番外編3-2 ファインプレー

 金牙きんがに武芸を教えてから六年後だった。シャニマでの戦争に暁家のほとんどの戦闘員が駆り出されて、結局誰一人帰って来なかったじゃん。一気に戦力の落ちた暁家は、戦闘貴族の称号を剥奪はくだつされた。


 この六年の間にアウテリート家はただの氏族から戦闘貴族の一つに名を挙げていた。親父が頑張った成果ではあるけど。当時とすっかり逆の立場にはなったけど、俺と金牙は相変わらず師弟関係だった。というか、金牙がその虚弱体質のせいで、俺以外の武芸者に見捨てられただけだな。


 戦闘貴族でなくなった上に戦闘貴族の本家にあてがわれる屋敷も没収。金牙の手元に残ったのは従兄弟の銀牙ぎんがと、遺された装飾品を売って得た金銭だけ。使用人は離れていった。戦闘員は誰一人帰ってこない。親戚は、銀牙と一緒に行動するって理由だけで金牙を見放した。


「親父。金牙と銀牙、この屋敷に住まわせたらダメか?」

「それはただの思いつきか? もし思いつきだけ言ってるなら、許可出来ないぞ」

「……思いつきじゃ、ダメか?」

「次期当主ならここは、表向きには『戦闘貴族候補として有力な暁家との繋がりを強固にするため』って言うべきだろ。そうでなきゃ、銀牙までは受け入れてくれないぞ、うちの戦闘員じゃ」


 金牙の現状を聞いた俺はすぐに親父に相談した。戦闘貴族の地位が剥奪されてから屋敷を追い出されるまでに一週間の猶予ゆうよがある。その一週間で身支度を整えて家を出ろってことでもあるんだけど。


 金牙はまだ十五歳だ。銀牙は十三歳で、黄色人種イエローの見た目を受け継いでるからハベルトで生きるのには不利じゃん。でも俺なら、金牙の武術指南を盾に二人を屋敷に受け入れる事が出来る。そう、思ったんだ。


「リアン! お前、人の話聞いてんのか?」

「聞いてるじゃん。ダメってことだろ?」

「聞いてねーじゃんか!」


 親父の反応的に金牙と銀牙を引き取ることは無理。そう思っていたら、親父に頭を叩かれた。俺、間違ったこと言ってなくね? 親父だって今さっき、思いつきなら許可出来ないって言ってたじゃん。


「次期当主なら表向きの言い訳を考えろって言ってんだよ。武術指南の続行だけじゃ弱いからな。金牙をお前の家庭教師にする、銀牙に対する武術指南の価値を説く。そこまでしてようやく引き取れるってわけだ」

「へ?」

「ったく、やっぱりお前、頭の方は全然だな。住まわせる条件は今言った通りだ。期限は『暁家が戦闘貴族に復活するまで』ってことにしてやる」


 親父は俺の願いを聞き入れた。表向きには武術指南のためと俺の頭脳強化のため。でも本当は、俺が二人を放っておけなかっただけじゃん。ムカつくことに、戦闘員のほとんどが「金牙が家庭教師をする」って内容に大賛成だったけど。俺、どんだけ馬鹿って思われてんだよ。


 とりあえず親父のおかげもあって、屋敷を没収される前に、金牙と銀牙を引き取る手筈が整った。本当は無一文でも受け入れたかったけど……アウテリート家としての立場があるから、生活費として多少の金は貰うことになった。





 金牙と銀牙を受け入れる代わりに俺にも条件が与えられた。一日三時間は金牙に座学を習うことと、銀牙の武術指南も俺が担当することの二つ。座学に関してはアウテリート家内の会議で満場一致で決まったから、無視出来ないじゃん。


 俺は座学なんていらないと思うけどな。戦える当主は武芸者として戦えばいい。戦えない当主なら頭脳を活かせばいい。俺みたいな武芸に秀でて頭が悪い奴は、座学やるくらいなら武芸の腕を伸ばすべきだと思うじゃん。


