その9-2 ……これだけ?

「伏せろっ!」


 八面六臂。

 有無を言わさぬ少年の号令で慌てて屈んだ皆の頭上を、八つの剣閃が舞い踊る。

 咄嗟の判断で二刀を抜いた少年の意思に呼吸を合わせた妖刀も流石といえよう。

 漲ってくる和音の力と時任の意思を感じ取りながら、カッシーは身を捻った。

 即ち、時任流八断跳。目にも止まらぬ大回転八つ斬りが、全方向より迫っていた矢の雨を一瞬にして叩き落とす。


 と、生み出された活路を逃さず、紅い隼が地を蹴って突進を開始した。

 そう、窮地はまだ終わっていない。向かう先は眼前より転がり迫る歪な大岩。

 逃げてきたかのーが、もんどりうって地に伏せるのと入れ替わる様に、音高無双の風紀委員長は飛び出すと引き絞った拳を真っ直ぐに突き放つ。


「ってえええええーーっ!」


 タン――と、紅いコンバースが荒れた道を小気味よく踏み鳴らすと同時に、騎士の国の城門をも吹き飛ばした鉄拳制裁インパクトが大岩に打ち込まれた。

 刹那、穿たれた東山さんの拳から注ぎ込まれた大膂力によって、大岩は無数の亀裂をその身に生み出すと粉々に四散する。

 

 まさに紙一重、パラパラと地に落ちる寸断された矢の残骸の奥でなっちゃんはほっと胸を撫で下ろした。

 

―小僧、安心してる時間はねえ。次が来るぞ―


 残心を解かず居並ぶ機械人形を見据えていたカッシーに、手元の妖刀が告げる。

 その警告通り、自動で弦が巻かれていくボウガンの胴に、次弾となるボルトが装填されてゆくさまが見えた。


 一斉に青ざめてその様を見つめる仲間達に気づき、カッシーは舌打ちしながら地を蹴ると東山さんの前へと躍り出る。

 刹那、我儘少年目掛け再び矢の雨が容赦なく放たれた。

 金色の繭を生み出すように宙に繰り出されたいくつもの剣閃が、浮塵子の如く迫って来た矢を続けて叩き落す。

 自ら先頭に立って囮となった少年は、そのまま足を止めずに駆けだした。

 

 途端、連続して響き渡る弦が弾かれる事によって生じる低い音。

 そして両脇から次々と射出される矢の雨……いやこれはもはや嵐といえよう――

 だが決して足を止めず、カッシーは二刀を別々の生き物のように繰り出し続けて矢を叩き落としてゆく。


「走れっ!」


 次弾装填までという、ほんの僅かな活路。

 その猶予を生み出した我儘少年は吠えるようにして仲間に告げた。

 こーへい達四人は跳ね起きると、カッシーの後に続いて走り出す。


「んー、やっぱ罠あったなー?」

「もうかのー! あなた後で絶対説教だから!」

「ドゥッフ、このヤはオレサマのセイじゃナイデショー?!」

「ほんと最悪。私運動苦手なんだけど」

「死ぬよかましだろ! いいからついてこいっ!」


 しばらくの間、丘の麓にはついて早々の派手な歓迎に辟易する、少年少女達は悲鳴が木霊していた。

 


♪♪♪♪



 五分後。

 コントラバス遺跡、丘頂上――


 ついたっ!――

 五つの風化しかけた石柱が周りを囲むその頂上に、滑り込むようにしてカッシーは身を飛び込ませる。

 そして砂埃を巻き上げながら急停止すると踵を返し、矢雨の襲来に備えて二刀を構えた。

 ついでかのーと東山さん、やや遅れてなっちゃん、そして最後に殿を務めていたこーへいが頂上に姿を現すと、彼等は各々崩れるようにしてその場にへたり込む。


 これで全員。矢の雨はもう飛んでこない。

 両脇に嫌って程並んでいた機械人形もここにはない。

 矢の雨も止んだことに気づき、カッシーはようやく構えを解くと額の汗を拭う。

 時任がケケケと笑い、和音の力が身体から抜けていくのが感じられた。


「みんな無事か?」

「……なんとか」


 二刀を鞘に納めながら呼吸を整えつつカッシーが尋ねると、膝を抱え込むようにして座っていた東山さんが、顔をあげて頷いてみせる。

 

