17-4 平和なひと時

 結婚式という一大イベントを終えた後のラクイア大聖堂。その入口では、一目見ただけで武人とわかる三人の男性と、皇族の正装である濃い青色のスーツを身にまとった一人の少年が集まっていた。


 集まっていた男性三人は、その特徴的な外見から一際目立つ。一人はタキシード姿の中年男性、テミン。一人は燃える炎のように赤い髪と瞳を持つ男性、リアン。最後の一人は黒檀の肌に銀色の目を持つ若者、アリシエ。


 ラクイア大聖堂の白壁を彩る飾り付けの前で話し込む四人。この四人は揃いも揃って武器を携帯し、近寄り難い雰囲気を醸し出している。そのせいか、四人の周りにいた部外者達は逃げるようにその場から離れてしまっていた。


「我は今後、お主達三人に我ら皇族の護衛を依頼したいのじゃが、どうじゃ? 無理なら引き受けなくてよいぞ。護衛は、宮殿務めになるからのう」


 皇族には護衛が付く。しかしこの護衛という仕事は、他の職務と兼任していることが多い。護衛を担当する者は時や状況に応じて変わる。皇族の護衛とは一つの大きな武芸者の集まりなのである。


 皇族は命を狙われる可能性が高く、その護衛ともなれば非常に危険だ。それなりの腕を持つ武芸者でなければ無駄死にして終わるだろう。その仕事内容が故に、得られる報酬も良い。


「僕はやるよ。ダン様大好きだし、死ぬ気もしないし」

「ま、アルがそう答えんのは目に見えてたけどな。あー、俺も受けるわ。正直、これからはちょっと金が必要になりそうだし」

「テミンは会社でもうけてんだろ? それとも何、子供が生まれるとか? あ、俺も引き受けるじゃん。この前のおびもしたいし」


 返事の仕方こそ違うが、ダンの申し出に三人共肯定の意を示す。任務の危険性を理解した上で、それでもダンの護衛に名乗りをあげることを選んだ。ここまではよかったのだが――。


「お前は言い方が直接的過ぎんだよ、アホリアン! ま、そんなとこだ。金はあった方がいいからな」

「ねぇ、子供ってどうやって生まれるの?」

「ば、お前、なんて事聞いてんだ、アル! そういうのはダン様の前で話すことじゃねぇの。わかったか?」


 ダンに返事をするだけのはずが、リアンの話をきっかけに少しずつ脱線を始めた。テミンが顔を真っ赤にして狼狽うろたえれば、リアンが調子に乗ってそれをからかい、アリシエは純粋に疑問に思ったことを口にする。


 本来であれば接点を持たなかったはずの三人 は、「カラードの乱」をきっかけに仲良くなった。テミンは装備品を取り扱う会社の社長、リアンは戦闘貴族当主、アリシエは偶然ハベルトにやってきただけの暁家戦闘員。身分も生い立ちも異なる彼らは今では、休みの日を見つけては互いに会いにいくほどの仲である。


「仲が良くて何よりじゃ。三人とも引き受けてくれるのなら、そう父上に伝えるぞ」


 ダンが確認すると三人は同時に頷いた。かと思えば、話が逸れた後のくだらない会話を続ける。会話の内容は大半が下品なもので、とても戦闘貴族の会話だとは思えない。時折大笑いする楽しそうな声が響いた。





 ダンは騒いでるアリシエ、テミン、リアンの三人を置いてラクイア大聖堂内へと戻る。綺麗に磨かれた白い床が、ダンの姿を映し出す。ダンの視線は大聖堂内部のステンドグラスではなく、楽しげに話す二人の女性を捉えた。


 入口からそう離れていない場所で言葉をかわす二人組。一人は白いウエディングドレスに身を包んだ青髪の女性――海亞かいあ。もう一人はバラのブーケを持った黒髪の女性――虹牙こうが。二人は話に夢中で、ダンが入ってきたことに気付いていないようだ。


