その5-1 蒼き女王の推理

「わーお、こりゃ凄い!」


 五分後。

 ヴァイオリン城、城門前――

 まるで破城槌で突き破られたようにくの時に歪み、無残な姿で地に横たわる門を見て、弦国女王マーヤ=ミカミ=ヴァイオリンは思わず呟いた。

 

 彼女がここにやってきたのはつい先刻だ。

 夕刻の会議も無事終わり、明日以降の予定をイシダ宰相と確認しながら廊下を移動していた時のことである。

 突如聞こえてきた轟音と微かに揺れる廊下の天井――二人は歩みを止める。

 だが、やにわに慌ただしくなった城内の様子と、そして血相を変えて外へと飛び出していく警備隊に気付くと、この好奇心の塊のような女王はイシダ宰相が止めるのも聞かず、颯爽と一階ホールへ続く階段を駆け下りていた。

 今日は対外的な謁見や交渉がなかったのが幸いした。ドレスではなく、蒼と白のシンプルな議会用の法衣ローブにシニヨン髪という軽装だったマーヤは、あれよあれよという間に差が開いたイシダ宰相や侍女を置き去りにして警備隊を追いかけ外へ飛び出していたのである。

 

 後はご覧の通りだ。

 到着したマーヤは、そこに倒れている物体を見るや、好奇心を擽られ顔をぱっと輝せていた。

 しかし息せき切って彼女の後を追ってきた若き宰相が、警告するようにコホン――と咳払いを一つしたのに気付くと、すぐに慈愛溢れる女王のものへと表情を戻す。

 まったくちょっと目を離すとこれだ、イシダ宰相はやれやれと肩を落とした。


 城門周辺には既に大勢の兵士達が集まっており、早速現場検証が行われている最中だった。日頃の訓練の賜物か、はたまた女王への厚き忠義によるものか、皆無駄なくきびきびと慌ただしく動き回っている。

 石橋の向こう側には、騒ぎを聞きつけた城下町の住民達が集まって野次馬を形成し、遠まわしに様子を窺っているのが見えた。


「これって事故かしら? それとも――」

「事故でこのような壊れ方はしますまい」


 何か強力な力で一突きされ吹き飛んだ痕跡がありありと見て取れる。十中八九事故ではなく、何者かの手によるものだろう――ようやく呼吸が整ってきた宰相は、横たわる城門を見据え剣呑な表情で回答する。

 一体何者の手によるものだろうか――彼のその言葉を聞いて、同様の見解に至っていたマーヤは腰に手を当て、半分閉じた城門の先に見える城下町を一望した。


「一撃で城門これを破壊――ね。大胆不敵というかなんというか、一体どんな犯人なんだろう。会ってみたいな」

「そのようなことを言っている場合ではないでしょう」

「はいはい、わかりました。冗談だってばもう、タイガ君は固いなあ」

「下の名前で呼ぶのはお辞め下さい。それにこれは国家の威厳に関わる由々しき事態ですぞ?」


 兵士達の前なのだ。小声とは言え聞こえていたらどうするつもりなのか――

 イシダ大臣は眉間を抑えて溜息を吐く。


 まさしく彼の言うとおり、ことは『門を破壊された』――ただそれだけで済む問題ではない。

 一国の中枢を担う建物が襲撃されたのである。このまま放置しては示しがつかないのだ。

 なんとしてでも犯人を捕まえて厳粛なる処罰を下さねば、管国は勿論、ツェンファ、スタインウェイといった諸外国からもその統治能力を疑われ、対外的にも不利となるだろう。

 だが当の蒼き女王は、対して気にしていない様子で子供っぽく口を尖らせていた。

 

「別に体面なんて気にしなくてもいいのに――」

「何かおっしゃいましたか女王?」

「いいえ何にも……ところで被害状況などの報告はあがってきた?」


 国家の威厳や対外的な体面など気にしたって、それに見合う実力がなければ意味がない。

 虚より実だし、当面の間の方針である『質実剛健』を目指す国内の施政に実質的な影響はなさそうだし、ちゃちゃっと門を修繕して犯人は警備隊に任せるで良いのではないだろうか。

