第八章 五人寄れば文殊の知恵

8-1 当主会談当日

 ラクイアの西部の森の頂上にある、手入れの行き届いた巨大な屋敷。白い壁に赤い瓦屋根が特徴的で、左右対称なデザインの屋敷だ。三階立てで高さよりも幅や奥行きの方が長い。


 そんなあかつき家の屋敷は私有地の中にある。私有地の回りはぐるりと壁に囲われており、暁家本家の所有地であることを第三者に示している。敷地を囲む壁の中へは正門から入ることが出来た。


 壁の中に入って最初に目に付くのは中庭と暁家の所有する馬車だ。屋敷の入り口の前には馬車を停めるためのスペースがあり、そのスペースから短い階段を上がることでようやく、エントランスに通じる扉に辿り着く。


 普段停まっている馬車は、暁家の所有する一台だけだ。しかし今日は違った。暁家の所有する馬車の他に四台、馬車が停められている。それは暁家に来客がいることを示していた。本日は戦闘貴族である五つの氏族の当主が一ヶ所に集まって話し合う当主会談の日。馬車に乗ってやってきたのは、金牙を除く四人の戦闘貴族当主達である。


 今回の当主会談の会場は、暁家の会議室。来客をもてなすために、使用人達は朝から慌ただしく支度を行っている。本日の来客である戦闘貴族当主は上客だ。しっかりと歓迎しなければ、暁家の名に傷がつく。暁家の名誉を担うと言っても過言では無い使用人達は、職務を全うするためにせわしなく動いている。


 だがそんな中、いそがしさから取り残された人物が三人だけいた。彼らは会議室に行かず、外にも出ず、屋敷の食堂にて大人しく待機している。彼らのためだけに、三人の使用人があてがわれていた。



 食堂は三方を白壁に囲まれた空間に、長テーブルと椅子を複数配置されただけの簡素な作りをしている。食堂の南方だけは白壁ではなく窓が、屋敷と外を仕切っている。そんな食堂でダン、アルウィス、神威かむいの三人は大人しく椅子に座っていた。


 三人の眼前にある卓上には、紅茶が人数分用意され、おかわり分の入ったポットも置かれている。クッキーやジャーキーと言った軽食が盛られた皿もいくつか置いてあるのだが、誰一人それに手をつけようとしない。


「アルが我の護衛をするのはわかる。しかし、そなたは何者じゃ? 面白い髪をしておるが……」

「僕は神威かむい。クライアス家当主、フィール様の従者だよ。ダン様をお守りするよう、フィール様と金牙様に頼まれてるんだ」

「ほう、フィールと金牙が、か。ということは、そなたもアルと同じで強いのじゃな」


 ダンは好奇心に目を輝かせている。その視線の先にいるのは神威と名乗った黒人男子だった。見た目こそ子供だがその実年齢はアルウィスより上。ダンが興味を示したのはそんな神威の髪型だった。


 神威は黒髪に金色の目という容姿をしている。だがその黒髪はただの黒髪ではない。縮れがちな髪を大きく膨らませて丸い形にする、アフロヘアーをしていた。この髪型を見るのは初めてらしく、ダンは興味を掻き立てられている。





 暁家当主である金牙きんがは、当主会談を行う部屋である会議室にいた。アリシエと同じ肌色を持つソニックは金牙の補佐として当主会談に参加。もう一人の有色人種である銀牙ぎんがに至っては未だに屋敷に帰ってきてすらいない。アルウィスが最後に会ったのは、ダンを屋敷に連れて帰る時――約一ヶ月も前のことである。


 銀牙の行方について、金牙は話そうとしない。それは情報漏洩を恐れているからであり、銀牙に任された仕事がそれほど重要だからである。だがそんなこと、何も知らされていないアルウィスにわかるはずがなく。アルウィスもアリシエも、彼らが戦う裏側で起きていることを何一つ知らないままだった。


 武芸にしか秀でていないアルウィス。フィールの指示にしか従わない神威。そして護衛対象ではあるが最低限身を守ることが出来るダン。彼ら三人はただ、当主会談が終わるのを食堂で待つことしか出来ない。会議に参加することは許されなかった。


「もし敵がいるとしたら……気配を消すのに長けた奴だな。なんだっけ。し、?」

、だよ。暗殺とかに長けてる戦闘員だね。悪いけどボクにも気配は感じ取れない。きっとどこかから隙を伺ってるんだ」

「それだ、忍だ。よく知ってんな、神威。とりあえずあれだろ? 皇帝様から片時も離れずに守ればいいんだろ?」

「難しいことをサラッと言わないでよね! 気配がわからないってことは、いつどこから襲われるかわからないんだよ? 意味わかってるの?」


 片時も離れずにダンを守る。口では何とでも言えるが、それを実現するのは難しい。人は常に動くものであるし、敵の動きが少しも読めないからだ。だがアルウィスの自信に溢れた顔は「守れる」と告げていた。


