その8-2 最強コンビ結成?
早朝堂々と城のホールに突撃してきた謎の物体。
青天の霹靂とはこのことだろう。
その場にいた者の度肝を抜いて推参した臙脂と黒の巨大なその『鳥』は、甲高いブレーキ音と共に減速すると、ホールの中央でドリフト気味に急停止する。
途端、嵐のように吹き荒れていた突風が止み、響き渡っていた騒音も嘘のように鳴りやんだ。
「女王、ご無事ですか?!」
呆気に取られていたサワダとスギハラが、各々剣呑な表情を顔に浮かべ武器に手をかける最中、手摺にしがみついていたイシダ宰相は、マーヤの安否を気遣い開口一番叫んでいた。
眼下のホールは、仰天といったレベルを裕に越えたその事象に、腰を抜かす者、絶句して呆然と佇む者、大慌てで武器を構える者と大混乱だ。
そんな宰相の心配もなんのその。
蒼き女王はというと、瞬き一つせずその場に立ち尽くし、おさげ髪をふわりと靡かせながら目の前で動きを止めたその物体を興味津々といった様子で凝視していたのだった。
なにこれ。なにこれ?
なんなのこれ!?
こんなの見たことない。これ馬車? それとも新種の鳥?
でもこの鼻のような小さな風車はなに?――
次々と浮かび上がってくる疑問と好奇を隠すことなく表情へ露わとし、マーヤは形の良い小鼻をぷくりと膨らませる。
まさに激突寸前。その距離僅か一オクターブ……にも拘らず、目をキラキラさせていた主君の様子に、若き宰相は辟易しながら肩を落とした。
「女王、何を悠長にされておるのです! 急ぎ
まったく胆が据わっているのか、危機感が足りないのか。
避けてください女王よ!――
と、たまりかねたイシダ宰相が、再度裏返った声でマーヤを諌めたのとそれは同時であった。
やにわに
排出音に反応し、警備隊と兵士達が反射的に槍の穂先をそれへと向けた。
なんなのだ?
今度は一体何が起こるというのだ?――
静けさを取り戻したホールにて、その場にいた全員がどよめきを起こしながら、新たな挙動を見せた謎の『巨鳥』を注視する。
次の瞬間。
「ふむ、予想していたより耐久性は高いな。我ながら自分の才能に惚れ惚れする――」
ホールにいた者達の視線を集める中、謎の物体――ZIMA=φの操縦席より姿を現したその人物――ササキは、低くやたら良い声で自画自賛の言葉を呟くと主翼の上に片足をかけた。
人? 人が出てきた。誰この人?
え、待って。ていうことはこれやっぱり乗り物なの?――
現れたササキを満面の笑みと共に見上げ、マーヤは思わず感嘆の吐息を漏らす。
一方で、そんなマーヤに気付いたササキも、誰だこの女性は?――と、不思議そうに双眸を細めていたが。
「貴様一体何者だっ! ここを何処と心得る!?」
だがスギハラの一喝にピクリと眉を震わせ、ササキは顔を上げる。
そこでようやくホールの様子から状況を察し、彼はほほう――と、唸った。
「これは失礼。まだ着陸の仕方に慣れておらず、手前で止まるつもりが勢い余って突っ込んでしまいましたコノヤロー」
大して悪びれる素振りもなくスギハラにそう答え、ササキはお決まりの如く不敵な笑みを浮かべてみせた。
そして掛けていた防風ゴーグルを額にあげると、階上に居並ぶ面々を一瞥する。
「ところでマーヤ女王に謁見したいのですが、取り次いではもらえませんか?」
「なんだと!? おのれ、ふざけるなっ!」
「これは困った。ペペ爺さんから女王は誰とでも分け隔てなく謁見してくれると聞いたのですが」
「このようなことをしておいて何を言うかっ! 傲岸不遜も甚だしい!」
「それについては不可抗力ですコノヤロー。私に敵意はありませんので、どうかご容赦いただきたいのだが――」