「おーい、しょっぱなからやばくねー? いきなり死ぬところだったぜ」


 彼女の隣に胡坐を掻いていたこーへいも辟易したように眉尻を下げた。

 と、そこで地べたにつっぷしていた微動だにしない微笑みの少女に気づき、カッシーは口をへの字に曲げる。


「なっちゃん、平気か?」

「だめ……死ぬ」


 息も絶え絶えといった感じでなっちゃんは即答する。

 元々運動が得意でないうえにチェロを抱えての全力疾走は相当堪えたらしい。


 まあ、幸いにも三人とも怪我はないようだ。

 しかしとんでもない所だ。

 まだ足を踏み入れたばかりだというのに、途端罠の大歓迎とは恐れ入る――

 剣呑な表情を顔に浮かべ、カッシーは嘆息していた。


 と――

 

「柏木君こそ平気なの?」

「え?」

「背中……刺さってるけど――」


 眉間にシワを寄せつつ、心配そうに尋ねた東山さんの言葉でようやく気づき、カッシーは目を見開くと慌てて背中をまさぐり始める。

 そして丁度肩甲骨の裏側辺りに何かの突起を感じ、それを掴むと気合と共に引き抜いた。


「……げ」


 はたしてそれは折れた矢の先端――

 目の前まで持って来たその『違和感』の正体を見下ろして、我儘少年は青ざめる。


「大丈夫? 痛くないの?」

「あー……平気。胸当てブレストメイルの裏側に刺さってたみたいだ」


 念のためもう一度刺さっていた部分を触ってみたが痛みは感じない。

 こりゃマーヤに感謝しなきゃな――ポリポリと頬を掻きつつ、彼は握っていた鏃を投げ捨てる。

 と、そこで最後の一人。最悪の問題児の姿が見えないことに気づき、カッシーは周囲を見渡した。


「ん、あれ? あのバカどこいった?」

「ムフフーン、ココディスヨカッシー」

 

 噂をすれば何とやら、背後からバカ少年の声が聞こえて来てカッシーは振り返る。

 丁度振り返った先――そこに見えた目標である無機質な立方体の建物の入り口から顔を覗かせ、ケタケタと笑い声をあげていたかのーに気づき、途端我儘少年はビキビキと青筋を額に蘇らせた。


「このバカノーッ! 勝手に中に入るなっつの!」

「エーだって、ここゴールデショー? 魔女に会い来たんじゃないノー?」

「そうだけど、また罠が発動したらどうすんだよ?! いいからおまえは大人しくしてろ!」


 先刻の大岩だって元を正せばこいつのせいだったのだ。

 これ以上本能のままに突っ走るこのバカを自由にさせておくと、また同じ目に遭いかねない

 まったくこいつはいい加減にしろよ! 勝手にうろちょろ動き回るなっつの!――

 窮地で無我夢中だったために忘れていた怒りをふつふつと再沸騰させ、カッシーはかのー目掛けて怒鳴りつける。


 だが件のバカ少年は、そんな我儘少年の制止など何のその。

 いち早く回復していた彼は、ついさっき死にかけた事も忘れて、早速建物の中を探検していたようだ。

 はたしてかのーは、その探索結果をケタケタ笑いと共に得意気にカッシーへ告げる。

 

「カッシー、デモこの中マジョイナイヨー」


 ――と。

 途端我儘少年は真顔に戻り、眉根を寄せた。

 彼だけではない。ぐったりしていた残りの三人も顔を上げ、バカ少年を向き直る。

 

「いないってどういうことだよ?」

「ムフン、誰もイナイヨー」

「おーい、マジか?」

「あなた、ちゃんと探したんでしょうね? いい加減なこと言ってない?」

「ムッカー、嘘言ってどうすんディスカー! なら自分で見ればイイジャン!」


 どういうことだ?

