄拳に反応し、時任が叫んだ。

 砲丸投げの選手のように、全身を捻って放たれた鉄塊が落下を開始する。

 足首に纏わりつく砂を千切るようにして地を蹴り上げ、カッシーは横っ飛びでそれを躱した。


 真横に着弾した拳がまたもや砂の間欠泉を生み出す。

 風圧が頬を撫でるのを感じながらも、一足飛びでさらに跳躍し絡繰人形の真横へと回った少年は、ブロードソードを両手で握り直して息を整えた。

 

―いいか、奴の攻撃をまともに受けるなよ。受け止められる攻撃じゃねえ―

「みりゃわかる」


 大した馬鹿力だ。まともに食らったら恐らくガードの上からでも潰されるだろう。

 魚眼レンズをチカチカとさせ、こちらを向き直った巨大絡繰から決して視線を反らさず、カッシーは憮然とした表情を浮かべつつ時任へと返事する。

 

―ならどう挑む?―

「速さと技だろ?」

―ケケケ、合格だ我が弟子!―

「誰が弟子だ、誰が」


 小兵が白兵戦で勝つには速さと技で相手を翻弄するべし――つい先日、村の広場で示唆された戦法だ。

 満足そうに笑い声をあげた時任に向かって、我儘少年は吐き捨てるように突っ込んだ。


「カッシー大丈夫!?」

「ああ、なんとか。それよりなっちゃん、罠の解除は任せたぜ! こいつは俺が相手する!」

「冗談でしょ? やる気なの!?」

「こっちにその気がなくとも、見逃してくれるわけないだろ」


 お喋りもそこまでだった。時を刻む乾いた駆動音と共に、絡繰人形のレンズが自分に向かって照準を定めたのに気付き、カッシーは負けじとそれを睨み返す。

 上等だやってやる。いざ尋常に。

 微笑みの少女の呆れと心配の混じった声を背中に受けつつ、気焔万丈カッシーは聳え立つ絡繰人形目掛けて突撃を開始した。

 途端踏み込んだ足が砂にずぶりと沈む。だが構うものかとカッシーは前傾姿勢で巨人の懐へと飛び込んだ。

 再び人形の巨大な拳が振り上げられ、今度は横薙ぎに標的へ襲い掛かる。

 

 やっぱりだ。少年は確信した。

 敵は大柄。リーチも力も量るまでもなく相手が上。

 だがスピードはそれ程でもない――と。

 慢心や油断ではなく眼が追い付ける。反応できる。足場の悪さを考慮に入れたとしてもだ。


 あまり感謝したくはないが古城での死線を潜ったおかげだろう。

 炎使いセキネ風使いオオウチの方がよっぽど速かった。

 これなら躱せない攻撃じゃあない。


 はたして、自分の身体ほどもある鉄塊が真横から迫る最中、しかしカッシーはしっかりと魚眼レンズを見据え、一寸身を屈めてそれを躱した。

 と、風を切って空振ったその左フックに次いで、彼を潰さんとする勢いで間髪入れずに振り下ろされた絡繰人形の右拳が、少年の真上から襲い掛かる。

 

―上から来てるぞ小僧!―

「わかってるよ!」


 百も承知だ。。叫ぶと同時に素早く砂地を蹴り、カッシーは真横へと跳躍して落下してきた鉄塊を紙一重で躱す。


 先刻同様に砂塵が容赦なく少年の顔に吹き付けた。

 だがしかし。憂うな、惑うな、怯むな――もとい相手はあやかしではないが、少年にとっての戦いの気構えは変わらない。


 相手の攻撃は全て躱した。やはり動作は緩慢。隙もでかい。

 微塵も衰えることのない闘志を瞳に滾らせ、カッシーはさらに砂地を蹴り絡繰人形の懐へと潜り込む。


「はああああっ!」


 がら空きとなった絡繰人形の円筒形の胴体目掛けて、少年は両手で握ったブロードソードを横凪に繰り出した。

 金属がぶつかり合う甲高い音が大空洞に木霊する。


「っ!?」

 

 刹那、カッシーは息を呑んだ。

 はたして少年が放った一撃は、絡繰人形の胴体にほんの僅かな傷を生みだしたのみでその動きを止めていたのだ。

 いや弾かれたといっていいだろう。

 なんつー硬さだ。ブロードソードの刃を伝って、両腕に訪れた痺れに目を白黒させながら少年は立ち尽くす。

 

―動きを止めるな! 追撃が来てんぞ、両脇だ!―


 だが浴びせるような、妖刀の叱咤がすぐさま彼を我に返した。

 風の唸りを左右から感じ、カッシーは両脇から迫っていた絡繰人形の両掌に気付いて大慌てで後方へと離脱する。

 パン――と、跳躍した少年の眼前で巨大な掌が打ちつけられ、乾いた衝撃音を生み出した。

 

