その10-1 洒落にならない!
一時間後。
コントラバス遺跡関所前――
甲高いブレーキの音を一度立て、ZIMA=φの機体は関所へ続く道へと着陸する。
船首のプロペラがゆっくりと回転速度を落とし、嵐のように両脇の林を撓らせていた風が止んだ。
やがて完全に止まるのを待ってから、マーヤは予備座席から飛び降りて華麗に着地する。
「凄い。もう着いちゃった……」
信じられない――と興奮冷めやらぬ表情で、彼女は操縦席から降りてきたササキを見つめながら思わず称賛の言葉を投げかけた。
城を発ってから僅かに一時間。
徒歩なら二日、馬車でも一日かかる距離だ。それをたったの一時間で踏破してしまったのだ。
それにしても絶景だった。というかできることならずっとずーっと乗っていたかったな――
と、空の旅の素晴らしさを思い出し、目を閉じ余韻に浸るマーヤを奇特な目で眺めながらササキは革帽子を脱ぐ。
そして関所の様子を窺うように向き直り、ふむ――と顎を撫でた。
「確認ですが、ここがコントラバス遺跡で間違いないですね?」
「ええ。けど、カッシー達は先に行っちゃったみたい」
彼の問いかけを肯定し、同じく関所の様子を一目眺めた後にマーヤは確信する。
関所があまりにも静かすぎるのだ。
空から現れたZIMA=φは、堂々と関所に通ずる一本道に着陸していた。
『飛んで現れる』という、この世界の者であればまさに度肝を抜かれる登場の仕方をしたというのに、誰一人として関所から様子を見に出てこない。
これが何を意味するかを想像するのは難くないことだった。
はたして、足早に関所に近づいた二人は、詰め所の中で雁字搦めにされて眠っていた警備隊士達を発見し、やはりと顔を見合わせる。
「申し訳ない。
「ううん。中々やるじゃないカッシー達も」
城門の件を聞いた時も感心してしまったが、ここも傷つけず隊士を無抵抗にして切り抜けている。
やはり私達と極力事を構えぬように、あの子達はあの子達なりに気を遣っているのだ。
まあ少々強引な所は褒められたものではないが――彼等の代わりに謝罪したササキに向かって首を振り、マーヤは床で眠る隊士の一人を揺り起こす。
「しっかりして、目を覚ましなさい」
気持ち良さそうに鼾をかいて眠っていたその隊士は、安眠を阻害され不機嫌そうに目を覚ましたが、いきなり眼前に見えた女王の顔に、面喰って跳ね起きた。
「おはよう、よく眠れたかしら?」
「……はっ!? へっ!?……マ、マーヤ女王!? まさかこれは幻か!?」
「幻じゃないわよ本物。それより怪我はない? 今縄を解くから待ってて」
分かりやすい程に狼狽する隊士に苦笑を浮かべ、マーヤは腰のグランディオーソを抜くと、彼を縛っていた縄を斬ってゆく。
と、ようやくもって解放された隊士は、大慌てで立ち上がるとマーヤに向かって直立不動の姿勢を取ると敬礼した。
「申し訳ございませんマーヤ女王、お恥ずかしい所をお見せ致しました! しかし何故あなたがこんな辺鄙な関所に? しかもお供は……そちらの方のみですか?」
「あーその、ちょっと野暮用でね。それより子供達に見事にやられたって感じかしら?」
「な、何故それを!?」
狐につままれたような表情で、不遜と知りつつも前のめりに顔を覗き込んできた隊士を見て、マーヤは堪えきれず軽く吹き出しながら首を振って見せる。
「彼等はこの国の恩人よ。詳しい話は後でするから、とりあえず門を開けて頂戴。あと丘までの道のトラップの解除もね」
「門を? まさか遺跡に向かわれるおつもりですか女王!?」
「ええ、中に用があるの」
「危険すぎます。中がどうなっているかは女王もご存じでしょう?」
「いいから女王命令! 早く早く!」
必死に諌める隊士の鼻先に指を突き付け、マーヤはそれ以上有無を言わさぬ口調で告げる。
寄り目になって彼女の細く白い指を眺め、隊士は口をパクパクさせていたが仕方なく再度敬礼をした後、詰め所を飛び出し関所に向かって駆けて行った。
「これで約束は果たしたってことで」
「感謝しますよマーヤさん」