「ちなみに、どこが好きなのですか?」

「その……戦ってる所が、ね。そ、それだけだよ。あの子は気付いていないだろうし、私の一方的な思いだし」

「わからないですわよ? テミンなんて、好きって感情を認識したらあっという間でしたわ。だからきっと、認識さえすれば早いんじゃないかしら?」

「いやいや、あの子は多分、恋とかがわからないんだよ。そんな環境でも無かったみたいだし。今やっと、身の安全を確保して次の欲求を満たしてるって感じだからね」


 どうやら虹牙と海亞は恋話をしているようだ。この二人が仲よくなったのも「カラードの乱」がきっかけ。かつて暁家にて共闘した際に意気投合したのだという。


(さて、一体誰の話をしておるのかのう)


 虹牙の想い人を推測しながら、ダンは父親である皇帝の元へと近寄る。皇帝はこのような式典の場でありながら、護衛に守られている。それは「カラードの乱」の余波がまだ残っているから。


「父上。アル、テミン、リアンの三人が護衛を引き受けてくれたぞ」

「そうか。では、近いうちに改めて宮殿にて就任式をするかのう」


 ダンの返事を聞いた皇帝の頬が緩む。そんな皇帝の表情に、ダンもまた頬が緩んでしまう。宮殿に戻っても、仕事を理由にアリシエ達に会える。その事がとても嬉しくて、感情を隠しきれない。





 今、護衛の他に皇帝の側にいる者がいる。銀髪に濃い青色の目をした武芸者、銀牙ぎんがである。一人、さほど顔を緩めぬままぼーっとしている銀牙に、ダンが近付いた。


「銀牙、調子はどうじゃ?」

「お陰様でだいぶ良くなりました。まだ包帯は外せませんが、今日みたいに出歩くくらいなら出来るようになりましたよ」


 銀牙は皇太子に拷問され、重傷を負っていた。最近になってようやく、杖を使いながらではあるが歩くことが出来るようになった。全身に残る傷跡と部分的に巻かれた包帯が見ていて痛々しい。


「それは良かった。銀牙のこと、気付けなくてすまなかったのう」

「同じこと、陛下にも言われましたよ。ダン様はあれからいかがですか?」

「あの者が死んでから、我を襲う者が一気に減ったのう。そう言えば一つ聞きたいことがあるのじゃ」

「なんでしょう?」


 銀牙の体調を聞くと、ダンは銀牙の耳元に口を寄せる。そして小さな声で「虹牙の想い人は誰じゃ?」と尋ねてみた。その質問に、銀牙はわかりやすく耳を真っ赤に染める。


「知っておるのか!」

「……知っています。それはもう、嫌というほど。ヒントを上げましょうか?」

「頼む!」

「彼は黒い肌を持っています。五ヶ月前に大活躍した人です。あなたも沢山助けられたはずですよ?」


 銀牙の言葉に少し考えると、ハッと顔を上げるダン。思い当たる人物が一人だけいたのだ。恋愛感情そのものを知らなそうな、恋愛をするような環境に今までいなかった人物がただ一人。


 彼はダンの選んだ護衛の一人だった。暁家に避難してからというもの、ダンの側にはいつも彼がいた。彼ほど強い者をダンは他に知らない。彼の名は、アリシエ・アール。正式な名をアリシエ・リベリオン。





 虹牙の想い人に気付いた。だがそのことが嫌なのだろうか。銀牙はあからさまに顔を歪ませる。傷が痛むわけではなさそうだ。


「銀牙。どうしたのじゃ?」

「いえ、特には……」

「遠慮はいらぬぞ。困ったら教えよ。我に出来ることなら何なりとするぞ。我は銀牙にも助けられておるからのう」


 ダンの言葉に少し思案した後、銀牙はゆっくりと口を開いた。


「ハベルトにはまだ、人種差別が残っています。あの人のような反逆者がまた出てくるかもしれない。そう思うと、悲しくなるのです。

 戦闘貴族の身内が差別対象と結婚していいのかと。実際、私の父は結婚してからしばらくは大変そうでした。同じ思いをあの二人がするかと思うと、応援するのを躊躇ためらってしまいます」


 銀牙は白っぽい黄色の肌を持つ、黄色人種と白色人種の血を引く者であった。そしてその見た目のせいで先の騒動の時に皇太子に拷問されていた。差別される苦しみを誰より知るのは銀牙なのである。


