7-3 本当の目的

 武具の選別が終わり、不要となった装備品は使用人達によって外に停めてある馬車に運ばれる。商談が一段落したからと、テミンは安堵のため息を吐いた。金髪をくしゃくしゃと掻き上げ、両頬を軽く引っ張って顔の緊張を解く。訓練所はソニックとアリシエの仕合会場となってしまったため、仕方なくエントランスの中央まで移動した。そんなテミンに声をかける者が一人。


 頬骨当たりまで伸びた金髪に濃い青色の目をした細身の白人男性。暁家の当主、金牙きんがである。いつの間にかエントランスにやって来た彼は、できる限り気配を消してテミンに近付いた。しかしテミンはすぐに金牙の存在に気付き、体勢を変えて正面から向き合う形となる。


「悪かったな、急な依頼で」

「何言ってんだ。武具の売買が俺の仕事だっての。さて、暁の当主様は何の御用だ? 支払いなら後日でいいぞ」

「……なぁ、テミン。海亞かいあは元気にしてるか?」


 金牙の言葉にテミンの身体がピクリと動く。その金色の瞳が殺気にも似た凍てつくような眼差しを放った。全身の筋肉をこれでもかと隆起させ、今にも湯気が出そうなほどに白い肌を赤く染める。


 「海亞」という人物は、名前一つでテミンの態度をこれほどまでに変えさせた。眉をつりあげ、双眸がこれでもかと大きく見開かれる。肩を上下させているのは、感情を抑えてるが故。


に用でもあんのか?」


 その声は先ほどまでより低くなり、唸るような声に変わる。先ほどまで温和だった表情は一転した。その右手が腰に身につけられた剣の柄を掴む。金牙はそんなテミンの変化を逃さない。


 少しずつテミンとの距離を詰め、その肩にポンと手を乗せる。そしてその濃い青色の瞳で至近距離からテミンの目を見据えた。金牙の態度にテミンの目が左右に揺れ動く。


「嫌な噂を聞いた。海亞が極秘任務を引き受けた、とな。お前の反応から察するに、本当のようだな」

「くそ、はかられたか」

「お前は海亞のこととなるとわかりやすいからな」

「当たり前だろ。婚約者のこととなりゃ混乱もするさ。お前も恋愛してみろよ。そうすりゃわかっからよ」

「残念ながら僕は恋愛には向いてないからな。で、今ので話を逸らしたつもりか?」


 テミンは恋愛に話題を変えることで海亞の話を無かったことにしようとした。それは、これ以上話すとボロが出るから。しかしそのような態度を取ることが、テミンが海亞の任務について何かしら知っていることを示している。金牙を欺くことは叶わない。





 テミンの舌打ちが、静寂に包まれたエントランスでやけに大きく響く。金牙の前では誤魔化しが通用しそうにない。それを感じ取り、ついつい焦ってしまう。苛立ちが右足の貧乏揺すりとなって表れる。


 荷物の運搬で騒がしいはずのエントランスには、人一人通らない。金牙とテミンのただならぬ雰囲気を察知して、使用人達は作業の手を止めていた。テミンだけがその事に気付いており、壁に取り付けられた時計をチラチラと見ている。


「で、聡明そうめいな暁金牙様は何がお望みなんですかねぇ?」

「からかうな。責めるつもりも、極秘任務の内容を知るつもりもない。ただ、皇太子派に関することとなると話は別だ。策を講じる必要があるからな」

「もう少しわかりやすい言い方は出来ねぇのかよ。ある意味、キチガイ野郎のフィールよりタチが悪い」


 金牙はなかなか本題に入らない。その余裕そうな態度が、テミンの焦燥感を増強する。ついつい短絡的な言動になってしまうのは、話題がテミンの婚約者、海亞に関連しているから。それに加え、金牙と話していることで使用人が動けずにいることも関係している。


 金牙との話にどれほどの時間を要するかわからない。そう判断したテミンはエントランス奧、左右に伸びる廊下を見た。そして手の動きだけで運搬作業を続けるように指示を出す。その刹那、エントランスには金牙達の声を妨害するように多くの足音が響き始めた。


