8-2 皇帝派の作戦

 現在、暁家の会議室にて当主会談が行われている。皇位継承権二位であるダンが二度も襲われたと報告され、事情を知る金牙きんがとソニック以外の八名は動揺を隠せずにいた。否、一人だけ動揺したフリをしている者がいる。は混乱しているように装いながらも笑い声を無理やり押さえつけ、不自然な咳を繰り返している。


海亞かいあ。ふざけてないで報告を」

「あら、もうバレてしまいましたの? つまらないですわ」

「ここは反応を楽しむ場ではない。くだらんことをするな。手間が増える」


 ダンが襲われたことを初めて知ったかのように振舞っていたのは海亞だった。長い青髪を頭頂部で束ねると、クスリと声を立てて笑う。小指を立てた手で口元を覆う仕草はどこか煽情せんじょう的で、目のやり場に困る。


「……皇太子様は富裕層をメインに資金を調達。調達した多額の金銭で、黒人武芸者を買い占めていらっしゃるわ。いくさ奴隷どれいのみを購入しているので、間違いなく戦力強化のためでしょう。より確実に皇位を得るために何かする可能性が高いかと」

「現段階で皇太子派が陛下に直接手を出されていない以上、こちらから皇太子様に手を出すわけにはいかない。あちらが戦力を集めているとなれば、我々は……反逆を未然に防ぐのではなく利用するのが得策だと思う」


 金牙の言葉に場が一気に凍りつく。金牙の今の発言ではまるで「皇帝を囮にする」と言っているようなものだ。皇帝の命を危険に晒すことは、戦闘貴族の義務に反する。戦闘貴族の役割はハベルトの主要都市を統治するだけでなく、反逆者を裁くことで間接的に皇帝を守ることでもあるからだ。赤髪の男性リアンがテーブルを叩いて勢いよく立ち上がる。


「利用? ふざけんなし! 皇帝様を守るのが戦闘貴族の役割だろ?」

「リアンは相変わらずガキだなぁ、反応が。ま、俺も同じ意見ではあるが」

「リアンとテミンはすぐに手が出るよねぇ。美しくない、無様だ」

「あら? フィールさんこそ、いつだって金牙さんの言いなりですわよね。自分の意見はないんですの?」


 金牙が発言してから、四人の当主達が口喧嘩を始めるまでわずか数秒。もっとも、口喧嘩と言っても皮肉を言う程度なのだが。金牙の言葉をきっかけに始まった口論は、あっという間に四人の言葉が混ざって誰が何を言っているのか聞き取れなくなる。そんな騒がしい場をいさめたのは、問題発言をした張本人だった。


「うるさい! 貴様ら、最後まで話も聞けんのか? 貴様ら戦闘貴族の取り柄は武芸しかないのか! しっかりしろ、全く」


 細い身体からは想像出来ないほどの大きな声は、会議室だけでなく外の廊下にまで響く。その場にいた誰よりも大きな声は、参加者全員の耳に届いた。戦闘貴族としての知能を問う金牙の声に、四人は恥ずかしさからか口をつぐむ。それを待ってから再び、金牙が話を再開した。


「……皇太子派を先に攻撃しては陛下の威厳に関わる。民に不安を与えてはならないし、卑怯な真似もダメだ。正々堂々、反逆を迎え撃った上で皇太子派を全員拘束する。これならば陛下の威厳も守れるし、皇太子様が主犯であると誰の目にも明らかにすることが出来る。そのために――」

「ねぇ、金牙様。反逆を迎え撃つなんてどうするつもりだい? 何か策でもあるのかい?」

「話を遮るな、フィール。今それを説明しようとしていただろう? とりあえず、陛下に危害を与える気は毛頭ない。必ず陛下を守ると、今ここで神に誓おう」


 金牙の考えた策が想像つかないのだろう。金牙の発言にまたもや場がざわめく。特にリアンとテミンが金牙の言葉の理解に苦しんでいるらしく、互いの意見を言い合っている。しかし今度は、金牙が諌めるより早く静寂が訪れた。





 金牙の発言に他の四人の戦闘貴族当主は付いていくのがやっとだった。そんな他の四人に向けて作戦を説明すべく、金牙が会議室にある黒板の前に立つ。金牙の移動が合図だったのだろう。座っていたはずの人物が一人、立ち上がった。その人物は金牙の隣に立つと、会議室にいる全ての人の顔をサッと流し見る。


 黒板の前にやってきたのは元奴隷階級であり未だに人種差別の対象となっている黒人青年だった。思わぬところでの黒人の登場に、その場にいた誰もが目を奪われる。しかしその眼差しに込められた意味は好奇、軽蔑けいべつ、憎悪、優越感、と人それぞれ。良くも悪くも肌色によって参加者全員の視線を一身に受けている。