 建物らしき建物は目の前のこの無機質な立方体しかないはずだ。

 なのに中には誰もいない? じゃあ魔女は一体何処にいるのだろう――

 と、頭のてっぺんからプンスコと湯気を飛ばしながら怒って言い返したかのーを訝し気に見据え、四人は一様に小さな唸り声をあげてしまった。

 

「もしかしてここはコントラバス遺跡じゃないとか?」

「んじゃ、こーへいのせいだな。お前が道間違えたとしか思えん」

「おーい、マジかよ? それ酷くねー?」

「それは考えづらいわ。あんな関所まで作って警備してたんだもの」


 槍玉にあげられかけて、困ったように眉尻をさげたこーへいの隣で、なっちゃんがフルフルと首を振りながら反論する。

 じゃあ、やはりあのバカがいい加減な事を言っているかだが――


「なにやってるディスカーバカッシー! ハリアーップ、ウスノロどもーっ!」

「うっさいわい! ちょっと待ってろ!」 

「カッシー?」

「とにかく入ってみようぜ。見りゃわかる事だ」


 どっちにしろこのままじゃ拉致があかない――

 意を決したように大きな鼻息を一つ吐くと、カッシーは立ち上がる。

 そして臀部の埃を手で払うとやにわに建物に入口へと歩き出した。

 残る三人も、顔を見合わせた後諦めたように立ち上がり、我儘少年の後を追う。


 と、入口まで近づいた後、カッシーは思わず建物を見上げ小首を傾げた。

 脳裏を再び過ぎった既視感。

 先刻なっちゃんも言っていた通り、やはりこの風景にはどことなく見覚えがある。

 だがとりあえずそれは後回し、まずは魔女を探すのが先だ――

 気合を入れ直し、カッシーは中へと足を踏み入れた。

 

 刹那、一歩足を踏み入れるなり、少年は感嘆の声をあげる。

 そこは想像していたよりもずっと明るい部屋だった。

 窓もなく、照明もない、それどころか家具もないこじんまりとした部屋。

 なのに明るい。一体どういう仕組みなんだろうか?――

 そんな事を考えつつ、彼は部屋を見渡し魔女の姿を探す。

 

 だがしかし。

 はたして、見えたのは先に中に入っていたかのーの姿のみ。

 やはり部屋には魔女の姿どころか人っ子一人見当たらなかったのだ。


「うそ……これだけ?」


 後から中に入って来た東山さんも同様の考えに至り、そして呆気に取られながら思わず呟く。


「くそっ、どうなってんだよ!? 魔女は何処だ?」


 冗談じゃない。せっかくここまで来たってのに、魔女はいないわ遺跡とは名ばかりのちっこい部屋だけだわ、これじゃ日笠さんはどうなる!――焦りを隠すことなく顔に浮かべ、カッシーは苛立たし気に壁を叩いた。

 と、入るなり部屋を眺めながら静かに考えを巡らせていたなっちゃんが、確信を得たように小さく頷いてみせる。


「もしかしてこれもトラップの一種とか……」

「罠?」

「そう。と思わせるような――ね?」


 関所を建てる程に重要な遺跡なのだ。そんな遺跡がこのちっぽけな部屋だけで終わりなはずがない。

 そして『罠』だらけの遺跡だとあの博識な老人は言っていた。

 トラップは目に見えるものだけとは限らない。心理的な落とし穴だってトラップになり得るはず――

 彼女はそう結論に至ったのだ。

 