 エントランスの奥には、左右に一本ずつある螺旋らせん階段がある。その近くには左右に繋がる廊下があり、廊下の先には訓練所へと通じる階段がある。テミンは金牙の手を引き、装備品運搬の邪魔にならない場所へ移動した。


「皇太子派の戦力について、情報を頼みたい。テミン、お前にもだ。ナルダ社は、ハベルト内の武具流通のほとんどを牛耳ぎゅうじってるだろう?」

「『牛耳ってる』はねぇだろ。せめて『担ってる』って言ってほしいもんだな。その言い方じゃこっちが悪いみてぇじゃねぇか」

「事実は事実だ。ちなみにだが……お前は海亞の極秘任務の内容は知ってるのか?」


 金牙に極秘任務について尋ねられ、顔色をピンク色から真っ赤に変化させた。眉をひそめて俯くその様が、言葉にせずとも答えを示している。


「知っているから不安、というわけか」

「うるせー。戦闘貴族なんだ、諦めてるさ。葵陽きよう家の極秘任務なんて危険なのしかねぇだろ?」

「まぁ、そうなるな。家柄的にも、得意分野的にも。戦闘貴族の中でも一番危険な部類に入るだろうな」


 テミンは金牙の言葉を聞くとその場でわかりやすく項垂うなだれた。その反応を予想していたのだろう。金牙はテミンの背を優しく撫でてやる。金牙の顔もまた、テミン同様に険しかった。





 テミンの態度を見た金牙はしばしの間思考する。頭を回転させるにつれ、その顔から険しさが消えていく。代わりに目尻を僅かにあげ、口元を少し緩ませた。両頬にえくぼが現れる。何か良いことを思いついたようだ。


「お前は、海亞のために敵陣に乗り込む覚悟はあるか?」


 金牙が唐突に告げたのはテミンの様子からも話の流れからも想像出来ない言葉。あまりに不自然な言葉に「は?」とテミンの口から怒りと驚きの混じった声が零れる。しかし金牙はそんなテミンの態度を気にもせずに言葉を続ける。


「最初からこっちが本題だ。この程度の会話に狼狽うろたえていたら、簡単に足元を見られるぞ?」

「悪い、話の内容が何一つ見えてこねぇんだけど」

「海亞とお前の私情について、当主会談の時に言えると思うか? だから注文する時に『当主会談前に』と頼んだんだ。海亞の方は、いずれ依頼されるとは思っていたが、こんなに早いとは思わなかった」

「回りくどい言い方は嫌いだって言ってんだろーが! 簡潔に、わかりやすく、俺に出来ることとその理由を言え! このクソガキ!」


 金牙の全てを見透かしたような物言いについに耐えられなくなったのだろう。テミンが金牙の胸ぐらをつかむ。金牙の背中が壁に力強くぶつかり、エントランスに飾られている絵画を不自然に揺らす。金牙のすぐ隣では、献上品である高価な壺が小さな卓上で円を描いて揺れていた。


 口が悪くなったのは、口調にまで気を回す余裕のないことの表れ。直接手を出したのは衝動的なもので、屋敷の装飾品を壊すためではない。だがその行為はとても客相手に取るものでは無かった。にも関わらず、金牙はその言動に眉一つ動かさない。


(頭が回るのは認める。けど、前置きが長すぎなんだよ! こっちは時間がねぇんだよ、このアホ金牙!)


 金牙の言葉に対するテミンの反応。戦闘貴族としての家柄や特徴、依頼されるであろう任務、胸中で思っていることすらも。金牙に自分の何もかもを先読みされているようで、テミンは不快な気分になった。心が落ち着くに従って胸ぐらを掴む力が弱くなっていく。


「お前もリアンも短絡的だな。一応僕の方が年下のはずなんだが。それに、こう胸ぐらを掴まれては話したいことも話せない」


 金牙に制され、テミンの手がその胸ぐらから離れる。金牙の言うことは正論だった。確かに胸ぐらを掴んだ体勢では話しにくい。年下相手にカッとなって手が出てしまうのは大人おとなない。


「皇太子派にも商売しろ。屋敷内でセールストークをするんだ。戦力を見てそれに見合った武器を売る。最低二回、僕の指示した日に皇太子の屋敷に商売しに行け。一回目は極秘任務中の海亞に当主会談を知らせるため。二回目は後日タイミングを知らせる」