 黒い短髪に濃い青色の瞳をしたその青年の名はソニック。アリシエと共に暁家に雇われた戦闘員である。その身元は不明だが、暁家に敵意が無いことが判明しつつある。そんな彼は今、重大な役目を担っていた。


「皇太子派が動く日時を知るための策はすでに打ってある。皇太子様の性格を考え、皇太子派を動かす術も、だ。それを踏まえた上で、問題点がある。今から書くから、少し待っていろ」


 金牙は細い腕で白いチョークを掴むと、黒板に文字を書いていく。「皇太子派が襲撃するとすればダン様のいる暁家の屋敷と宮殿」「敵の全戦力は未定のため、暁家と宮殿に半々と仮定する」などといった考察が箇条書きにされていた。その作業を終えると、その下に黄色のチョークで再び文字を書いていく。


 金牙が過剰書きの下に書き始めたのは、反乱の起きる日に誰がどこにいるか。何人の部下をどの戦場に割くか、どの戦闘貴族当主がどこで敵を迎え撃つか、などを雑ではあるが決めていたらしい。一通り書き終えるとチョークをしまい、会議室にいる人々を見る。


「あくまで現時点で、だ。実際には直前に変更等があるだろうな。現時点の予定では、クライアス家とアウテリート家が宮殿、他は暁家となっている。時期が近くなり次第、何人をどこに配置するか、相談するつもりだ。相談するにしても、こいつの協力がないと出来ないが。というわけで、自己紹介をしてもらおう」


 金牙の言葉にソニックがその場で一礼。名乗るだけの簡単な自己紹介を行う。他の者達は戸惑い、苛立ち、憎み、安堵し、さげすみ。胸中にそれぞれ異なる想いを抱えながらも拍手でソニックを迎えた。


「ソニックには戦闘員として敵に潜入してもらう。さらにもう一人、今はここにいないが、銀牙ぎんがも潜入する。いや、既に潜入させている。ソニックの加入はもう少し先だがな。

 その前に、お前達には個別に頼むことがある。全てが皇太子派を迎え撃つことに繋がるため、素直に従ってほしい。が、あくまで話し合いによる解決が最優先だ。殺し合いは最終手段にしたい。そこを忘れないでくれ。ここまでで質問があるものはいるか?」


 金牙の発言からは、すでに未来さきを見据えて複数の作戦を立てていることがわかる。敢えてその一部をぼかしたのは「盗聴を警戒して」なのだろう。個別と指示こそが、金牙の作戦の本格的なものと言える。そんな金牙の話に疑問があるのか、フィールが真っ先に手を挙げた。





 右に偏ったアシンメトリーの白髪が揺れる。その濃い青色の瞳は氷のように冷たい眼差しで金牙を射抜いた。その手が頭頂部より高い位置までピンと伸びている。


「わざわざ回りくどいやり方なのは意味があるだろうから質問しないよ。でも一つだけ、金牙様に文句があるなぁ。話し合いが最優先? 話し合いに応じるようなら、暗殺紛いのこと、しないと思うんだよねぇ。『殺し』って形が嫌なら、そうとバレないようにすればいい。中毒にする、事故に見せかける、病死や自然死に見せかけて暗殺する。色々手段はあるよ。それなのに『殺し』を手段に入れてないのはどうしてだい?」


 フィールの間延びした言葉は会談の場に不相応で、質問しただけだというのに会議室の雰囲気を緩ませる。しかし、フィールの言葉に金牙の眉がピクリと動いた。先程の金牙の言い分ももっともだが、今回のフィールの発言もまた的を射ていたからである。


 金牙の言うように現在、皇太子は皇帝に直接手を下してはいない。だが話し合いで動きを止めるようにも見えない。これは紛れもない事実。危害を防ぐというのなら、殺すなり怪我させるなりして皇太子自身を止めるのも手段である。これもまた真実。


 故にフィールはこう言いたいのだ。「わざわざ『殺し』を最終手段にしなくていいのでは?」と。そして問いたいのだ。「殺し合いを避けたい理由は何?」と。それは暗に「金牙の考えが」と告げている。


(むしろ殺しをあっさり受け入れているお前達の方がおかしいだろ! 僕はただ、命を大切にしたいだけだ)


 金牙はフィールの言葉に対抗する言葉を、心の中でこっそりと叫ぶことしか出来ない。面と向かってはその言葉を伝えられない。その言葉が音となって口から出ることはない。それは金牙自身が戦闘貴族の宿命を理解しているが故。


 戦闘貴族は文字通り「戦闘を行う貴族」のこと。「戦闘」や「殺し」を職務としている。そんな戦闘貴族の当主が「命を大切にしたいがあまりに殺しを良しとしない」だなんて許されるはずがないのだ。実際、金牙は任務という形で部下に人を殺させたことが多々ある。


(わかってるさ、わかってる。わかってるからこそ……)


