7-2 アリシエの望んだ武具

 かくしてアリシエの求めている装備品を依頼したのが約三週間前のこと。そして今日、依頼していた装備品が届けられた。試着などを担当するのは、ナルダ社のトップであるテミン。戦闘貴族イ家の当主でもある彼はというと――。



 金髪は癖毛なのか全体的に逆立っている。金色の目の周りにはシワやクマが目立つ。しかし発達した四肢の筋肉と、服の下で見え隠れする腹部胸部の筋肉が、彼に肉体の衰えがないことを物語っていた。そんな中年の白人男性が、訓練所の中で仕切っていた。


「盾と剣はダン様の所。特注品と衣服は全部この金髪銀目の所。その普通の刀は黒髪の方だっての。おい、それはどう見ても特注品の武具だろ? 特注品はこっちだ。お前、特注品と既製品の見分けすら出来ねぇのか?」

「すみません!」

「お前、今から外で運搬係な。仕分け出来る奴一人と場所変われ。今日は商品の数も試着する数も多いんだよ。仕分けごときに時間かけてられねぇんだわ。俺は金髪の方の試着を担当するからダン様と黒髪は任せた。仕事なんだから、『野蛮人は嫌』なんて言い訳は聞かねぇぞ?」


 使用人らしき人達に次々と指示を出していく中年男性。彼の指示により、訓練所には次々と武具が運び込まれていく。彼が屋敷に来てから三十分も経過する頃には、訓練所は運び込まれた装備品は三箇所に分けられて床に積み上げられていた。この場を仕切る彼こそが、金牙きんがが装備品を依頼した人物――テミンである。リアンほどではないが大きな身体はかなり目立つ。


 テミンの隣には何やら嬉しそうに笑うアリシエの姿がある。訓練所に出入りする人の動きと、どんどん数を増やしていく装備品に興味津々なのだ。そんなアリシエは今日、武器を何一つ身につけていない。運び込まれた装備品を試着するためである。


「悪いな、とりあえず……んー、これだな。頼まれてた刀、いくつかあるから素振りしてみてくれ」


 運ばれてくる装備品の中からアリシエの依頼した仕込み刀の入った包みを手に取る。かと思えば、慣れた手つきで包みから刀を取り出してアリシエに渡す。刀が入っているらしい細長い包みは数え切れないほど床に並んでいる。包みの表面には何やら文字が書いてあり、それが刀の種類を示しているようだ。


 アリシエは意味もわからないまま、渡された刀の鞘を引く。右手だけで刀を振り、左手で仕込んであるひょうを取り出して構えた。薄い三角形の刃のある簡易的な短剣、鏢。その持ち手の輪っかに指を入れ、指で器用に鏢の構え方を変える。実戦に即した使い方なのだろう。


 訓練所に運ばれた包みや袋の中身が装備品であると知るや否や、アリシエの目が好奇心で輝き出す。鼻息を荒くし今にも飛び跳ねそうなその様子からは、彼の興奮具合がうかがえる。


「次はこっちだ。今使ったのはその紙の上に置いてくれ」

「何かが違うの?」

「見ればわかるんだが、刃の大きさと切っ先が若干違うんだ。あと、仕込んだ鏢の大きさも違う。まぁ細かいことは言わん。素振りしてみてしっくりきたのを選べよ」


 テミンに言われるがままに何本かの刀を素振りし、持ち方を変えたりしてみる。刀の種類によって鏢の大きさや刀の切っ先の形、長さや重さまでもが違う。それにより微妙な扱いやすさの違いを実現していた。


 わざわざアリシエのために、仕込み刀だけで十種類以上を試作してくれたようだ。アリシエは何度も素振りや実戦に即した動きを繰り返した後に、ようやく一本の刀を選び取る。刀を選び終えた時には二時間が経過していた。





 テミンがここまで丁寧にアリシエの武具を選ぶのには理由がある。それは「武芸者には自分に合った武具を」などという表向きな理由ではない。金牙に依頼されただけでは、多額の資金を使って大量の試作品を作るなどという散財はしない。


 アリシエは皇帝派の貴重な即戦力だ。アリシエに最適な武具を選ぶことは皇帝派の戦力強化に繋がり、それは最終的には不穏な動きの続く皇太子派を鎮圧することに繋がる。試作品を作るためにかけたお金は、テミンにとっては「先行投資」なのである。


「お前は速さが武器なんだな」

「みたいだね。パパにも神威かむいにも言われたみたい」

「『みたい』って他人事だな。自分のことだろ?」

「僕、その時の記憶、あまり覚えてないの」


 テミンがアリシエの長所を見抜いたのは、自らが武具作製の指揮を取ったからだ。依頼された特注品の武具はどれも隠し持つタイプだった。「重い」攻撃を出来るのであれば、このような仕込み武具を扱わないはずだ。


 「重さ」があれば武器を隠さずとも敵を圧倒出来る。実際、フィールの従者である神威は仕込み武具を扱わず、攻撃の「重さ」を生かして相手と戦っている。このため、仕込み武具を依頼された時点で、アリシエの攻撃の質は「軽い」ということがわかってしまう。


 神威の武具をも見繕ったテミンは、アリシエの武具を依頼された際にこう判断した。アルという人物の攻撃は速くて質が軽い。だからこそ、速さを生かした奇襲や攻撃回数、さらには攻撃箇所で軽さを補っている。そのための仕込み武具であり、手首や刀の柄に隠し武器を仕込んで戦っていたのだろう。