 玉音放送を境に少しずつ減ってきたとはいえ、ハベルトの人種差別はまだ消えてはいない。しかし皇帝派の者達はこう考えている。人の好き嫌いを決めつけることが出来ない以上、差別も完全に無くなることはないのだろう、と――。


「以前より良くなりました。神威かむいが戦闘貴族当主になっても苦情が来ないまでになりました。他にも、私のような人達の出世が増えています。でも、不安です。虹牙は私と金牙様の大切な妹のような存在ですから」

「こればかりは何とも出来ぬからのう。法で差別用語を禁じることは出来る。人の売買を禁じることも出来る。じゃが、最後に罪を犯してでも危害を与えるかを決めるのは、国民じゃ」


 国民一人一人の心までは決められない。法を使って国民の自由を阻害するのは、上に立つ者としてあるまじき行為である。だからこそ、ここから先は国民を信じ、未来を托すしかない。そう、ダンは考えていた。


「ちなみにアルに気はあるのか? アルの奴、恋愛感情そのものがわからないようじゃが。アルのことじゃ。『皆同じくらい好き』とか平然と言いそうでのう」

「そこは何とも言えません。残念ながら彼は、生きてきた世界が違います。そこについては金牙様もどうにかしようとはされてます。無意識であるとはいえ、気はあると思いたいですね」


 人種差別について話すと場が暗くなってしまう。だから、話の内容をアリシエのことに変えた。ダンも銀牙も、二人に幸せになってほしいと思う気持ちは同じだ。だからこそ、色々と迷ってしまうわけだが。





 不意にラクイア大聖堂の扉が開かれる。外でくだらない話をしていたアリシエ、テミン、リアンの三人が戻ってきたのだ。話の内容も先ほどまでよりマシになり、第三者が聞けるようにはなっている。


 三人が戻ってきたことに気付いた海亞は虹牙の手を引いて三人の元に駆け寄る。海亞の青髪がステンドグラスから差し込む光に照らされて輝いた。


「おい海亞! 走るな! 頼むから走るな。いいな? わかってるか?」

「平気ですわ、少しくらい。それに、テミンの言うことをまともに聞いてたら、日々の生活すら出来ませんもの」

「うるせぇ! 俺はお前が心配なんだよ。それくらい分かれ、馬鹿」

「……公共の場で抱きつかないで、馬鹿。みんなが見てるでしょう?」


 テミンは駆け寄ってきた海亞の体を公共の場で抱きしめる。海亞を止めるためにしたのだろうが、その行為は二人の仲を知らしめるには十分なもの。リアンに至っては口笛を吹いて「見せつけんなじゃん」と叫んでいる始末である。


 そんな中、アリシエは無意識のうちに虹牙に近付いた。テミンが海亞にしたのと同じように、虹牙の身体を抱きしめる。虹牙は思わず顔を真っ赤にして動揺するが、アリシエの顔は至って真面目だ。


「あれ? 虹牙、熱でもあるの? 顔が赤いよ?」

「違う! そ、そなたは何をしているんだい?」

「ん? あ、これ? これはね、テミンの真似。何でこうしてるのかなって。虹牙に抱きつけば理由がわかるかもって思ったんだ」


 虹牙が動揺するのも無理はない。人間、好きな人に抱きしめられれば恥ずかしくも嬉しくもなる。アリシエのような、恋愛感情に疎すぎる人間の方が稀なのだ。


「あれは重症じゃな」

「私も同意します。しかもあれ、本人は無意識ですからね」

「先が思いやられるのう。虹牙が可哀想じゃ。アルもアルじゃ。無意識で人に抱きつくなど……」

「おそらく、そうされた記憶がないんでしょう。アルと私達を同じ価値観で見てはいけませんよ、ダン様」


 アリシエの無意識での行動を遠くから見ていたダンと銀牙は、互いに顔を見合わせてため息を吐いた。平和な世界になると、アリシエの無知がそれまで以上に目立つようになる。二人は先を案じずにはいられなかった。

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