その4-2 空回りする歯車

「ざ け ん な ボ ケ ッ !」


 我儘少年の渾身の怒りが、唖然としていた一同を我に返す。

 刹那、八重歯を覗かせ今にも殴り掛からんとする勢いで髭面の兵士へ詰め寄ったカッシーに気づき、こーへいは慌てて彼を押さえた。


「おーい、カッシー落ち着けって」

「急いでるんだっ! 朝までなんて待ってる暇ないんだよ!」

「何度言われてもここを通すわけにいきません。十七時を過ぎての入城は禁じられておると申したはずです」

「何とかなんないのかよ? すぐにでも許可貰えるように、マーヤに掛け合ってもらえないか?」

「これは法に定められた何人たりとも犯すことのできない規則ルールなのですぞ? それを名誉騎士殿ともあろうお方が率先して破ろうというのか?!」


 代々の法家が騎士の誇りと共に築き上げてきた、騎士として遵守せねばならぬ礼節と法なのだ。

 それを守り、門を護るのが我らの仕事――

 顔がくっつく程に迫った我儘少年を見下ろし、兵士は怯むことなく一喝する。

 だがしかし。

 我儘少年も怯まない。意地の張り合いだけなら達人レベルだ。


「ルール? んなのそんなの知ったことかよ。人の命がかかってんだ!」


 こうしている間にも、刻一刻と日笠さんの病は進んでいるのだ。

 今は一分一秒でも時間が惜しい。すぐにでも許可を貰って、コントラバス遺跡へと向かいたいというのに、それが明日の朝まで足止めだと?!

 冗談じゃないっつの!――

 なおのこと食い下がり、カッシーは額に青筋を浮かべて兵士を逆に睨みつけた。

 焦りと憤りの入り混じった冷静さを欠いた目だ――

 髭面の兵士はそんな少年をじっと見下ろし、ゆっくりと首を振ってみせる。


「これ以上食い下がるのであれば、止む得ません。法に従い貴殿らを捕縛することなるがよろしいか?」

「……は?!」


 冗談じゃないっつの。なんで捕まらなきゃならないんだ?――

 目を見開き、カッシーは絶句する。だが兵士の顔は大真面目だ。

 これより先事を荒立てるのであれば、それは即ち弦国を敵に回すということになる――彼はそう言っているのだ。

 もう一人の兵士も無言で頷き、少年を見据えながら手にしていた槍を再び構える。

 

「おーい、マジかよ?」

「……堅物」


 後ろで様子を見ていたこーへいが咥えていた煙草をピコンと下げると同時に、なっちゃんも辟易した様子で兵士を眺めながらぼそりと呟いていた。

 二人の声が聞こえたのだろう。髭面の兵士は、なおのこと表情を厳格なものへと変えて少年少女達を一瞥する。


「なるほど、その年で名誉騎士の勲章を賜るとは余程の実力をお持ちなのであろう。大した胆力であられる。だが、騎士とは何たるものか、今一度考えられよ」

「ああ?」

「女王の盾とならん者が、国を護る城門を自らの都合でまかり通るというのであれば、貴殿はもはや名誉騎士でもなんでもない。それはただの国家に仇なす不忠な輩と変わらぬぞ?」


 ならば騎士に対する礼節は不要。今目の前にいるのはただただ我を通そうとする子供だ――

 しかし口調は変えども敢えて声を荒げず、まるで自分の息子に諭すように兵士はカッシーへと問い正す。

 その真摯な問いかけと兵士の眼差しを受け、少年は喉奥で唸りをあげた。


 だがそれでも、今は退くわけにはいかない――と。

 歯を食いしばり、カッシーは再び髭面の兵士をめつける。


 騎士の誇りも、名誉も自分にはわからない。

 だが騎士ってのは、困ってる人を助け、弱きを守るモンなんじゃないのかよ?