 とはいえ、この話はあまり引っ張らない方が良さげだ。下手に引っ張れば別の小言に繋がりかねない――

 思わず本音を口に出したたマーヤは、慌てて誤魔化すと話題を変えてイシダ宰相へと尋ねた。

 

「現在、警備隊がまとめている最中とのことですが――」

「イシダ宰相!」


 と、噂をすれば何とやら、動き回る兵士達の喧騒の中でもよく通る、野太い呼び声が聞こえてきて二人は正面を向き直る。

 はたして、深緑とオレンジを基調としたサーコートを纏い、背中に大剣を背負った大柄の偉丈夫がこちらに向かって足早に歩み寄ってくるのが見えた。

 マーヤはすぐさま佇まいを改め。女王としての笑顔を浮かべる。

 彼女のその変わり身の早さに聊か呆れながらも、それを横目で眺めていたイシダ宰相はやにわにスギハラへ視線を戻し彼を迎えていた。

 

「これはスギハラ殿、貴殿が担当でしたか」

「丁度報告にあがるところでございましたが、宰相直々に現場まで足をお運び頂けるとは恐縮です。しかもマーヤ女王まで」


 二人の前にやってくるとスギハラはその場に跪き、頭を垂れて臣下の礼をとる。


「ご苦労様スギハラ副隊長。顔をお上げなさい。報告を聞きます」

「御意に――」


 好奇心から逸る心を抑えつつマーヤが命じると、スギハラは再度一礼した後これまでの調査で判明したことを報告していった。


 彼の報告をまとめると以上のようなものだった。

 ・侵入者は当初、女王への謁見を申し出たが、既に閉門の時刻を過ぎていたため門の警護に当たっていた兵士達が拒否をすると件の暴挙に出たとのこと。

 ・城門を破壊後、そのまま城へ侵入を試みたが騒ぎを聞いて駆けつけた兵士に見つかるとすぐに逃げ出した。

 ・彼等は馬車に乗って北の大通りを直進し、封鎖された北門に気付くと外郭沿いに裏通りを西へ逃走中。現在騎士団の一隊が犯人を追跡中である。

 ・被害は今のところ破壊された城門のみで、死傷者は出ていない――


 

 変なの――

 だが報告を聞いて、マーヤは形の良い眉を思わず顰める。


 つまり、城門をド派手に破壊しておきながら中に入らずそのまま逃げたって事?

 夕暮れとはいえ、夜にもならないうちに正面から堂々と門を破壊して城に侵入しようとしたってことは、よほど腕に自信がある者の犯行かなって思ったんだけれど、やってきた兵士達に見つかると一合も剣を交えず一目散に逃げだした――と。

 ちょっと支離滅裂すぎないだろうか。どうにも目的がわからない。 

 ただの愉快犯とか? それにしちゃ犯行に計画性がない。あっさり見つかって逃走中だし――

 マーヤは双眸を細め、やや俯きながら小さな溜息を漏らす。

 

「どうにも行動に一貫性がありませんな」


 恐らく同じことを感じたのであろう。報告を聞いていたイシダ宰相もそう言ってマーヤを見ていた。

 冷静であまり感情を露わにしない性格である彼も、珍しく不可解そうに眉を顰めている。


「他に何かありませんか? たとえば侵入者の容貌や年齢などは?」

「はっ、目撃情報はありますが、その――」

「どうしました?」

「それが……聊か信憑性に欠けていると判断したため……現在調べ直し精査中です」

「構いません、報告なさい」


 精査中? 目撃情報を? どういうことだろう、侵入者に関する証言が複数あるとかだろうか?