「どういたしまして。さ、行きましょうか」
やがて外からガラガラと鎖が巻き上がり鉄格子でできた門があがってゆく気配を感じるとマーヤはササキに向かって目配せをする。
二人が外に出るとつい先刻まで道を塞いでいた門が開き、その先の丘へ続く道を露わにしていた。
そそくさと門を潜り、その先に広がっていた光景を一瞥すると、途端懐かしい七年前の記憶が甦って来た。
マーヤは思わず口元を緩ませ、感慨深げに嘆息する。
「あれがコントラバス遺跡ですか?」
「そう、正確には入口だけどね」
「入口?」
「遺跡自体は地下にあるの」
彼女の後に続き、門を潜ってやってきたササキが丘上に見えた立方体の建物に注目しながら尋ねると、マーヤは振り返り答えた。
「女王、どうかくれぐれもお気をつけて!」
「ありがとう、できるだけ早く戻るから。あ、寝てるみんなのことはよろしく」
「はっ!」
上から顔を覗かせた隊士へニコリと笑ってそう伝えると、マーヤは荒れた道に足を踏み出した。
ふむ――と、興味深げに周囲を見回した後、ササキは彼女の後に続く。
「トラップの解除と先程言ってましたが?」
「この道にも既にトラップが仕掛けられてるの。矢と大岩だったはず」
「ほう、ペペ爺さんの言っていた通りというわけですな」
「そう。そして七年以上前から何人もの学者がこの遺跡の謎に挑んでいるのだけれど、わかったトラップの解除法はこの丘にあるものと、遺跡へ通じる隠し階段のみ。つまり中は、まだまだ未知のトラップだらけってこと!」
ちらりとササキを振り返り、マーヤはとっても嬉しそうに顔を輝かせながら、最悪の報告を彼へと告げる。
考えただけでワクワクしない?――その顔は明らかにそう訴えていた。
薄々感じていたが、やはり少し変わった性格の女王様だな。
半ば呆れつつササキは返答する代わりに、苦笑を浮かべてみせる。
「なかなか骨が折れそうですな」
「でも大丈夫。解除法があるはずだから。それを探しながら先に進めば問題ないわ」
「では
「随分当たり前の事聞くのね?」
「……そういう連中が先に行ってるのでねコノヤロー」
不思議そうに振り返ったマーヤに向かって、ササキは何とも渋い表情を顔に浮かべた後、目の前に広がっていた光景を凝視する。
道半ばの地面に散らばっていたのは、
想像はしていたが斜め上過ぎる。まさか強引に突破するとは。
まったくあの連中は後先考えずにやってくれる――昨日起きた城門での出来事を、道中マーヤから聞いていたササキは、案の定
と、ササキの視線につられてその惨状を一瞥したマーヤは、途端表情を剣呑なものへと変え、足早に丘を登り始めた。
「……どうされましたマーヤさん?」
「やっぱり急ぎましょうか」
「要するに、強引に抜けようとするとまずいトラップなんですなコノヤロー?」
「まずいなんてもんじゃないわ。極悪もいいところだから!」
「それほどですか?」
「うん。七年前魔女を見送った時に、ちょっとだけ遺跡の奥に進んでみたんだけどね……あ、本当にちょっとだけよ?」
矢の残骸を構わず踏み飛ばしながら、マーヤは早口でそう答え、当時を思い出してちょっぴり眉間にシワを刻む。
護衛としてついてきていた当時の騎士団長が止めるのも聞かず、彼女は興味本位で遺跡の中へ足を踏み入れてみたのだ。
別に疑ってませんし、貴女ならそれくらいやりそうですな?――
早くも目の前の蒼き女王の本質を掴みかけていたササキは先を促すように首を傾げてみる。
「そしたら大きな鉄球が遥か上から降ってきて、こっちに向かってごろごろ転がってきたわ」
「……割とベタなトラップですな」
「そう?」
「ええ、私の世界では王道ですが」
「そうなんだ。でもそれに気を取られてるとね。うっかり踏んじゃうの」
「何をです?」
「スイッチ。足元の床に紛れて嫌らしい位置にあるのよね」
「……それを踏むと、まずいのですか?」
「うん、踏むとね――」
♪♪♪♪
カチッ
同時刻。
コントラバス遺跡地下――
ち ょ っ と 待 て ! !