「硬いなちくしょう!」


 またもや逃した――そう言いたげに魚眼レンズをチカチカと点滅させた絡繰人形を見上げ、未だ背筋を漂う痺れに辟易しながらカッシーはぼやく。


―ケケケ、やはりはがねか。こりゃ厄介だ―

「はぁ!? お前わかってたのかよ?!」

―んなもん、見た目でなんとなく想像つくだろ? もう少し頭を使えよ小僧―

「ぐっ……コノヤロウ」


 まさか馬鹿正直に胴を薙ぐとは思わなかった。やっぱりこの小僧、まだまだど素人だな――声を荒げたカッシーに対し、時任は皮肉を込めて嘲笑いをあげてみせた。

 返す言葉もなく、カッシーは悔しそうに歯噛みする。


―いいか? 相手は鎧武者と一緒だ。装甲の堅固な部分を攻めても意味がねえ。お前の腕じゃあ『斬鉄』も『鎧徹し』も無理だろうしな―

「んじゃあどうすればいいんだっつの!」

―決まってるだろ、装甲の薄い部分を攻めるんだよ―

「薄い部分?」

―ケケケ、だ―


 鎧だろうが何だろうが人体の構造上、可動部位はどうしても装甲が薄くなる。

 幸いにもこの絡繰人形は文字通り、『人』を『象った』構造だ。

 ならば膝や肘、手足の付け根といった所謂関節に該当する箇所であれば恐らく装甲も薄いはず。

 なるほど、言われてみれば――と、にじり寄る絡繰り人形の膝に目を凝らしたカッシーは、その部分だけ色が異なっている事に気づき、思わず鼻をひくつかせる。


―ケケケ、気づくのが遅えぞ弟子―

「くっそ、師匠面しやがって偉そうに……」

―いいか小僧、戦う時は敵をよく見ろ。どう攻めれば有効かを常に考えろ。それが異形を相手に生き残る術だ―


 この先も強さを求め、仲間を護りたいならな?――

 と、額に青筋を浮かべながら言い返そうとしたカッシーに対し、時任は幾分低くなった口調でそう告げた。 

 

 関節か……目の前のは手足は大きいが、腕と脚は不釣合いに細い。

 敵の動きは力任せで鈍いとはいえ、大きかった『的』が一気に小さく、限られた範囲となる。

 はたして自分にやれるだろうか――


 否だ。


 ではなく。

 


 日笠さんを救うためにも。

 一蓮托生、みんなで還るためにも。

 ここを乗り越えなければならない――


 途端青筋を引っ込め、だが憮然とした表情でカッシーはブロードソードを構える。

 よし、良い面構えだ――妖刀は少年の中に渦巻く感情を読み取り、楽しそうに笑い声をあげた。


―ケケケ。ま、やばくなったら力貸してやるよ―

「……はごめんだ!」


 奥の手和音を出し渋っている場合ではない切羽詰まった状況。それでも一瞬だが脳内で『地獄の筋肉痛』と天秤にかけてしまい、カッシーは口をへの字に曲げる。

 刹那、自分の身体を覆った影に眉根を寄せて、我儘少年はへと飛び込んだ。

 

 後ろに跳ばなかったのは覚悟の表れだった。

 両拳を組み、鎚の如く振り下ろす絡繰人形の魚眼レンズを睨み付け、カッシーはその懐へ潜り込む。

 背後で大きな質量が砂地にめり込む気配を感じつつ、今度こそは――と少年はブロードソードを肩に担いだ。

 そして股の間を滑り込むようにしてくぐり抜け、絡繰人形の背後へと廻り込む。


 狙うは関節。

 はたして、他の部位とは明らかに異なり、柔軟に駆動する絡繰人形の左膝裏に狙いを定め、カッシーは担いでいたブロードソードを横凪に繰り出した。

 まるで樹を切り倒すかのように放たれたその斬撃は、弾かれることなく白く濁る薄い膜に覆われた膝裏部に食い込み、中にあったコードの類を切断する。

 柄を握りしめる両掌に手応えを感じ、少年はブロードソードを引き戻した。

 途端、血のように吹き出す黒い液体。恐らくオイルか何かだろう。


 と、脚部に走った衝撃に対し魚眼レンズを細かく点灯させながら、絡繰人形は視界より消えた少年の姿を追って身を翻そうとする。

 しかし海底に沈む碇の如くダメージを受けた左脚部が、人形の意思を離れその巨体を砂地へと誘った。

 文字通り膝から崩れ落ち、絡繰人形は甲高い駆動音を起こしながら前のめりに転倒する。

 即座に身体を支えようと前方に突き出された両掌が砂地にめり込んで派手な砂塵を巻き起こした。

 紅い光を放ちつつ魚眼レンズが少年に焦点フォーカスを合わせる。

 