 だがいずれにせよこれでは拉致が明かない――

 途端歯切れ悪く答えだしたスギハラに向けて、マーヤは僅かに首を傾げ先を促した。

 偉丈夫はそれでも躊躇するように回答を渋っていたが、やがて仕方なく報告を続ける。


「侵入者ですが……城門を警備していた兵士達の話だと、子供だったそうで――」

「子供?」

「はい。齢十六、七ほどの少年と少女の五人組だったとのことです」


 スギハラの心境を察し、ついでにこの報告を受けた際の彼の反応も想像してしまい、マーヤは笑いを堪えるように手の甲で口元を覆っていた。


 なるほど、報告を渋るわけだ。確かに信憑性を疑う話だろう。

 攻城兵器でも持ってこない限り、この城門をここまで見事に吹き飛ばすことはまずできない。

 だが犯人は子供、それもたった五人だったというのだ。

 それにもしそれが本当であるとしたら、更なる疑問が生まれることとなる。


「子供がたった五人で、この門を破壊したというのですか? 一体どうやって?」


 たった五人では、攻城兵器を操作するにはまるで足りない人手であるし、ましてや子供に扱えるような代物でもない。

 ならばそう、彼等はどのような手を使ってこの門を破壊したというのだろうか――

 はたして、頭の中に浮かび上がった新たな疑問を、マーヤは興味津々スギハラへと尋ねた。


 だがその問いかけを受け、スギハラは表情をさらに険しいものへと変容させる。

 答えぬわけにもいかず、どうしたものか――と、自分へ向けられた女王の期待の眼差しに息を呑みつつも、やがて彼は観念したように答えを口にした。

  

「それがその……素手――だったとのことで」


 ――と。


「素手? つまり拳でってこと?!」

「はい」


 まさに異口同音。

 つい先刻、自分が部下に放ったばかりの言葉を口にして、目をまん丸くしたマーヤに対し、スギハラは水呑鳥の置物のように首を縦に振ってみせた。

 

 何とも珍しい蒼き女王の、狐につままれたようなぽかんとした表情。

 まあ無理もないだろう。

 自分だってこの報告を部下より受けた時は、怒鳴りつけてしまいそうになったほどだ。

 素手で門を吹き飛ばした? 冗談でも笑えない話だ。いい加減な報告をするな――と。


 だがしかし。

 何故か彼はこの突拍子もない報告を真っ向から否定できないでいたのだ。

 報告を終えた部下を叱責しようと、怒り心頭口を開けたスギハラは刹那、脳裏をよぎった既視感に言葉を呑み込み、結果報告を受理していたのである。

 その既視感の正体が今も喉にひっかかったかのように、彼の中でもやもやしている。

 そして、この聡明なる蒼き女王も彼の報告を受け、同じ思いを抱いたようだった。

 ただし彼女はその既視感の正体が何であるか、既に勘付いていたようだが。

 

「……子供で、パンチ一発……なるほど」


 横たわる門に刻まれた、大きな窪みを今一度じっと見つめながら、マーヤはふむりと息を吐く。

 そして何か確信を得たようにその口元に笑みを浮かべながら、イシダ宰相を振り返った。

 

