14-3 隠れられる場所

 真新しい血痕を確認した海音かいね金牙きんがの二人は、プライベートルームの中でも場所に絞って調べることにした。慌てて連れ出したのならば、その後始末は雑になり、何らかの失敗が生じる。さらに慌てていたとなれば、行ける場所は限られてくる。


「いたとしてもこの部屋か、隣の書斎だな。銀牙ぎんが以外に間者は?」

「いるが、すでに外へ駆り出されているはずだ。戦闘員として潜入させたからな。見たところ、いくさ奴隷どれいの姿もない。戦場にいるのは確実だ」

「なら仕方ない。俺とお前で調べるしかないか。とりあえずお前はこの部屋の家具の中や下、人が隠れられそうなところは全部漁れ」

「海音、お前はどうするんだ?」

「とりあえず書斎を調べる。怪我したのが皇太子の可能性もあるからな。書斎のどこに血痕があるか、調べる価値はある。何かあったら呼ぶ。ここは任せたぞ」


 海音は金牙に指示を出すと木製の扉の奥にある隣の部屋――書斎へと姿を消した。金牙は大きく深呼吸をする。気持ちを落ち着かせるためだ。そうでもしなければ良くない仮説ばかりを考えてしまいそうだからである。


 とりあえず手始めにベッドから漁ることにした。掛け布団のカバーからシーツ、枕の一つに至るまで念入りに確認してはどかしていく。痕跡も銀牙のいる気配もないとわかれば、それらを元に戻し、次に調べる場所に移動する。


 タンスやクローゼット、机の引き出しに至るまで。身を隠せそうなものは人が入れるかどうかに関わらず全て調べる。金牙が調べた後に配置を元に戻したのはベッドだけだった。他の場所では、銀牙の痕跡を調べ尽くすと、片付けられることなくそのまま放置されている。


 ありがちな隠し場所、わかりやすい隠し場所は全て調べ尽くした。だが真新しい銀牙の痕跡は床の血痕以外にない。ここまでは想定内の出来事。金牙はすでに、次に探すべき場所に目星をつけていた。


(僕なら、隠し部屋や自分しか知らない場所に連れ込むだろうな。今日の作戦が失敗した時に備えての保険として。床の隠し部屋はまず無いだろう。屋敷の中にそこまでのスペースは無いはずだ。考えられるのは屋敷の屋根裏。天井への隠し扉だな)


 自身も貴族の屋敷に暮らしているだけあって、屋敷の作りには多少は精通している。貴族の当主が屋敷に求めるものはいつの時代も変わらない。非常時に逃げられる場所と隠れられる場所だ。


 金牙は再び大きく深呼吸をする。両頬を軽く叩くことで、無駄な感情を遮断する。かと思えばその場で右回りをし、プライベートルーム全体の家具の配置を確認した。これには金牙なりの意図がある。


(上に部屋を作るなら、家具を上手く使って登れるようにする。横に部屋を作るなら、壁に偽装して家具か何かで隠す。下に部屋を作るなら床に偽装して上には何も乗せない。

 上と横は比較的バレにくい。隠しにくいからな。下は下手に隠すと、自分が出入りする時に不便だ。下から家具は持ち上げられないし、絨毯やベッドがあると物を持って出入りする時に困るからな)


 プライベートルームの家具の配置はかなりスッキリしてる。全ての家具が壁に接触していて、小さいテーブルや椅子といったものが無い。私物のコレクションですら壁にくっついている飾り棚に並べてある。


 しかしそれに違和感を感じた。先ほど見た拷問具には血痕が残っていた。落とそうと思えば落とせるのにそれをしなかったのは、面倒事だったからか時間が無かったからか。どちらにしても、皇太子は他にも失敗をしていると考えるのは当然のことと言えた。





 金牙の目が捉えたのは、枕元近くに置いてある薬草だ。プライベートルームとはいえ、私物を飾り棚に並べる人が薬草を出しっぱなしにしておくだろうか。寝る前にしか使わないはずのものを日中から外に出していることに違和感を感じた。


「書斎に血痕は無かった。書斎への扉は通ってない可能性が高い」


 書斎を調べに行ったはずの海音が五分と経たずに帰ってきた。何の成果も無かったのだと、その顔を見れば一目瞭然。金牙は「だろうな」と苦笑する。答えながらも、その足は薬草の置かれた小さなテーブルへと近付いている。


「僕ならもう一つ隠し部屋を作るな。出入りしにくいベッドの下か、天井か、家具の後ろ。今どこが一番可能性が高いかと考えててな」

「馬鹿だろ、お前。考える前に動けばいいんだよ。可能性高いのは天井だろうから……金牙はそこで待ってろよ?」


 金牙に対して物怖じすることなくハッキリと物事を言う海音。彼は金牙をその場に留まらせたまま動き出す。



 プライベートルームの中で一番背が高い家具は飾り棚。一番安定していて安心して人が乗れるのはクローゼット。クローゼットの側面には、大きめの飾り石がいくつも取り付けられている。クローゼットの戸は、先程金牙が調べるためにと開けたままになっていた。海音が目指したのは飾り棚ではなくクローゼットの上だ。


