間話2

番外編3 赤の願い

番外編3-1 初めての教え子

 黄色人種イエローだの黒人ブラックだの白人ホワイトだの関係ないじゃん。同じ人だし、言語は通じるし。むしろ、差別する方が面倒じゃん? そう思ってたんだ、あいつらに会うまでは。




 親父は武芸者の氏族アウテリート家の当主で、色んな奴らの武術指南を担当してる。どこぞの戦闘貴族に仕える戦闘員、戦闘貴族の親族、戦うことを知らないガキ……。色んな奴に基礎体力の養成から武器の扱いまで全部教えてた。


 人種に関係なく同じことを教えるんだ。違法なルートで買い取った有色人種カラードの武芸者も、白人の武芸者も、習うことは同じ。だから「人種とか別に関係ないじゃん?」って思ってたじゃん。


 忘れもしない。十一歳の誕生日を目前に控えた時に、初めてあいつらに会った。金髪の白人が金牙きんが。銀髪で白っぽい黄色の肌をしたのが銀牙ぎんが。二人共、皇族の血を引く証である濃い青色の目をしてた。何かがあったのか、二人の間には見えない壁があったのは覚えてる。


 親父が「いつか関わるかもしれないから」って連れてきてくれなかったら、会わないまま終わってた気がする。この時の出会いが俺と金牙と銀牙の運命を変えたんだ。今ならそう思えるじゃん。


 金牙は細くて、飢えているはずがないのに全体的に少し骨が浮いてて。筋肉もあんまり無かった。しかもちょっとの鍛錬ですぐにバテる。暁家の次期当主だかなんだか知らないけど、すぐにわかったじゃん。この金牙ってガキは武芸者に向いてないって。


 逆に銀牙の方はしっかりとした身体で筋肉も並にある。鍛錬にだって、不器用ながら付いてきた。元々持久力のある方なのか、長時間の鍛錬でも頑張って食らいついてたじゃん。その違いが人種によるものだって、当時は知らなかったけど。


「リアン。お前は金牙を鍛えてみろ。俺は銀牙を鍛える。基礎鍛錬と素振りだけでいい。出来るか?」

「りょーかいじゃん」


 武術指南を初めて一ヶ月も経たないうちに親父は酷な決断をした。銀牙を徹底的に鍛える代わりに、武芸者に向いてない金牙を次期当主の俺に托した。金牙を見限ったんだ、親父は。


 金牙はただ細いだけじゃなかった。すぐバテるのには理由があったじゃん。金牙は、だったんだ。親父はそれに気付いて決めたんだ。金牙に武芸を指導するのは無駄だって。金牙の奴は、悲しい程に武芸に向いてなかった。





 親父に見限られた金牙は、大して年の変わんない俺が教えることに何の疑問も抱かなかった。暁家の訓練所で何度も何度も繰り返すのは体力をつけるための基礎鍛錬ばっかりで。どんなに鍛錬しても金牙の体力はそんなに変わらなかったじゃん。


 変わり始めたのは俺が教え始めてから三ヶ月が経った頃。基礎鍛錬の途中で体力の尽きた金牙は、床に座り込んで呼吸を整えてた。必死に息を整えて、顔を真っ赤にしながら俺の方を見る。その濃い青色の目に、俺の全てが見透かされるような感覚があった。


「お前、正直に答えろ。僕は、強くなれるのか?」


 何の文句も言わなかった金牙がついに、疑問を持ち始めた。いつまで経っても基礎鍛錬ばっかりだもんな。でもだからって面と向かって「武芸には向いてない」って言うのもなんか違うじゃん。


 結局なんて答えたら良いのかなんて浮かばなかった。俺、考えるの苦手だし。金牙は頭が良さそうだから、下手に答えて色々聞かれるのが嫌だった。この判断はある意味正しかったけどな。


「なら、そろそろ武芸、始めるじゃん?」

「……それは僕に聞いているのか?」

「他に誰がいるじゃん!」

「木刀、取ってくる」

「いや、木刀じゃなくて木の棒にするじゃん。考えがあるからな」


 迷った俺に出来たことは無謀とわかっていながらも武芸の練習を勧めることだけ。体力が無けりゃ武器なんて扱えない。でも、武器の扱い方を覚えておけばもしかしたら、身を守ることくらい出来るかもしれないじゃん。そんな、軽い気持ちからだった。


 金牙の体力じゃ戦えても数分。戦場にいれば確実に戦力外の足手まといじゃん。少し考えればわかるのに、俺はその数分でも凌げるようにしてやりたくなった。結果的に俺のこの判断は役に立ったわけだけど。当時は親父に怯えながら教えてたっけ。


 体力も筋力もない金牙に片手で扱うような武器は不向きだし、力が必要な武器も不向き。そう考えて提案したのは、細長いレイピアという種類の片手剣。「斬」より「突」に特化してるレイピアなら、金牙の負担が少ないと考えたじゃん。今思えばその判断は間違いだったけど。当時はレイピアのこと、誤解してたし。


 当時はレイピアは最先端の珍しい武器で、並の剣と同じくらい重いだなんて思わなかった。刀なんてまだ伝わって無かったし、銃も開発されていなかった。この時に銃があれば、俺は間違いなくそれを勧めたじゃん。だって金牙は、本当に筋力がなくて弓すらまともに引けなかったんだから。