学者は之を行う貴び、之を知るを貴ばず、とはまさに言い得て妙だ。
やはり理論と実技はやはり大違い。予定では華麗に中庭へ着陸を決める予定だったのだ。
しかしそう伝えて敵意がないことを示そうとしても、このような状況となった今納得してもらうことは難しそうだな――
口角泡を飛ばし、両手剣を抜かん勢いで怒声をあげるスギハラを見上げ、ササキは苦笑する。
「サ、ササキ殿ではないですか?!」
と、そこで吃驚の色と共に聞き覚えのある声が聞こえてきて、彼はスギハラの隣へと目を移した。
そこにかつて知ったる顔が見えて、ササキは懐かしそうに口元を歪め目礼する。
「久しぶりですなサワダさん」
「悠長な事を言っている場合ではありません。何という事をしてくれたのです!」
どこかで観た顔だ――はたして、颯爽と登場したその人物を眺めていたサワダは、ゴーグルの中より現れた、顔下半分の青髭とまったくもって不釣り合いな、ぱっちりした目に気付くや否や、手摺より身を乗り出していた。
スギハラと同じく、突如として現れた招かざる来訪者に憤慨していたイシダ宰相は、若き騎士のその反応を受け、意外そうに彼を向き直る。
「あの者を知っているのですかサワダ殿」
「はい。カシワギ殿らの仲間です。チェロ村で留守を預かっていると聞いていたのですが――」
それが何故ここに――若き宰相に頷いて肯定しながら、サワダは訝しげに突拍子もない訪問をしてきた鬼才の生徒会長を見下ろす。
はたして、二人のその表情から大よそのことを察したササキは、数歩右主翼の中央へと歩み寄ると、理由を説明し始めた。
「ちょっと急用でしてね、コントラバス遺跡に行きたいのですよ。女王に許可をいただきたくこうして推参した次第なのですが丁度いい、貴方から取り次いでもらえませんか?」
「何を言って――」
「コントラバス遺跡!? あなたも行くの?」
と、今度はすぐ足下から聞こえてきた女性の声が会話を遮り、ササキは忙しい事だ――と、顔を向ける。
好奇の視線を自分へと向けて、期待に胸を躍らせるようにうっすらと笑っていたマーヤに向かって、ササキは訝し気にその双眸を細めた。
「そうですが……あなたは?」
「マーヤ。マーヤ=ミカミ=ヴァイオリン」
「……ほう、これは驚いた。では、あなたが女王で?」
これは意外。先刻から人を動物園の客寄せパンダを眺めるように見つめるその様子から、頭の残念な女性かと思っていたが――
口が裂けても言えぬような所感を心の中で描き、鬼才の生徒会長はつるりと顎を撫でて唸る。
そんな感想を抱かれてるとも知らず、マーヤは無言で頷くと主翼に手をつき、ササキを覗き込むようにして見上げた。
「関所の通行許可は出すわ。その代わり条件があるの」
「条件……聞きましょう」
「私も連れてって! 今すぐ!」
「なっ! 女王っ! 何を馬鹿なことをっ!」
だが、突拍子もない取引をもちかけた蒼き女王に対し、ササキが驚嘆の吐息を呑み込むよりも早く、若き宰相の悲鳴がホールを支配する。
「なりません! 絶対になりませんぞっ! あなたに何かあってからでは遅いのです! そうなったらこの国はどうなるのですか!?」
彼女が女王となったからこそ、この国は十年前の荒廃よりここまで復興することができていたのだ。
そしてそれでも今なお、この国はあの戦争の疵から完全には回復していない。
未だこの国に、マーヤ=ミカミ=ヴァイオリンという女性は必要不可欠な存在なのである。
なのに得体の知れない魔女が住む危険な遺跡に護衛も無しで単身向かう!?