 普通にジャンプしたとしても、クローゼットの上に手が届くのにはそれなりの背丈がいる。だが金牙も海音もさほど背は高くない。二人がただ跳躍したところでクローゼットの上には登れない。そんなクローゼットを、海音はどう攻略するのだろうか。


「金牙。ちょっとクローゼットの近くで俺を見ててくんない?」

「わ、わかった」


 海音はクローゼットの周辺の家具を目視。金牙が見やすい位置に移動したのを確認すると、軽く助走を付けてから床を蹴って高く跳躍した。勢いのままに手を伸ばすも、その手はクローゼットの上端に僅かに届かない。


 次の瞬間、海音の足が開けっ放しのクローゼットに入り込む。中にある、衣類を引っ掛ける金属の棒を両手で掴むと、そこに右足を掛けた。そのまま鉄棒の要領で何度か体を持ち上げようとする。ある程度勢いがつくと右手を離し、身体が持ち上がるのに合わせて頭上に伸ばす。


 海音の右手がついにクローゼットの上端を掴んだ。顔を歪め、右手だけの力で体を持ち上げる。器用に右足を棒から外し、上端にかける。片足をかけると、右手と右足にやがて、クローゼットの上に全身が乗っかった。


「おい。そんな高度な芸当、僕には出来ん」

「わかってるよ。さて、クローゼットの右にはタンスが、左には……なんだ、これ?」

「どう見ても本棚だろ。お前が知ってるのと形が違うだけだ」

「それだ、本棚が、ある。皇太子が俺みたいな芸当を出来るとは思えない。ついでに、天井に扉らしきものもないから開けるには仕掛けかヒントがあるかも、だな」


 その先は言われないでも理解出来た。海音は金牙に、他の家具を使って同じ場所に来るように求めてるのだ。あわよくば、天井のタイルのどこが扉になってるか、皇太子の残した手がかりから探すように指示している。


「で、手がかりとかはあるのか?」

「飾り棚に何かないか? あと、タンスに隠し蓋とかがないか調べろ。そこら辺の頭脳はお前の方があるだろ?」

「せいぜい探してやろう。お前はそこで無理やり開けられないか試してくれ」

「言われなくてもやるつもりだって」


 海音と金牙の視線が空中で交錯する。ここまでに経過した時間は約一時間半。海音の部下が戦闘に入ったせいか、部屋の外は騒がしい。人の上げた悲鳴や咆哮、足音や人が壁にぶつかる派手な音。それらが嫌でも耳に入ってくる。他の者がこの部屋に辿り着くのも時間の問題だろう。





 金牙は深呼吸をした。そしてもう何度目になるかもわからないが、再度部屋をぐるりと見回す。やはり違和感を感じるのは薬草の乗っかっている、ベッドの近くのテーブルだった。金牙の中の何かが警鐘を鳴らしている。


 そのテーブルは、見た目だけで言えば縦長のタンスに近い。高さは枕元から手を伸ばしたらすぐに上端に触れる程度。卓上のすぐ下には何故か、引き出しが二つほど付いている。テーブルとタンスが融合したような未知の家具に、金牙は躊躇ためらいではなく違和感を覚えた。


 ジッと目を凝らして引き出しを見る。よく見ると引き出しの一つには錠がついている。金牙はふと思い立って、テーブルの上の薬草に手を伸ばす。海音に嗅ぐなと言われたその薬草は白い紙に包まれていた。先ほどは気づかなかったが、よく見ると薬草の他に何かが紙に包まれている。


 薬草の香りを吸い込まないように口元を手で覆い、その指で鼻をつまむ。息を止めてから白い包装紙を開いた。包装紙の中には、薬草束の隙間から銀色の金属が見える。束を崩せば、そこから小さな鍵が出てきる。試しに引き出しの錠にその鍵を差し込めば、ピタリとはまる。カチャリと音を立てて回すと引き出しが開いた。


 テーブルの引き出しから出てきたのは、一枚の紙切れだった。そこには殴り書きではあるが文字が書かれている。金牙はその内容に目を通し、すぐさま海音の方を見た。海音は頭上に手を伸ばし、天井のタイルを調べている。


「真上の板を強い力で思い切り押してみろ。微かに浮くはずだ。そしたらその板を横へズラすんだ」

「了解。で、お前はどうやって上がるんだ?」

「……タンスの上から登るらしい。クローゼットの側面には飾り石がついてて、それを使ってロッククライミングをしろ、と。僕には無理な芸当だな」

「じゃあとりあえずタンスの上に来いよ。俺が引き上げてやる。この縄でな」


 金牙の話を聞いた海音は、首に身につけていた風呂敷を外してその中から何かを取り出す。それは太くて長い縄だった。片方の端にはかぎがついていて、もう片方の端は縄で輪が作られている。


「この輪に手を通してくれれば、俺が引き上げてやるよ」

「お前が言うと変な意味に聞こえるのは僕の耳が悪いのか?」

「知らないっての。……よし、なんとか上に通り道作ったぞ」


 海音がクローゼットの上から金牙に笑いかける。その頭上には、天井のタイル一枚分のスペースが空いている。人一人が辛うじて通れる幅ではあるが、隠し通路である。海音の手には、鞘に収められたままの脇差が握られていた。脇差の柄を利用してタイルを突き上げ、動かしたらしい。現れた隠し通路に金牙の顔がほころぶ。

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