 アウテリート家は武芸者の氏族の中でも少し珍しいタイプじゃん。基礎鍛錬の武芸指南を色んな奴に教えて、それとは別に武器を扱うための基礎を必要な奴に教える。もちろん、基本的な武器は全て扱い方を把握してるじゃん。


 他に同じことやってる氏族は見たことが無い。だってこれ、武器大好きだった親父が始めた仕事だし。そのせいもあってか、ハベルトの各地から武術指南の依頼が来るじゃん。こっちもそれなりの戦闘員を雇ってそれに対処してる。


 そんなアウテリート家だからこそ、わかるんだ。どんな奴が武芸者に向いてるかとか、教えてる奴にどんな武器が向いてるかとか。さすがに弓すら引けない奴は金牙が初めてだったけどな。というか金牙は俺の初の教え子で、史上最低の武芸者だったじゃん。



 金牙は本当に体力が無かった。鍛錬って本物の武器より軽い木の棒とかを使ってやるんだけどさ。金牙の奴、その木の棒すらまともに使えないじゃん。十分も動けば体力が尽きて休んで、体力が回復したらまた鍛錬して。俺にはずっと疑問だった。


 たしかに戦闘貴族当主の息子って立ち位置はあるかもしれない。でも、明らかに向いてないのにそこまでやるか? どう考えても無意味じゃん。最悪他の奴に当主の座を譲ればいいし、少なくとも金牙に武芸は向いてない。それが俺の見解だったじゃん。


「お前さ、何でそこまでして強くなりてぇの?」


 ついに本人に直接聞いたのは、レイピアを扱うための鍛錬を始めてから数週間後だった。数週間で進歩はほとんどなし。金牙の体力じゃ本物のレイピアを使いこなせる可能性が低いのは明らかで、扱える武器なんて限られていた。それでも鍛錬を頑張る金牙に疑問をぶつけたじゃん。


 銀牙なら、もうそこそこ戦える。黄色人種の血を引いてるからかは知らないけど、体力も結構あって。今は自分の背丈より大きな本物の槍を実際に扱うまでになってる。金牙との差は誰の目にも明らかじゃん。金牙は白人の中でも弱すぎるし。


 当主の中には戦わない奴もいる。金牙は武芸で戦うより、頭脳を生かした方がいい当主になれる。この五ヶ月くらいでそれがよくわかったじゃん。体質的にも、金牙は武芸に向いてない。この鍛錬は無駄でしかないって。なら、鍛錬する意味なんてないじゃん?


 鍛錬する理由がわからなかった。親父に見捨てられて、基礎体力つける鍛錬ばっかで。明らかに向いてないのに一度だって鍛錬を休むこともなかったじゃん。なんでそこまで頑張れるのか、俺にはわかんない。


「夢の、ためだ」


 金牙が息が乱れた状態で一言呟いた。





 鍛錬を一旦止めた。金牙は合間合間に休憩を入れなきゃ倒れるから。まぁ、ここまでの虚弱体質だと、これからが大丈夫か心配にもなるけどな。こんなんで当主が務まるのか?


「一度、武芸を諦めた。見ての通り向いてないからな。でも、諦めるわけにはいかないんだ」


 休憩の時に金牙が鍛錬について話してくれた。金牙がチラチラと銀牙の方を見る。金牙の夢に銀牙が関係しているのは間違いなさそうじゃん。にしても、武芸を諦めたって……まぁ、諦めるよな、あそこまで向いてなけりゃ。


 俺だってただ次期当主名乗ってるわけじゃないし。これでも親父にくっついて指導の様子を学んでるじゃん。だからわかるんだ。金牙は本当なら、武芸者になっちゃいけないことも。それでも俺に托したのは、暁家の当主に依頼されたからだってことも。


 金牙は武芸に向いてないことを自覚してる。なら、自覚したのにそれでも諦めないのは何でだ。何がこいつに無謀なことをさせるんだ。どう頑張っても身を守るのが精一杯だろうに。夢のため? ただの馬鹿じゃん。


「お前、今馬鹿にしただろう?」

「何も言ってないじゃん!」

「顔を見ればわかる。お前は思っていることが顔に出やすいからな」

「ひどいじゃん! 年下のくせに生意気じゃん!」

「なら、敬語を使いましょうか? リアン兄さん?」

「気持ち悪いから却下。タメ語の呼び捨てでいいじゃん」

「……その言葉、忘れるなよ?」

「ハァ? ってうわ、俺、馬鹿じゃん。ハメられたじゃん!」


 やられたじゃん。急だったから敬語が気持ち悪いって思ったけど、今のままじゃ年上の尊厳が無いじゃん。しかも自分から許可した以上、今更それを撤回てっかいするわけにもいかないじゃん。


「向いてなくてもいい。僕には力が必要なんだ。そのためなら、死ぬ気で運命とやらに抗ってやるさ。よし、休憩は終わりだ。リアン、続きを」

「生意気な教え子じゃん?」


 この時、俺はまだ知らなかったんだ。金牙が弱い身体でも戦おうとする理由も、生意気な態度で強がってみせる理由も。金牙と銀牙のギクシャクした関係の始まりが人種差別にあったなんて、夢にも思わなかったじゃん。

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