 自身を納得させようと心の中で紡いだ言葉はなんとも頼りなくて弱々しい。それでも金牙はその言葉にすがりつくしかない。金牙は、皇太子派がダンを襲っている光景を目の当たりにした。だというのに皇太子派の殺しを指示できないのは、金牙が人を殺すことに抵抗があるから。





 葛藤する金牙の表情にフィールがクスクスと音を立てて笑う。何が楽しいのか、困惑する金牙の顔を瞬きもせずに見つめ、愛おしそうに目を細める。口から出た舌が、なまめかしくその上唇と下唇を順になぞる。


「これ以上は言わないよ、金牙様。でも覚えといて。僕は……僕の大切な人達を傷つけられたら、皇太子様であろうと殺すから」


 晴れ晴れとしたその顔と一致しない、冷たい言葉だった。恐ろしいことをサラリと言ってのけると金牙に優しく微笑みかける。その発言は「場合によっては金牙の命令を無視する」ということと同義。気に食わなければ、金牙が考えるより早く皇太子派に手を出してしまいかねない。


 しかし金牙にはフィールを従わせるだけの力はない。そもそも、金牙が当主会談で上に立って指示を出しているのは、その頭脳が買われているからに過ぎないのだ。金牙の策を最善と思えば他の者も従うが、その策に納得出来なければ従わなくてもいい。金牙のしていることはでありではないのだから。


「念のため、今後のやり取りは電話か直接会ってにしよう。手紙は盗み見られる可能性がある。他に質問がある者はいるか? …………いないようだな。よし、今から個別に――」

「皇帝様に手を出すな!」


 全体を通しての話を終え、個別に話をしようとした金牙。その声を遮るように、アルウィスの叫び声が遠くから聞こえてくる。それと同時に誰かの悲鳴が聞こえた気がした。遠くからでもはっきりとわかる、窓の割れる音。物が破壊される音。何かが暴れている物音。それは会議室の真下にある、食堂の方から聞こえていた。


 食堂に待機してるのはアルウィス、ダン、神威の三人。使用人三人も待機しているが、おそらく使用人は敵襲に気付き、すでに食堂から逃げているだろう。今のアルウィスの言葉から察するに狙いは――。


「俺が行くじゃん。この中で一番足速いの俺だし。お前らはここにいるかあとから来るか好きにしな。任せとけっての」


 すぐに敵の狙いに気付いて行動したのはリアンだった。赤髪をなびかせて会議室を飛び出すと、音のした食堂目掛けて全速力で走る。会議室を出る際には、補佐に預けておいたものをその手で乱雑に掴みとった。





 金牙は左腰へと視線を動かす。そこに身につけられているのは細身の長剣。金牙の護身用の武器であるが、あくまで護身用であり殺傷力はあまりない。それ故に会談中も腰に身につけていた。殺傷力の無い武器を扱う金牙が食堂に行っても、アルウィスやリアンには敵わない。


 剣の柄を掴むと周囲を確認した。いくら辺りを見回しても探している人物の姿は見えない。この場にいるのは戦闘貴族当主とその連れ、それにソニックと虹牙こうがくらいだ。混乱した金牙は会議室内をウロウロとして落ち着かない。その姿は、先程まで当主会談の司会進行を担っていたとはとても思えない。


 彼が探している人物、それは彼が最も信頼している部下である銀牙だった。銀牙が屋敷にいないことを思い出したのだろうか。長剣の柄を握る金牙の手が震える。そんな金牙の手をそっと包み込む手があった。


「落ち着きなさい。あなたは当主でしょう? 暁家当主たるもの、この程度で怖がってどうするのですか?」

「海亞……」

「確かにあなたは非力ですし、体力もないですし、お世辞にも強いとは言えませんわ。ですが銀牙がいない今、あなたが頑張るしかないでしょう?」

「わかってる」

「なら、こんな所で震えてる場合じゃないですわ。早く立ち上がりなさい、その剣を抜きなさい。そして、今すぐリアンさんを追いかけなさい」


 金牙を落ち着かせたのは葵陽きよう家当主、海亞だった。海亞の言葉で落ち着きを取り戻した金牙は、ソニックを連れて食堂へと走る。もうその目に怯えの色はない。だが剣を掴むその身体はあまりにも細く、頼りない。


「んー、僕は傷の手当でも担当するかな。テミン、海亞、虹牙。悪いんだけど医療道具を運ぶの、手伝ってくれない? これ以上武人がいても邪魔になるだろうし。いいだろう?」


 静まった部屋でぽつりと言葉を発したのはフィール。大きく伸びをするとゆっくりと会議室から移動を始める。テミン、海亞、虹牙が付いてくると、言葉が返ってこなくてもわかったからだ。


 テミンと海亞は互いに顔を見合わせると苦笑いしながらフィールの後ろを付いていく。二人の間にある雰囲気は場にそぐわないほど甘いもの。そんな二人の雰囲気を目の当たりにした虹牙は小さなため息を吐く。そして、気を紛らわそうとフィールの元へ駆け寄るのだった。

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