ダメだ! 断じてならない! あってはならないのだ!――
握りしめた手摺へ食い込む程に爪を立て、イシダ宰相は必死の形相でマーヤに訴える。
「タイガ君……」
「お願いです女王、どうかお戻りください!」
後ろ髪を引かれる思いで階上を振り返ったマーヤに向かって、再度イシダ宰相は手を差し伸べた。
そのやり取りを眺めていたササキは、肩を竦めながらマーヤを見下ろす。
「――だ、そうですが……どうするつもりですかコノヤロー?」
即ち、ついてくるのか、それとも諦めるのか?――
背中に投げかけられた鬼才の生徒会長の問いかけに対し、マーヤはゆっくりと大理石の床へ視線を落とした。
真一文字に口を結んで俯いた女王の表情は微動だにせず、葛藤するように握られた両拳は微かに震えている。
そんなマーヤの後ろ姿を見据え、彼は失望したように嘆息すると周囲をちらりと一瞥した。
じりじりとではあるが幾分落ち着いた警備隊や兵士達が、ZIMA=φを囲みつつある。
やれやれ、女王には申し訳ないが、どうやら迷っている時間はあまりないようだ。
これ以上彼等に近づかれては、自分も捕まる可能性がある――
「――事情はわかりませんが、なにやら迷っているようですな女王」
「……」
「ならば、一つ助言をしましょう。行動してから悩むのであれば、
覚悟をお決めなさい。後悔するのが嫌ならばね。
あなたは何を望むのです?――
そう付け加え、ササキは再びゴーグルを装着すると踵を返し、
ササキの挙動に、ゆっくりとZIMA=φに近づいてきていた兵士達が身を竦ませ動きを止める。
「女王! どうかご決断を!」
未だマーヤに動きは見えない。髪に隠れた顔の上半分からその表情を窺うことはできないようだ。
イシダ宰相は差し伸べた手をさらに伸ばし、焦燥と共に俯く王女を求めるようにして目を見開いた。
時は女王に選択を迫る。
彼女を慕う者達は決断を迫る。
刹那。
蒼き女王は葛藤の末、やにわにその
そしてきゅっと噛み締めていた唇に薄い笑みを浮かべた後、若き宰相を見上げてべっと舌を出したのだ。
それはもう挑戦的に。
それはもう無邪気に。
嗚呼、やはり。
その姿は見紛う事なき英雄――
「いー・やー・だっ!」
ホールにいた全員の耳に、彼女のその言葉ははっきりと聞こえた。
イシダ宰相は思考を停止し、しばらく目を点にしてマーヤを見つめていたが、やがて力なく差し伸べいた手を降ろす。
「女王、お待ちください何を言って……!?」
「ごめんタイガ君。やっぱり私は自分の目で真実を確かめたいの。人になんか任せておけないわ、私には知る権利がある! 魔女がこの剣の映す未来に何を見たかを!」
かくして蒼き女王は決断に至る。
かつて冒険に恋い焦がれ、旅に出たヴィオラ村の少女と同じ輝きを瞳に灯し、マーヤは満面の笑みをその顔に湛えていた。
と、彼女のその想いに共鳴したかのようにZIMA=φのプロペラが回転を始め、再び凄まじい風と騒音がホールを駆け巡る。
背後で生まれだした強風から身を護る様に手を翳し、マーヤは振り返ると操縦席を見上げた。
マーヤの視線を受け、ササキは不敵な笑みを口の端に浮かべてみせる。
「先程ご覧の通りまだ運転に慣れてなくてね……安全の保証はできませんが、それでもよろしいか?」
「ええ。もちろん」
マーヤはコクンと頷き、笑って答えた。
刹那、ササキは操縦桿を左へ傾ける。ゆっくりと前進を開始した臙脂と黒の機体が、つい先刻こじ開けたばかりの大扉目掛けて船首を向けた。
「乗りなさい女王」
言うが早いが鬼才の生徒会長は操縦桿を手前へと勢いよく引き倒す。起動したZIMA=φに反応し、兵士達がなりふり構わず突撃を開始したのが見えたからだ。
途端
「ふっ!」
咄嗟に駆け寄りZIMA=φの右翼に飛び乗ると、マーヤは
「ならん! 決してそれを外に出すなっ!」
無意識のうちに転げ落ちるようにして大階段を駆け下りていたイシダ宰相は、大声で兵士達へと叫ぶ。
だが決死の覚悟と共に放たれた彼の魂の叫びは、けたたましく鳴り響くZIMA=φのプロペラ音によって掻き消され、兵士達の耳には届かなかったのだ。
いや、たとえ彼の声が届いていたとしても結果は同じだったといえる。
そう、走る車を生身の人間が止められないのと同様に、果敢に突撃してきた兵士達を蹴散らして、ZIMA=φは大扉を通過し外へと飛び出した。
ドスン――と、一瞬揚力で浮いた臙脂と黒の機体は外にあった階段を一気に飛び越え中庭に着地する。
騒動を聞きつけ外に集まっていた兵士達は、突如中から飛び出してきたZIMA=φの姿に気づくとどよめきをあげた。
そして強引に突っ切ろうと迫って来たその機体から逃れるため、横っ飛びで地に伏せる。