「よしっ!」

―まだだっ! そのまま眼を穿てっ!―


 崩れゆく巨体に巻き込まれないよう低く跳躍し、サイドステップで絡繰人形の前面に着地したカッシーは思わず口元を綻ばせた。

 だが少年に向けて『残心』を促すと同時に、時任は次なる『標的』を矢継ぎ早に示唆する。

 バランスを崩し、奇しくも跪く姿勢となった人形の頭部が、丁度カッシーの前へと差し出されるようにして垂れ下がっている。好機だ。狙いまで僅か数間――

 矢を番えるようにブロードソードの刃を水平に引き、カッシーは突きの構えに転じた。

 だがしかし。

 気迫の混じる笑い声をあげていた妖刀はその笑みを殺し、やにわに苦々しく舌打ちをその身から放つ。


―待て小僧、下がれっ!―

「は?!」


 なんでだよ!? 折角のチャンスなんだぞ!?――

 渾身の突きを今にも放とうとしていたカッシーは、一転『離脱』を指示した妖刀に対し不満そうに聞き返していた。

 想定内であったその反応に、時任はしかし端的にそして有無を言わさぬ勢いでこう告げる。



 ――と。

 妖刀が示唆した言葉の意味を少年が理解すると同時に、その『音』は聴こえだした。


 カッチコッチカッチコッチ――と。

 単純ながらも最悪なシンコペーションを奏で、その音が重なった。

 見事なまでの二重奏。片方は前方から、そしてもう片方は妖刀の言うとおり真下から。


 そう、足の裏から。

 砂の中から。

 耳朶を打つ打刻音が、ついさっき目の当たりにした映像を脳内へフラッシュバックさせる。

 それは即ち、間欠泉のように砂を巻き上げて現れた巨大な手の映像。

 

 歯を食いしばり、カッシーは踏み込んだ右足にブレーキをかける。

 ズブリと埋まったその足を引き抜くように左足で砂地を蹴りつけた。

 直角に右へと飛び退いた少年の真横で、またもや砂の間欠泉が吹き上がる。


「ざ け ん な ボ ケ ッ !」


 既視感ありあまる、まるでリプレイのようなその光景を見上げ、カッシーは出現した三本目の大きな手に気づいて思わずそう吐き捨てた。

 刹那、振り下ろされる掌が彼の頭上に迫る。

 着地と同時に再び砂地を蹴りつけ、カッシーは今度は左へと飛び退いた。

 

―まだだ小僧っ! 前に飛べ!―


 間髪入れずに時任が叫ぶ。

 くそっ、息を吐く暇もない――指示に従ってカッシーは続けざまに前方へと転がるようにして退避した。

 途端背筋に走った悪寒が彼のその行動の正しさを証明する。

 はたして迸る新たな間欠泉と共に、姿を現したもう一本の腕が一瞬前に少年が立っていた砂地を、くり抜くようにして吹き飛ばした。

 と、やはり振り下ろされたその掌が砂地を掴み、砂の中から巨体が砂塵を巻き起こしつつ出現する。

 

「新手かよ!」

―ケケケ、二体いやがった!―


 新たに姿を現したその絡繰人形も、やはり細い胴体とは不釣り合いな巨大な拳と脚の持ち主だった。

 ただその頭は先に現れたものと比較して若干丸い楕円形をしていたが。

 砂地を滑るようにして着地したカッシーは、口をへの字に曲げながらブロードソードを構え直す。


 背後で駆動音と共に、巨体が立ち上がる気配がした。

 膝をついていた絡繰人形が体勢を立て直したようだ。


 無念、好機を逃した。

 けどそれよりこの状況はまずくないか?――

 のっそりと自分を覆った新たな影の主を見上げ、そして油断なく背後の様子を伺いつつカッシーは悔しそうに唸り声をあげる。


―挟み撃ちか。こりゃ分が悪い―

「くそっ!」

 

 前と後ろから今度は輪唱のように喧しく打刻音が鳴り始めた。


 あと一歩だというのに、何でいつもこうなるんだよ!?

 どうする? どうすりゃいい?――

 刹那、二つの魚眼レンズがほぼ同時に青ざめるカッシーへ照準を合わせる。

 

―考えてる暇はねえ。動け! 死角を作るなよ!― 


 時任のその一喝がまるで合図だったかのように、四つの巨大な手が天を覆うようにして振り上げられると。

 

 次の瞬間、問答無用でそれは少年の頭上に降り注いだ。

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