 金牙の言葉は周りの足音にかき消され、耳を済まさなければ聞こえない。だがその声に、テミンの表情がわかりやすく変化した。険しい顔は驚いたような顔になり、またたく間に笑顔に移り変わったのだ。


「屋敷内に入るのは、海亞との連絡を取るためだ。何かあればお前が助けに行けばいい。大方、皇太子派もナルダ社の商品を使ってるだろうからな。戦闘貴族イ家とナルダ社の関連を悟られぬよう、商品に小細工などという馬鹿な真似はするなよ?」


 早口に述べられた金牙の言葉はそんな大した依頼ではない。だが、すでに先を見越して策を考えていることがわかる。さらに、敵相手とは言え商売を行うとあれば、テミンが経営するナルダ社にとっても悪い話ではない。金牙の言葉一つで、テミンの金色の瞳に強い光が宿る。商機の到来を感じ取ったからだ。





 テミンの家、戦闘貴族のイ家はナルダ社という武具を取り扱う会社を経営している。その仕事上、テミンは戦闘貴族ではあるが直接戦闘に関与することはあまりない。テミンは当主でありながらもナルダ社の活動をメインに行い、戦闘は部下である戦闘員達に任せている。戦闘貴族として選ばれたのはその戦力と、幅広い武具の知識を買われてのことだった。


 逆に言えば、テミンは戦闘貴族でありながら唯一、商売を理由に敵陣に踏み込める人材なのである。だが金牙がテミンに商売を提案したのはそれだけが理由ではない。テミンの絶妙な立場に、勝機を見出した。


「イ家が戦闘貴族に選ばれたのは九年前。幸いにもイ家とナルダ社が同じと知る者は少ない。お前が一番顔が割れてないんだ」

「だろうな。あくまで俺はナルダ社メインで動いてるし。ライデンの統治だって、基本的には俺の部下がやってるもんな。酷い奴だと俺が当主って知らねぇし」

「だからこそ、適任者はお前なんだ。僕、海亞、フィールは皇太子様に会ったことがあり、顔が割れてる。リアンは大雑把過ぎてこの手の任務には向かないしな。言いたいことはわかるだろう?」


 統治下の市民にすら、その顔を知られていない。そのような戦闘貴族当主は、テミンを除いて他にいない。金牙、海亞、フィールには問題があった。濃い青色の目は皇帝の遠戚の証である。このため、この三人の顔だけは皇太子も幼い頃から把握している。リアンは戦闘にこそ長けているが、裏で暗躍するような任務には向いていない。頼みの綱はテミンの他にいないのだ。


 さらに、テミンは装備品の会社「ナルダ社」の社長として顔が広く知られている。何年も武芸者、特に戦闘員を雇うような規模の大きい氏族相手に営業してきた彼は口が上手い。相手の機嫌を取る術も、客相手に自分の意見を通す術も、少しでも利益を得るための話術も。いわゆる「交渉術」に長けている。それこそが戦闘貴族当主、テミンの真の実力でもあった。


 明らかに皇帝派の者ならば警戒されただろう。しかし装備品を提供する商社相手となれば、皇太子派の出方も変わる。もし皇太子派相手に契約を取れれば、テミンが定期的に屋敷を訪れる口実になるだけでなく、敵の扱う武具やその戦力の情報も得ることが出来るのだ。もっとも、契約を取れればの話であるが。


「とりあえず海亞への連絡は頼んだ。続きは当主会談の日に話し合おうじゃないか」

「それはいいけどよ……夢見んのは辞めとけ。人種差別を無くそうとしたところで、フィールみたいなやつが差別されるだけだぜ」

「嫌うなとは言っていない。奴隷制の完全撤廃、有色人種カラードの人権保護。それだけでいい。僕は、が街を普通に歩ければ、それ以上は望まん」

「……それが夢だって言ってんだよ。まぁいっか。そんじゃ、海亞への連絡は任せろ」


 テミンと金牙はいくつかの言葉のやり取りを行うと握手を交わす。互いの手を握るその力は強く、まるで「裏切るなよ?」と互いに牽制けんせいしているかのようである。自分達のことで精一杯の二人は、屋敷の中でうごめく不穏な影に気付かない。そのまま、時間だけが過ぎようとしていた。

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