何だ今の音? 今なんかカチッて聞こえたぞ、カチッって!?
口元を引き攣らせながらカッシーは足元を振り返る。
これなんだ?
なんだこれ?
思わず後退った右足の踵の部分の床の部分だけなんか突起があるんだが?
嗚呼、勘弁してくれ。物凄く嫌な予感がするんだけど――
「カッシーッ! なにぼーっとしてんのよ早く進んで!」
と、聞こえてきたなっちゃんの珍しい、慌て声が我儘少年を我に返す。
「い、いや……なんか変なモン踏んじゃって――」
「今はそんな事どうでも――」
刹那。
大空洞に響き渡る、甲高い金属の衝突音。
途端、前方ににょっきりと通路を塞ぐようにして床から現れた『棘』付き鉄格子を視界に捉え、微笑みの少女は息を呑んだ。
「――よくないっ! ちょっと何踏んだのっ!?」
「いや、だからスイッチを――」
「……もしかして、別の罠?」
「悪い。どうもそうっぽ……い」
しんがりを務めていた東山さんが眉間にシワを寄せつつ尋ねると、カッシーは申し訳なさそうに口をへの字に曲げながらコクコクと頷いてみせた。
「ナニやってんディスカーこのバカッシー! 危うく死ぬところだったデショー!」」
串刺しになる所ダッタヨー!――と、一番先頭を切って走っていた、逃げ足だけはやたら早いバカ少年が急ブレーキをかけて怒声をあげる。
何にせよこりゃまずい。この状況はまずい。
あーこれはつまりその。
はたして、
地を揺るがして聞こえて来た、大きな何かが転がってくるその音に、カッシーはさらに顔を青くしながら振り返った。
案の定、見えたのは迷路の角を曲がってこちらへと転がって来た超特大『鉄球』の姿。
つい先刻の事、それは一同の背後に大轟音を立てて降ってきたのだ。
短い悲鳴を一斉にあげて逃げ出した少年少女達を、だが鉄球はまるで目でもついているかの如く、後を追って転がって来ていたのである。
そう。例え三叉路を曲がっても、十字路を曲がってもだ。
「なあなっちゃん……あれってどういう原理なんだと思う?」
「私に聞かないでよ。知るわけないでしょそんなことっ!」
「そんな事言ってる場合じゃないっ!」
凛とした東山さんの一喝で、カッシーとなっちゃんは何とも間抜けなその会話を中断し、さらに前方を振り返る。
『前門』の棘つき鉄格子。
そして『後門』の大鉄球――
「おーい、こりゃやばくね?」
立ち尽くす二人の背後から前方を覗き込み、こーへいは咥えていた煙草をだらんと下げながらお決まりの台詞を口にした。
「やばくね? じゃないわよ、やばいの!」
「ドゥッフ! ボスケテイインチョー! 串刺シも潰されるのも嫌ディース!」
「ちょっと、かのー押さないでよ! 後ろから鉄球来てるんだから!」
「くそっ! なんでこうなるんだよボケッ!」
これは本当に洒落にならない!
背中合わせに前後を警戒しながら、問題児達はまとまりなく心からの叫びを迷路に木霊させる。
♪♪♪♪
「まあそれでも、落ち着いて周りを探せば解除法は必ず見つかるんだけどね」
「クックック、そんな状況で落ち着ける者は中々いないでしょうがね?」
「そうよね? 私もあの時はかなり慌てたわ。でも楽しかったー! アハハ♪」
「楽しい……ね。そうですか」
「とにかく急ぎましょうか。カッシー達、無事だといいけど――」
「無理でしょうなそれは」
「どうして?」
「我々はトラブルに愛されているので……」
そう自信たっぷりに答えてから、自分の放った言葉の情けなさに気づき、ササキはやれやれと溜息をついたのであった。
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