「ねえタイガ君、子供にこの城門を破壊できると思う?」


 女王、が出ておりますぞ。下の名前で呼ばないでいただきたい。

 しかしまったく意地の悪いお方だ。既に自身で答えを導き出している癖に――と。

 謎かけのようにそう尋ねてきた女王に対し、黙って話を聞いていたイシダ宰相はやれやれと溜息を吐く。


「普通に考えれば、まず無理な話でしょう。がしかし……


 これがあなたの求めている返答でしょう?――

 あの日、炎に包まれたサヤマ邸で、蒼き騎士王の名を叫びながら一撃の下、正面玄関を吹き飛ばした小柄な少女のことを思い浮かべ、若き宰相はマーヤをジトリと見据える。

 ご名答――とまるでそう言いたげに、彼女は悪戯っぽく笑って見せた。


「恐らくやってきた子供達というのは、カシワギ殿ら神器の使い手達でしょうな」

「そう、そして城門を破壊したのはきっとエミちゃんね」

「カシワギ殿らが?」


 なるほど、あの少女の力自慢は自分も目の当たりにしていた。

 確かに彼女なら、もしかすると可能かもしれない――

 あっ、と声をあげつつも、スギハラは喉のつっかえが解消したかのように、顔を明るくする。

 だがしかし、彼はすぐに凛々しい眉を顰めながら動きを止めていた。


「しかし女王、何故彼等は門をこのように?」


 そうだ。彼等は国の恩人、そしてチェロ村の小英雄だ。

 仮に侵入者が彼等であるとしても、肝心の動機がないのではないだろうか。

 よしんばあったとして、では門をここまで破壊する動機とは一体なんだったのだろう――

 再び沸き起こった疑問を口にしてスギハラは尋ねる。

 と、マーヤも同じく不可解そうに口を尖らせながら小さく首を振ってみせた。


「そこが私も気になっているの。何か火急の用事だったのかも……だから無茶をしたとか――」


 もはやその表情は『威厳ある慈愛の女王』から、明朗快活で好奇心旺盛な『英雄』のものへとすっかり戻っている。

 だが、そんな事などにまったくもって気づかず、マーヤは小さな唸り声をあげて思案に暮れていた。


「あと、もう一つ……さっきスギハラ君、侵入したのは五人って言ってたわよね?」

「はっ、間違いありません。報告では確かに少年と少女の五人組と――」

「――のかしら……彼等は六人だったはずでしょう?」


 そうなると、やはり一人足りないのだ。残る一人は一体どうしたのだろう。

 そして城門を破壊してまで、私に会おうとしていた理由とはなんだったのか。

 言われてみれば――と、スギハラもそしてイシダ宰相も目を見開くと、やがて腕を組んで考え込んでしまう。


「どうにも解せないわ。あの子達、また何かトラブルに巻き込まれていないとよいのだけれど――」


 何となく胸騒ぎがする。

 双眸を細め夕陽を見上げながら、マーヤは表情を曇らせた。

 と――

 

「スギハラ副隊長!」

 

 やにわに聞こえてきた精悍な男性の声に三人は同時に振り返る。

 立っていたのは二人の若い警備隊士だ。

 

「どうした? 何かあったか?」


 見覚えがある。つい先程あまりに突拍子もない報告を受けて思わず怒鳴ってしまいそうになった部下だ。

 スギハラは表情を和らげて、女王の前で緊張している様子の二人へ用件を尋ねる。

 

「はっ、城門の警備を担当していた兵士が、女王にどうしても報告したいことがあると――」

「なんだと?」

「いかがいたしましょうか?」


 背筋を正し、敬礼をしながら二人は上官の判断を仰いだ。

 部下による兵士達への聴取は完了していたはずだが、この上まだ報告があるとはどういうことだ?――

 ピクリと片眉を動かし、スギハラは訝し気に唸り声をあげる。

 だがしかし。

 

「構いません、その者をここへ――」


 とスギハラの返答より先に、マーヤは警備隊士へそう告げてにこりと微笑んでいた。

 そして、確認するように慌てて自分を振り返った偉丈夫に向かって、目配せしてみせる。

 まずは話を聞いてみましょう?――と。

 無言で頷いたスギハラの背後で、女王直々の返答を受けた警備隊士二名は改めて敬礼し直すと、ややぎこちなく踵を返した。

 どうぞこちらへ――そう言って彼等は、やや離れた場所で直立し、謁見の裁可を待っていた一人の兵士へ合図を出す。

 堂々とした足取りでマーヤの下へやってきたその兵士は、被っていた鉄の兜を脱ぐと、堂に入った作法でその場に跪いていた。

 

「こうして報告する時間をお取り頂き、感謝致しますマーヤ女王」

「礼など不要です。それで報告とはなんでしょうか」

「はっ、先刻伝え忘れていたことがありましてな……実は例の侵入者達より預かっていたものがあったのです――」


 決して大きくはないがよく通る声で返事をすると、はたして件の髭面の兵士は懐より一通の手紙を取り出し、マーヤへと差し出したのであった。

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