 サワダさんはそうだった。あのバカ王だってそうだった。

 それくらいは俺にもわかる。

 

 だったらそうだ。

 やることはもう決まってる。迷うことなんかない――と。


「騎士が何だってんだ。名誉騎士だからルール守れってんなら……そのせいで日笠さん助けられないってなら、勲章こんなものなんていらねえよ!」

 

 言うが早いが肩を掴んでいたこーへいの手を振り払い、カッシーは胸の一角獣ユニコーンの勲章をむしり取ると、石畳へと投げ付ける。

 背後で固唾を呑んで様子を窺っていた少年少女達は、思わず息を呑んだ。


 子供じみた事をしてしまったかもしれない。

 成り行きでもらった勲章といえど、今投げ捨てたものがこの国でどれほど敬意の対象となっているものかを思慮していなかったかもしれない。

 悪いマーヤ。けど仲間も助けられないで何が騎士だろう。

 まあ元々騎士でもなんでもない、『タダノコウコウセイ』。

 後悔だけはしたくないんだ――


 覚悟を決めた眼差しだった。

 決意の映える瞳の光だった。

 それはいつも通り。


 だがしかし。

 先刻兵士が感じた通り、少年は『焦り』と『憤り』により冷静さを欠いていた―― 


 高い金属音を起こして叩きつけられたそれをまじまじと見つめ、髭面の兵士は思わず目を見開いた。

 そして失望と共に深い溜息を吐き、その双眸を細める。

 

「なんということを……今のは聞かなかったことに致す故、早急に撤回されよ――」

「知ったことか! もういい、好きにさせてもらうっつの!」


 兵士の言葉を遮り、感情のままに怒鳴るとカッシーは踵を返して馬車へと歩き出す。


「行くぞっ、こーへい!」

「おーい、カッシーちょっと待てって。どうする気だよ?」


 目の前を通って足早に馬車へと向かっていく我儘少年をやれやれと眺めながら、こーへいはその後を追いかけて歩き出した。

 しばらくその場に佇み、じっと兵士を見つめていたなっちゃんも、小さく肩を竦めた後に踵を返して後を追う。


 少し言い過ぎただろうか。だがルールはルールだ。

 病に伏した仲間のためとは言っていたが、一兵士が情に流され法を無視しては国は成り立たない――

 我儘少年の背中をしばしの間見つめていた髭面の兵士は、やがて相棒に目で合図を送ると門の内側へと戻り閉門を開始する。

 

 刹那。背後で轟きだした地鳴りのような音に、カッシーはピクリと眉を動かし歩みを止めた。

 振り返って見上げた先では、自分の十数倍はある立派な鉄城門が、音を立てて閉まっていくのが見える。

 

「くそっ!」


 ズン――と。

 ややもって腹に響くような振動と共に、完全に閉じ切った城門を眺め、カッシーは悔しそうに地を蹴った。


「あのガンコもん! 何のためにここまで来たと思ってんだよ。ほとほと頭の固い連中だぜ」

「そりゃあお互い様じゃね?」

「ああ?」

「いいのか、あれ捨てちまってよー、なあ名誉騎士様?」


 と、追いついたこーへいは新たな煙草を咥えて火を付けながら、石畳に捨て置かれた一角獣ユニコーンの勲章を目線で示す。

 目で追ったカッシーは僅かに戸惑う様に片眉を吊り上げたが、だがすぐに無言で首を振って見せた。

 今更後に退けっか――と。

 やっぱお互い様だ。どっちもどっちだなこりゃ――と思ったが敢えて口には出さず、こーへいは今後のことを尋ねる。


「……んで、どうすんだこの後?」

「時間が惜しい。このままコントラバス遺跡へ向かおうぜ」


 このままここにいても、今日中に遺跡への許可は貰えなそうだ。

 大人しく明日の朝まで待つか。それとも別の方法を考えるか――

 我儘少年はしばしの間、口の中で唸り声をあげて思案をしていたがやがて、よしと頷いて答えた。

 

「マジか、許可証はどうするんだよ?」

「行ってから考えるっつの、なっちゃんもそれでいいよな?」


 途端に眉尻を下げたこーへいに強引にそう言い放ち、カッシーは微笑みの少女を振り返る。

 なっちゃんは、細い人差し指を唇の下にあて既に思案を始めていたが、彼の問いかけに反応しやがてコクンと頷いてみせた。

 