「ダン様は、僕みたいに細かく確かめないんだね」

「ダン様はあくまで護身のため。お前は戦うため、だろ?」


 アリシエが異変に気付くと咄嗟とっさに誤魔化す。本当の理由を明かす訳にはいかなかった。本当の理由は、人種差別とも捉えられるような悲しいものであるから。


 人種差別を容認する過激派として名を広める皇太子派。そんな皇太子派に対抗するために、戦力として白人より有力とされる有色人種の力を利用する。それは戦力として評価こそしているが、言い方を一つ間違えれば人種差別になるような理由。


 アリシエだけでなくフィールの従者、神威も優れた身体能力を持つ黒人だ。そもそも黒人という人種が身体能力に優れている。持久力こそ他の人種に劣るが、瞬発力では右に出る者はいない。その特性から、ハベルトの武芸者の間では「速度は黒人、耐久性は黄色人種」とささやかれている。商品の評価のように聞こえるのは、ハベルトの多くの白人が彼らをとみなしているから。


 皇帝派である金牙やテミンは、有色人種を物のように扱いはしない。肌に色がある者達を人として扱う。だがその一方で、彼らの持つ身体能力に期待しているのもまた事実である。


 戦闘力というものは生まれ持った身体能力とその後の鍛錬で決まる。大事なのは各々が自分に合った戦い方をしているか、である。それでも、有色人種がいるのといないのとでは大きく違う。


 差別を容認する者達は「身代わりとして戦ってもらう」ため。差別に反対する者達は「共に戦ってもらう」ため。目的こそ違うが、その根底にある考えは同じ。「白人は身体能力という点では有色人種に劣る」という考えがあるが故に、有色人種を味方に入れて戦わせようとする。白人の氏族で、高い金を払ってまで有色人種の戦闘員を仕入れようとする者がいるのはこのためである。


 骨格や筋量という、人種の構造上の違いはそう簡単に変えることが出来ない。白人は構造的には、黒人に瞬発力では勝てない、黄色人種に持久力では勝てない。その構造や見た目が違うために、人種差別というものが生まれたのだが。それ故に、白人を相手にすることの多いハベルトでは有色人種の武芸者は嫌われるが必要とされる。雇い入れた後は、通常の奴隷と同様に低賃金でこき使う。


(皮肉なもんだな。人種差別のねぇ世界を維持するために、人種差別的な理由で協力してもらうなんてよ。ま、そんなことしたって、どうせまた別の差別が生まれるだけだろうけど)


 アリシエに特注品をいくつか試させるもテミンの心中は穏やかではない。武具を提供する理由が、心を乱れさせている。人種差別を行う過激派――皇太子派の動きに活発になっている現在。金牙達皇帝派の者達は皇太子派を裁くために、有色人種の戦闘員としての価値を利用しようとしている。その矛盾が、テミンを複雑な気持ちにさせていた。





 アリシエが提案したアサシンブレードという、筒の中に短剣のついた棒が入った仕掛けがある。仕組みは非常に簡単だ。筒を下に向ければ棒が真っ直ぐ降りてきて短剣の部分が手のひらにすっぽり収まる。あとは逆の手で短剣を抜いて攻撃するだけ。しまい方は筒を上に向けるだけ。


 欠点はその簡易的な構造が原因で、少し手を下に向けるだけで棒が降りてきてしまうこと。酷い時は鞘から短剣が抜ける時もある。その欠点をどうにかしようとしたテミンは、なかなか奇妙なものを用意していた。今日のためにわざわざアリシエの求めるアサシンブレードに改良を加えた品を持ってきたのである。


 テミンの持ってきたアサシンブレードは、刃を収納する鞘をベルトに付けたものだった。しかしそのベルトは腰に身につけるにはかなり短く、幅も細い。これはアサシンブレード本体を前腕に固定するためのベルトなのである。さらに、本体部分にも改良を加えられていた。


 本来は重力に従って、短剣のくっついた棒が落ちてくるようになっていた。アリシエが事前に描いた絵では鞘が不安定で、いつ短剣が抜けるかもわからない。それを改善するために、テミンはまず棒を無くした。


 代わりに短剣の鞘にベルトをつけ、さらに短剣の鞘には刀の鞘と同じように鯉口こいくちをつけた。鯉口によって抜けやすくするだけでなく、刀の扱いに慣れているアリシエが扱いやすいようにしたのだ。


「うん、これ、使いやすい! 手首で棒、止めなくて済むからすっごい楽!」

「改良したらただの短剣になっちまったけどな」

「でもこれ、僕が使ってたのに近いよ! アサシンブレード、すごい!」


 早速アサシンブレードを試着して短剣を抜き、歓喜の声を上げるアリシエ。新しい武器がよほど気に入ったのだろう。新しい玩具を与えられた子供のようにはしゃいでいた。かと思えばその銀色の目がテミンを見て細められる。


「えーっと……誰だっけ?」

「テミンだ」

「てー、て、てみ、テミン。うーん、言いにくいね。素敵な武器、ありがとう。……にぃに! 手合わせ、しよう! 新しい武器、使い心地、試したい! 特にこれ、アサシン、ブレードだっけ? これを試したい」


 テミンから新しい武器を受け取ったアリシエは、キラキラと輝く眼差しで訓練所の隅で待機していたソニックを見る。アリシエと似ても似つかない黒髪と濃い青色の目が、テミンの目を引き付けて話さなかった。


 ソニックの不自然に歪められた顔が「戦いたくない」と訴えている。それはアリシエとの力量の差を実感しているからなのか。拒絶の態度を示すソニックは、表情とは真逆に「わかった」と手合わせを承諾する。

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