 そんな考え方だから、戦うのに不向きな金牙が、六年経った今でも足掻あがく意味が分からなかった。だってあいつ、六年経っても何も変わってないんだぜ? すぐにバテるし、レイピアは前よりマシとはいえ長時間扱えないし、基礎体力すらそんなに変ってないし。


 だから、俺の屋敷に来た最初の日に教えてやることにした。六年前は可哀想で言えなかった本当のことを。それを知っても足掻くってなら、俺も諦めて教えるしかないじゃん。


「正直、金牙きんがは武芸に向いてないじゃん。そんな弱い身体じゃ、一時間もまともに戦えないし。手っ取り早く復活するなら、お前が上に立って策を講じた方が早くね?」

「それは、海亞かいあにもフィールにも言われた。それでも、戦えて損はないだろう?」


 あぁ、やっぱりな。他の戦闘貴族当主にも言われるよな。海亞に至っては年こそ離れてるけど、幼馴染みたいなもんだもんな。フィールは金牙の主治医だし。というか、他の奴にすでに言われてるのに諦めない金牙がおかしくね?


「線が細いんだよ、お前。筋肉はあんまないし、痩せ気味だし、食も細いし肉が食えないんだろ? 武芸者としてはそれ、致命的なんだよな」


 金牙は俺より頭がいいんだから、わかるよな。お前が武芸を極めることが不可能だって。武術を習う時間そのものが無駄なんだって。少し考えればわかるのにどうして、金牙は武芸を諦めないんだろう。


 俺より賢いなら、武芸以外のやり方で戦闘貴族に戻る方法を考えればいいじゃん。実際、戦わない当主もいるし。イ家のテミンなんて、当主のくせに自分の会社のことばっかりじゃん? そりゃ金牙と違って、戦えば強いけど。





 理由はわからないけど、金牙はやけに夢に執着してる。夢が何だか知らないけどさ。無謀にも程があるじゃん。どんなに鍛えたって、金牙はもうこれ以上強くなれないのに、何でそこまで……。


「銀牙を鍛えるからさ、お前は――」

「ダメだ! それじゃ、ダメなんだ。銀牙の力を、借りるわけには……」


 諦めてもらおうと銀牙の名前を出したのに、即答された。夢のために銀牙の力を借りられないってこと、か? 一人で夢が達成出来るはずがないじゃん。虚弱体質なら、その頭脳を活かすためにも他の奴と協力すべきじゃん?


「お前、馬鹿じゃん?」

「筋肉馬鹿のお前には言われたくないな」

「うっせー。この世には適材適所ってのがあんだよ。銀牙は槍の扱いに長けてるから戦力になる。あとはだな、残ってる分家や知り合い筋の武芸者をかき集めろ。復活するためにな」

「お前こそ、何もわかっていないようだな。当主は、強くなければならない。夢のためには、何者に襲われても裏切られても動じないだけの強さが必要だ。精神的にも、肉体的にも、な」


 金牙のアホみたいな発言に思わず「馬鹿」って言葉が洩れた。何もわかってない? わかってないのは金牙の方じゃん。金牙は銀牙のこと、何一つ理解出来ていないじゃん。


 そんなんだから、銀牙が遠慮するんだよ。もっと人、頼ればいいじゃん。一人で何でもやろうとするなじゃん。金牙がそんなに独りよがりだから、銀牙は金牙のためにって自分から離れようとするんじゃん。


「お前の夢、知ってるじゃん。だからこそ思うんだよ。無理に武芸やるんじゃなくて、お前はその頭脳を発揮すべきじゃねって。何なら陛下に講義するじゃん。頭脳を見せつけてやるじゃん」

「銀牙からか? 貴様、何を聞いた!」

「お前が頼んないから、一人でやろうとするから。だから、銀牙が苦しむんじゃん。向き合えよ、夢じゃなくて銀牙と。銀牙のための夢なら、まず最初にするのは銀牙との和解なんじゃねーの?」