「ねえ、もう少しこの部屋を調べてみない?」


 幸い部屋は明るいし、邪魔な遮蔽物もない。手分けして探せばそれほど時間は要さないはずだ。

 なるほど――と、感心する一同を振り返り、なっちゃんはクスリと微笑む。

 

 と――


「んー……これじゃね?」

「へ?!」


 手分けして探してみるか――

 そう提案しようとしたカッシーは、しかしクマ少年ののほほんとした声が聞こえて来て、慌てて振り返る。

 部屋の端に屈みこみ、壁を眺めていたこーへいはカッシーを向き直るとにんまりと笑ってみせた。

 一同が半信半疑で彼の下に歩み寄って壁を覗き込むと、はたして確かに小さなボタンのような突起物が壁に突き出しているのが見えたのだ。


「ほんとだ……」

「中井君、あなたなんでわかったの?」

「んー……勘?」


 なんとなく女神さんがビビッと教えてくれた――

 咥えていた煙草をピコリと掲げ、こーへいは猫口を浮かべてみせる。


「おまえほんと凄いな。実は知ってたんじゃねーか?」

「おーい、酷くね?」

「呆れたわ……まあでも、これが関係あるんじゃない?」


 こうもあっさり見つかるとは思わなかったけどね――

 苦笑に近い引き攣った微笑を口の端に浮かべ、なっちゃんはカッシーを向き直った。

 我儘少年は小さく頷くと、ボタンに顔を近づけ、まじまじとそれを眺める。

 まあこいつの勘はさておき、すぐ見つかったのは幸いだ。

 さて、どうしたもんか――と。


「ドゥフォフォフォー、ソンジャ押してみようゼー!」

「ちょっ!? ボケッ! 勝手に押すな!」


 と、言うが早いがケタケタ笑いながらボタン目掛けて手を伸ばそうとしたかのーに気づき、カッシーは大慌てでバカ少年に頭突きを食らわした。

 

「ドアホッ! 罠だったらどうすんだっつの! いい加減にしろこのバカノー!」


 押すにしてもまずよく調べてからだ。

 途端カッシーは青筋を額に浮かべ、ケポッ!?――と、悲鳴をあげて吹き飛んだかのーを睨みつける。


「おめーは、ほんとに学習能力がねーなあ……」


 床に突っ伏したかのーを冷ややかな視線で見つめながら、こーへいはやれやれと溜息を吐いた。

 だがそれから数分。

 カッシー達は発見したボタンの周囲を慎重に調べ、罠の可能性を探ってみたものの――

 

「うーん、さっぱりわからん」


 一同の結論を代表するようにしてカッシーは呟いていた。

 所詮は素人。罠かどうかの判別も、そして解除の方法もわかるわけがないのだ。


「こーへい、どうだ?」

「んー?」

「勘でなんかわかんねーか?」

「うーん……まあなんとかなんじゃね? 押してみれば?」


 こいつの勘は頼りになるのかならんのかよくわからん――

 腕を組んで唸り声をあげていたカッシーは、返って来た何ともいい加減なクマ少年の言葉にがっくりと肩を落とす。


「埒が明かないわね。あのバカに賛成ってわけじゃないけど、押してみましょう?」


 と、唇の下に指をあて、黙してじっと思案を続けていたなっちゃんがやにわに口を開いた。

 このボタンの他に当てがあるわけでもないし、このまま何もせずにじっとしているわけにもいかないのだ。


 罠が発動したらその時はその時――背中を押すようにして、さらに小さく頷いてみせた微笑みの少女に気づき、カッシーは深い溜息を吐く。

 そしてガシガシと頭の後ろを乱暴に掻くと、腹を決めて壁を向き直った。


「よし、そんじゃ行くぜ?」


 ごくりと息を呑み、カッシーは徐にボタンに向かって指を伸ばす。

 刹那、ゆっくりと押されたボタンが壁に沈むと、部屋は出し抜けに細かく揺れ始めたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る