11-3 偶然に偶然が重なって

「ソニック・アール・アカツキ……名前から察するに僕の親戚に当たるな。にわかには信じがたい話だ。だが、もしそれが本当なら不自然な点が全て繋がる」


 アルウィスの話を聞いた金牙きんがの口からそう言葉が洩れる。もし彼が未来からやってきた金牙の親族なら、その見た目や言動の違和感にも納得がいく。だが何の根拠も無しにそれを信じるほど金牙は馬鹿ではない。


 時空を超えて人や物が移動するというタイムワープ。口で言うのは容易だが、それが実際に身近で起きているとなると話は別だ。まず、ソニックが未来から来たという証拠がない。次に、ソニックの血縁関係をきちんと証明できる人や物もない。証拠がない以上、安易に信じられないのが暁金牙という人物である。


「あれだ。虹牙こうががさ、人の心が読めるって言ってただろ? それと同じなんじゃねーの。普通じゃ有り得ねーけど、実際に起きてるってやつ」


 アルウィスの言葉に金牙は開いた口が塞がらなかった。手から滑り落ちそうになるティーカップをすんでのところで捕らえる。だが中に入っていた紅茶が床に少し零れた。琥珀色の液体が、カップの中で激しく波打つ。


(そうだ。虹牙のことも、アルの二重人格や『神の眼』も。普通なら有り得ないのに実在してる。実在してる以上、ソニックのタイムワープを否定することは出来ない)


 虹牙は人の心を読むことが出来るという。実際、アリシエの心を読んでみせた。アリシエの多重人格を暴いみせた。過去には知るはずのない銀牙の立ち位置を言い当てたこともある。複数回にわたって人の心をピタリと言い当てたことから、金牙は虹牙の能力を信じざるをえなかった。


 アリシエの二重人格や「神の眼」はにわかには信じがたい。特に「神の眼」はハベルトに伝わる伝説の眼であり、アリシエを見るまでは実在するとさえ思わなかった。しかし人格の違いや反応の速さを報告書や自分の目で確認し、不本意ではあるが信じることにしたのだ。


 理論などでは証明出来ない超現象というものが、この世には多少ではあるが存在する。虹牙の身体的特徴やアリシエの二重人格は、医学的に証明されつつある「症例」の一つである。しかし、虹牙の特技、アリシエの「神の眼」、ソニックのタイムワープ。この三つは証明の難しい事象であり、超現象の一種と考えることが出来る。


(はたしてそんなことがあり得るのか? いや、実際に起きている。信じがたいが信じざるを得ないか。だがそれにしては超現象が一箇所に集まり過ぎてはいないか?)


 金牙は生命維持に必要な最小限の動き以外の活動を止めた。その身体は石像のように固まり、ピクリとも動かず、瞬きすらしない。だがその頭は絶えず動き続け、状況を把握しようと努めている。





 金牙が状況把握に要した時間は、実際には一分にも満たない。だが金牙には何時間にも感じられるほど長く充実した時間であった。その時間にソニックに対する疑問や今までの発言などを振り返ることが出来た。


 今回、皇太子派の戦闘員として潜入することを選んだのはソニック自身だ。ソニックが自ら潜入を提案した日から、金牙はソニックを自らの手駒の一つとして扱い始めた。ちょうど敵の本拠地に身を置く味方が欲しかったからだ。皇帝派の黒人はソニックを除いて、潜入に相応しい人材はいない。


 すでに皇太子に囚われている銀牙ぎんがを使い、ソニックが入った二日後に皇太子に嘘の襲撃日時を伝える手はずを整えている。ちょうど皇帝からの指示で皇太子の屋敷に忍び込むことになっていた海亞かいあがいたから、海亞に銀牙とコンタクトを取ることを頼んである。ソニックが潜入したことは、外部の誰かに教えてもらわなければ銀牙は気付けないから。


 皇太子の性格を考慮すると、銀牙から嘘の襲撃日時を聞けばそれより先に襲撃を図ると考えられる。それを利用して今回の金牙の策が動いているのだ。襲撃の日を決めれば、戦力として使う予定の黒人武芸者に真っ先に知らせるはず。ここでソニックの存在が生きてくる。


 海亞にはそれとなくソニックに接触してもらう。そしてソニックから皇帝派を襲撃する日時と襲撃場所を聞き、覚えてもらうのである。ソニックが裏切ることも考慮して、可能であれば指示の瞬間を盗み聞きするようにも指示してあった。ソニックは言わば海亞が盗み聞きに失敗した際の保険であり、敵側に潜ませた応用の効く伏兵の一つに過ぎない。


 皇太子の屋敷は警備が厳重だ。先日海亞とアリシエを侵入させた際には、アリシエに派手に戦わせた。これにより皇太子を刺激しつつ、海亞の侵入ではないことに気を取らせている。そんな屋敷から情報を持って逃げるのは容易なことではない。ここで戦闘貴族当主の一人、テミンが役に立つ。


 テミンは武具会社「ナルダ社」の社長であり、戦闘貴族当主であるくせにその顔をほとんど知られていない。テミンであれば商売という正当な理由で屋敷の中に入ることができる。すでに一度この手口で侵入した際には、見事に新規契約を結んだのだから、その商売の腕は確か。定期訪問を行うテミンに、情報を仕入れたタイミングで海亞を積み荷の一つとして移動させる。