 俺の言葉にようやく、金牙は自分のミスに気付いたみたいじゃん。全く、本当に手のかかる奴。


 どうせ「銀牙が一人で歩いても平気な、差別のない国にしたい」みたいな夢なんだろうな。そんな夢物語、一人で出来るわけないじゃん。差別が無くなることなんてないんだし、国を変えるならそれこそ、仲間が必要じゃん。


 だから離れるんだよ。銀牙、言ってたんだぜ。「私がいるから、金牙様が無謀な夢を描くんです」って。金牙が銀牙を頼らないで一人でやろうとするから、銀牙が自分を責めるんじゃん。





 俺の言葉を聞いた金牙は初めて、俺の許可を得ずに訓練をやめた。何を言っても俺の武術指南についてきた奴が、銀牙に関する話を聞いただけで顔色を変えて、銀牙の元へと向かう。どうぞ、後は銀牙と二人で話してくれ。俺は、ここから先は何も出来ないじゃん。


 そう言えば金牙に「夢を知ってる」って嘘ついちゃったじゃん。あれ、テキトーに言っただけで、実は嘘なんだよな。嘘の言葉で金牙をだましたなんて知られれば……。


「あれ、リアンじゃねーか。暁のとこの二人はどうした? お前が一人でいるなんて珍しい」

「二人なら今頃話してんじゃね? 随分長いことすれ違ってたっぽいし」

「……お前、銀牙の言葉、金牙に伝えたか?」


 中庭で一人で突っ立ってたら親父がやってきた。そこはいい。なんで今の俺の言葉からしたことがバレてんだよ。親父、もしかして人の心でも読めんのか?


「心が読めるか、アホ」

「だからなんでわかんだよ。俺、何も言ってないじゃん」

「お前が顔に出過ぎなんだよ! 次期当主なんだからよ、もうちっと感情隠せや。銀牙とか金牙の方がそういうのは上手いんじゃねーの?」


 俺、そんなにわかりやすいか? そういやだいぶ前に金牙にも同じこと言われたなぁ。ま、それが俺らしいってことにしたらいいじゃん。別に困るわけじゃ……いや、困るか。でも今更変えられるもんでもないじゃん。


「で、何の用じゃん?」

「馬鹿息子の様子見に来たんだよ。ついでに暁家のガキ二人のことも、な。ま、平気そうならいっか。……二人を引き受けたのはお前だ、リアン。責任、持てんのか?」

「何言ってるじゃん? 金牙も銀牙も、俺の友達だし」

「人種の問題だよ、俺が気にしてんのは。ま、お前にはまだ早いか。その言葉、忘れんじゃねーぞ、リアン」


 金牙は銀牙のために国を変えたい、人種差別を減らしたい。逆に銀牙は、金牙に迷惑をかけるくらいなら金牙の元を去りたい。どっちの気持ちもわかるじゃん。俺は、金牙も銀牙も失いたくないけど。そうじゃなきゃバラさない、銀牙の言葉なんて。俺だって何も考えない馬鹿じゃないじゃん。


 確かに俺は戦闘貴族の次期当主だ。でもそれ以前に俺は、金牙と銀牙の友達なんだ。年の近い者同士、助け合うのは普通じゃん? きっとこれからも俺は、あの二人に何かある度に助ける。見返りなんて求めずに、助けたいから助けるんじゃん。


 人種差別って面倒だよな。人種が違うだけなのに、金牙と銀牙はあんなに悩んで、何年もギクシャクして。……そうだ、暁家が戦闘貴族に戻ったら、一緒に人種差別を無くすために動けばいいんじゃね? 結果的に二人を助けることにも繋がるし。


「なぁ、親父……」


 親父が言いたかったことに少しだけ気づいて、答えを言おうとした。でもその時にはもう、親父は中庭から姿を消していた。いいよ、二人を引き受けた責任、取ってやるよ。俺が、二人の一番の味方であり続けるじゃん。そうすれば、俺は大切な友達を失わなくて済むんだから。

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