「わかってる。傍にいれば最悪の事態は防げるだろ? 反応の速さなら負ける気がしねーし」

「それは、相手が黒人じゃなければ、ね。黒人なら瞬発力は同等かそれ以上。油断しちゃダメだよ。何があるかわからないからこそ、最悪の事態を想定しなきゃ。これだからアルは……」

「確実に皇帝様を守るためにお前がいるんだろ? 二人もいりゃなんとかなるっての」


 食堂にて椅子に座りながら会話するアルウィスと神威。その会話は、事情を知らぬ者が聞けば喧嘩してるようにすら思える。だが喧嘩をしているわけではない。細かい事情は異なるものの、「当主会談の間ダンを守る」という一点だけは共通しているこの二人。この共通事項のために、こうして言葉を交わすことで互いを鼓舞しているのである。


 食堂には今のところこの三人と使用人達しかいない。にもかかわらず、アルウィスは腰に装備したメリケンサックをいつでも取り出せるようにしている。神威も、刀をいつでも鞘から抜けるように身構えている。強者である二人が共に身構え、戦闘態勢を緩めようとしない。その理由の一つは、使用人の態度にある。


「なんで蛮族ばんぞくの世話までしなきゃいけないのさ」

「たかがいくさ奴隷どれいのために駆り出されるなんて。あの肌色見てると気持ち悪くなるわ」

「これ、ダン様に聞こえるよ! あんな黒い奴らでもダン様のお気に入りなんだから、失礼のないようにしな」


 金牙に三人のことを頼まれたとはいえ、使用人達の黒人に対する態度はハベルトの多くの者と同じ。黒人を嫌うその様は、屋敷の使用人とはいえ、アルウィスと神威の味方ではないということを示している。


 ただでさえダンを狙って何かが起こる可能性が高いというのに、アルウィスも神威も、使用人に対する警戒をしなければならなかった。敵と使用人の二つに的確に対応するため、今から身構えているのである。しかし、実際に事が起こるのはもう少し先のこと――。








 屋敷の会議室には大きめの丸テーブル一つに椅子が多数ある。窓があり、冬場に備えて暖炉も設置。そこは多くて十名が一つのテーブルを囲めるような部屋だった。大人数での話し合いを想定してなのか黒板まで設置してある。この部屋に今、戦闘貴族当主達とその補佐五名がいた。


 卓上には人数分の紅茶とスコーンが用意され、お茶会のような楽しげな雰囲気をかもし出す。だが会議室にいる人々は皆眉をひそめており、賑やかな茶会をするようには見えない。着席しているのは当主と思わしき者五名だけ。補佐五名は主の左隣で足を肩幅に開き、いつでも応戦出来るようにと見構えている。


 一人目の当主は赤い長髪にピアスという派手な容姿をした男性、リアン。先日、元戦闘貴族を始末した実力者である。二人目はアシンメトリーの白髪をした「金牙大好きキチガイ野郎」とも称される男性、フィール。先日、暁家の屋敷を訪れた薬師くすしでもある。


 三人目は逆立った金髪をした中年男性、テミン。先日、アリシエ達の武具を屋敷に運んできた、商社「ナルダ社」の社長でもある。四人目は濃い青色の目が特徴的な白人男性、金牙。暁家の主であり、今回の当主会談の開催を決めた者。


 五人目は、それまで屋敷に訪れたことのない者だった。腰まであろう青い長髪に濃い青色の目をした妖艶な女性。彼女は葵陽きよう家の当主であり、名を海亞かいあという。先日テミンが屋敷を訪れた時に、金牙と共に話題にしていた人物でもある。


 この五人こそがハベルトを構成する五つの都市を統治し、皇帝に忠誠を誓う五つの氏族の長達である。会議室から使用人が去ると、場の空気が張り詰めた。軽い咳払いで注目を集めてから、主催者が口を開く。


「急に集めて悪かったな。簡潔に事情を説明しよう。皇太子派の動きが不穏だ。ダン様を殺そうとして二度も手をかけた。このことから、緊急で当主会談を開くことにした」


 金牙の発言にその場にいる誰もが言葉を失った。ダンは皇帝の嫡男である。皇族の命が狙われているとなれば、皇帝に仕える戦闘貴族が動かざるをえない。状況はお世辞にも良いとは言えなかった。


「現在、ダン様は暁家が保護している。先ほど『二度襲われた』と話したが、そのうちの一回は僕の目の前で起きた。次はいつ襲われるかもわからん。一応、現時点で出来るだけの手は打った。今回、皆を招集してまで話したいのは今後についてだ」


 金牙の蛇のように細く鋭い目が会議室にいる全員の顔を睨むように見た。普段より低めに発せられたその声と眉間に寄せられたシワが、その状況の深刻さを物語っている。その言葉に戦闘貴族達の間でざわめきが広がった。

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