度肝を抜かれて呆然とする彼等を置き去りにして、
「すごーい! すごいすごい! ねえ、これってどういう仕組みで動いてるの!?」
風を切ってさらに加速していく見た事もない乗り物との遭遇に、マーヤは頬を紅潮させながらきゃっきゃとはしゃぐ。
ササキは答える代わりに足元にあったレバーを引いた。
と、操縦席の後部にあった臙脂色の蓋が開き、中からもう一人分の座席が現れる。
「予備座席です。まだ作成途中のため、座り心地はあまりよくありませんがね……まあ、詳しい話は道中でしましょう。出発しますので乗ってください」
目をぱちくりして現れた座席を眺めていたマーヤは、やがて楽しそうに笑いながら馬跳びの要領で飛び乗った。
サイドミラーでそれを確認したササキは、操縦桿を右に傾けて急旋回する。
そして徐に操縦桿を押して、ZIMA=φを停止させた。
そこは中庭の端も端。
目の前には整備された芝生が一面に広がっている。おあつらえ向きな滑走路だ。
ちらりと見えた城の入口からはイシダ宰相達が兵士を引き連れて出てくるのが見えた。
これなら追いつかれて巻き込む心配もないだろう――ニヤリと笑い、ササキはパチパチとテンポよく計器類のスイッチを入れていく。
はたして、チェロ村を発った時と同じように一際大きくなるプロペラ音と、吹き荒れる風を感じてマーヤは高鳴る鼓動を抑えながら大きく一度深呼吸をした。
やにわに操縦桿がゆっくりと引かれ、ZIMA=φは発進する。
「っ!?」
途端、胸にかかって来たGに息を詰まらせながらも次の瞬間、その視界に飛び込んできた光景にマーヤは目を皿のように真ん丸くしていた。
ものの十秒もしないうちに、車輪が地を離れ機体が傾き宙へと浮いてゆく。
芝生に映る機体の影が徐々に足元から消えてゆき、地面がどんどん離れていった。
「ちょっ、うそっ!?――あははははっ! すご~いっ! 飛んでるっ! 信じられない!」
大興奮のあまり思わず大声で叫びながら、マーヤは座席から身を乗り出して下を覗き込む。
二人を乗せた
刹那、視界が開けて壮大なヴァイオリンの城下町が眼下に現れると、ピタリと蒼き女王のはしゃぎ声が止む。
なんて綺麗な景色だろう。まるで鳥になったみたい。
王の間のバルコニーが視線と同じ高さに見えるなんて。
嗚呼、私、空を飛んでるんだ!
凄い! 凄い凄い凄い! 夢みたいっ!――
「女王、あまり身を乗り出すと落ちますよ?」
ぽかーんと口を開けてその絶景に言葉を失っていたマーヤを振り返って苦笑すると、ササキは操縦桿を傾けた。
やにわに機体が大きく旋回して進路を南西へと取る。目指すはコントラバス遺跡――
「女王っ! マーヤ女王っ!」
と、遥か下方の中庭からそんな叫び声が聞こえてきて、マーヤは我に返るとササキの忠告も省みず、真下を覗き込んだ。
案の定、見えたのは必死の形相でZIMA=φを追いかける若き宰相の姿。
「ごめんねタイガ君! いってきまーっす!」
みるみるうちに豆粒ほどの大きさになってゆくイシダ宰相目掛けて、マーヤはにこやかに笑いながら手を振ってみせる。
「お戻りください! お願いです女王! 女王ぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!」
「心配しないで待ってて! あ、大丈夫。ちゃんとお土産買ってくるからね~っ!」
「そういうもんだいじゃありませぇぇぇぇぇん!」
だが切なる若き宰相の悲痛なる訴えは、マーヤに届くことはなく――
やがて女王を乗せたZIMA=φの機体は、徐々に高度を上げながら颯爽と南西の空彼方に消えていったのであった。
「ああ……ああああああ」
中庭の中央にてその姿を見送る様にして呆然と立ち尽くしていたイシダ宰相は、ぼさぼさになった髪を掻き毟りながら、がっくりとその場に崩れ落ちる。
「やれやれ、行ってしまわれた」
「まったく大した行動力だ。本当に突破してしまうとは――」
真っ白に燃え尽きてしまった彼を同情の眼差しと共に見下ろしていたサワダとスギハラは、ややもってお互いを見合った後、肩を竦め合った。
「だがな、スギハラ――」
「ん?」
と、不思議そうに片眉を吊り上げたスギハラに対し、サワダは嬉しそうに笑って目配せしてみせる。
「宰相には内緒だぞ? あのようなお方だからこそ、私は生涯忠誠を誓おうと決めたのだ」
「……そうだな。俺もだよ」
子供の頃に見た、救国の英雄と呼ばれた少女の姿を思い出しながら、二人は南西の空をしばらくの間見つめていた。
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