「ま、この際仕方ないわね……何かいい代案がないか考えてみる」

「……おーい、なっちゃんよー、今わっるい顔してたな?」

「そう? 私、と思ってるの」


 おいおい、あんたまでかよ――と、呆れるこーへいに向かって、なっちゃんはクスリと小悪魔的微笑を口の端に浮かべる。

 正直言えばあの兵士達の対応に少女も納得できていないのだ。

 あちらの事情はわかるが、ルールが何だ。親友の命がかかっているのにそんな事かまっていられない――と、心情的にはカッシーと一緒であった。ただ、無鉄砲な我儘少年と異なり幾分冷静ではあったが。

 はたしてなっちゃんはこーへいを向き直る。


「でもこーへい、夜の運転って大丈夫なの?」


 今から引き続きコントラバス遺跡へ向かうということは、夜間も移動を続けることになる。

 だが元いた世界と異なって夜道は真っ暗闇だし、街道を外れてしまっては元も子もない。それに夜盗の類や、熊や狼等の動物に鉢合わせる可能性も高くなる。

 故にチェロ村への帰路も、日が暮れたら極力街道の宿か野宿に泊まって夜間は運転を避け、昼間の移動を心掛けて来ていたのだ。


「んー、したこと無いから自信はないけどよー? 急ぐんだろ?」


 はたして、懸念するように尋ねた少女に向かって、こーへいはほんの僅かの思案の後に、相変わらずののほほん声で軽く返答する。


「本当に平気?」

「ま、なんとかなんじゃね? ただ、あんまりスピードは出せねーぞ?」

 

 どちらかというと彼の心配は夜間の運転より馬達だ。

 ここまでも随分と飛ばしてきた。こいつらといいが――

 と、クマ少年は馬の鬣を労うように一撫でしていた。


「その辺は任せるから何とかしてくれ」


 だがそんなこーへいの心境に気づかず、カッシーは憮然とした表情で口早に言い放つ。


「……へいへーい――」


 何となくいつもの彼らしくない言動に眉根を寄せつつも、こーへいはぷかりと咥え煙草の先からわっかを浮かべて返事をした。

 そして、いそいそと御者席へ飛び乗る。

 わりーなもうひとっ走り頼むぜ――と、四頭の駿馬へにんまりと笑って見せながら。


 だがしかし。

 何ともうまく噛み合わない。なんだかいつもよりしっくりしない。

 誰もが今、そう思っていた。


 いつもと違った。マイナス1だった。

 そしてその欠けた歯車の影響は思ったより大きかったのだ。


 もしここに、病に伏したまとめ役のあの少女がいたら、もっと事は穏便に進んでいたに違いない。

 即座に少年と兵士の間に割って入り、双方を諫めて粘り強く交渉を続けていただろう。

 例えばそう、手紙だけでも女王に渡してください。私達は宿屋で待っているので夜でも構わない、せめて結果だけでも教えてくれませんか?――と、兵士に連絡先を渡すなどして。

 

 しかし当たり前だが彼女はいない。


 それぞれがずば抜けた才能を秘めた、とにかく色濃い五人の少年少女達。

 しかし『まとめ役』の不在という状況で、各々が判断の下動く彼等は、徐々にではあるがをはじめようとしていた。


 はたして、それは焦るあまり無鉄砲に進むカッシー然り

 そして今、新たに――


 ――噛み合わない歯車が歪に回る。




「――ってええええええぇぇぇーーッッッ!」




 聞き慣れた少女の、一気入魂気合の入った掛け声が聞こえて来て、馬車に乗り込もうとしていたカッシーは足を止めた。

 刹那、周囲に轟く、過去三年間で最も大きく、最も豪快な鉄拳制裁インパクトの音――

 

 同時に鳴り響いたのは、大型車両が正面衝突を起こしたような、はたまた巨大な鐘が地に落下したかのような、何とも形容し難い『鉄の悲鳴』と、地震と紛う程の大きな一揺れだった。


 身体がふわりと浮き、目を白黒させるなっちゃん。

 驚いて嘶きをあげる馬達を頻りに宥めるこーへい。

 そして、反射的にブロードソードに手をかけるカッシー。

 

 何だ? 一体何が起こった?!――

 と、一瞬の間の後に三者三様、彼等が振り返った先に見えたその光景ははたして――


 見事にひしゃげ、歪な形に変わり果てて地に転がる城門の右舷と、それを満足気に見据えて仁王立ちする、音高無双の風紀委員長の姿であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る