 あとは襲撃場所に応じて皇帝派の武芸者を割り振るだけ。ソニックには襲撃するその瞬間まで敵側についてもらうことになっている。そして、皇太子から指示された襲撃場所にて寝返ってもらうのだ。こちらに関しては、仮にソニックが裏切ることとなれば、皇帝派の武芸者の誰かしらが処分予定を立てている。


「妙だ。おかしい」

「は? 何がだ?」

「何故ソニックは自らが敵側に行くことを選んだ? しかもあいつは、フィールしか知らないはずのことを知っていたぞ?」

「知るか! 俺もアリシエも頭なんて良くねーんだよ。金牙の考えについていけるなんて思うな」


 自分の立てた計画を振り返った金牙が疑問を口にする。しかし、金牙の頭の中の事象を他人がそう簡単に理解できるはずもなく。考え事に夢中な金牙の耳には、アルウィスの怒声すら聴こえない。


「わざわざ敵側に回る利点はあるか? 未来から来たというのなら、何かを阻止するため? それとも、未来を繋ぐためか? そもそも未来から来たという確証は、どこにある?」


 自らの考えを口に出しながら頭の中を整理していく金牙。その様ははたから見れば奇人でしかない。しかも、金牙がどんなに思考しても、ソニックの行動に隠された心理が全く読めない。ただただ時間だけが過ぎていくばかりである。





 ソニックは馬車に乗っていた。怪しまれないために、屋敷から少し離れたところで降りることになっている。とはいえ、目的地までは馬車を使っても最低半日はかかる。現在のペースで進めば遅くとも夕方には、目的地に到着するだろう。


 目的地に着くまで特にすることのないソニックは、馬車の中から外の風景を飽きずにずっと眺めている。森の木々、街に並ぶ民家、遠くに見える宮殿。その一つ一つを名残惜しそうに見つめるのだ。アリシエと共にハベルトに来て約三ヶ月。その間、暁家の戦闘員として何度もこの景色を見てきた。しかし、何度見ても抱く感情はいつも同じ。


(やっぱり、違う。オイラの知るハベルトじゃない。屋敷は改装前の屋敷になってたし。どう見ても昔の父さん達だ。アルは昔の父さんそっくりで、アリシエとアルウィスがいるのも同じ。虹牙だって名前も見た目も母さんと同じ。金牙や銀牙だって、叔父さん達を若くしただけにしか見えない)


 悲しいかな、ソニックは自分の知る景色と目の前に広がる景色を比べずにはいられない。人一人、建物一つ、森の様子。どこを見ても、面影はあるが若干異なるように思えるのである。実際、似ているようで違うので、ソニックの勘違いではないのだが。


 今回自らが敵側に潜入することを提案したのはその場の思い付きだった。敵側が黒人を欲している。そう口を突いて出たことだけが彼の唯一の失敗とも言える。ハベルトに来た三ヶ月で何が起きているのかに気付いたソニックはつい、知っている知識が口から零れ出てしまったのである。その発言一つで何かが大きく変わるわけではないが、少なくともソニックがそれまで以上に金牙に怪しまれることとなった。


 自らが敵側に潜入することにこれといった深い意味はない。発言してから「名案だな」と自分でも感じたくらいなのだ。半分は、今の暁家の屋敷がソニックにとって居心地が悪いから逃げたかっただけ。


(アルウィスは怒るかな。他のみんなはどんなことを思ってるんだろう。父さんの武芸、もう少し真面目に習えばよかったかな)


 金牙に疑われ始めていると、初めて会った頃から気付いていた。金牙は些細な失言から様々なことを思考し、真実にたどり着く人間だ。おそらく「アリシエの兄」という嘘を吐いた時から金牙の信頼は失われていた。これ以上暁家の屋敷にいれば、いつかはほころびが出ていたはずだ。


 虹牙に言われて気付いたことだが、ソニックの外見もまた金牙が疑う要因になっているのだろう。アルウィスもソニックも、外見のことをそこまで深く考えてはいなかった。二人してハベルトに来れば何とかなると思い込んでいた。





 どんなに後悔しようと、一度起きてしまったことは変えられない。ソニックは不安な心を慰めるために腰に手を伸ばす。すると、剣の柄に手が触れた。一般的な片手剣二本を構えるのがソニックの得意とする戦闘スタイル。そのため、ソニックは両腰に二本ずつ剣を身につけている。


 恐怖心が癒えないせいだろうか。剣の柄を掴むソニックの手は微かに震えていた。いや、震えているのは手だけではない。足も震えている。下唇を噛み締めて震えを抑えようとするが、震えは止まらない。


(大丈夫……大丈夫。怖くない、怖くない。父さん、母さん、どうかオイラを守ってください)


 震える身体をどうにかしようと、握り拳を作って太ももを叩いた。両手で頬をつまんで引っ張り、離してから無理やり笑顔を作ってみる。クシャッと笑えば両頬にえくぼが現れる。笑うのは気晴らしにしかならない。だが笑うだけでも少しは身体が軽くなった気がする。その時、その濃い青色の目から一雫の涙が零れた。


「父さん、母さん……会いたいよ。オイラを、思い出してよ。似てるのに、どうして……」


 アリシエと虹牙はソニックの両親に似ている。それがためにソニックはついつい二人を「父さん」「母さん」と呼びたくなってしまう。今そう呼んだところで、二人が怪しむだけだと知っているのに。見た目が近いからこそ、似ているのに別人という現実が辛い。


(アリシエ、大丈夫、かな?)


 ソニックは暁家の屋敷にいるであろうアリシエに思いをせることで、不安な気持ちを逸らそうとするのであった。

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