第七章 鬼に金棒を、虎に翼を

7-1 君達に装備品を

 暁家の屋敷にテミンと名乗る者から電話があった二日後のこと。暁家の屋敷前には三台の馬車が止まっていた。使用人達が屋敷内へ次々と荷物を運んでいく。


 荷物が運び込まれたのは屋敷の訓練所。そこではアリシエ、ソニック、ダンの三人がすでに待機していた。運び込まれた荷物はどれも装備品。三人が今後使うであろう武具防具である。アリシエの武具に至っては特注品のため、使い心地を試す必要があった。


 事の始まりはアリシエとソニックが暁家の屋敷に来た約三週間前まで遡る。




 屋敷に雇われたその日にソニックとアリシエ、いやアルウィスが銀牙ぎんがと仕合を行った。仕合の結果はソニックは敗北、アルウィスは勝利である。その晩、ソニックとアリシエを寝室に案内した後のこと。


 暁家の住民三人が金牙きんがの書斎に集まっていた。仕合を行った銀牙と人の心の声を聞くことが出来る虹牙こうが。二人を書斎に呼んだのは、屋敷の主である金牙である。銀牙だけは、その場でひざまずいている。


「銀牙、お前の目から見てどうだ?」

「ソニックは、黒人にしては瞬発力がやや劣りますね。戦う環境下にいなかったのでしょうか。戦い慣れていない感じがします。武芸の手ほどきは受けているようですが、戦力としては虹牙と同程度かと」


 ここまで告げると、銀牙の顔つきが変わる。鋭い眼光で金牙を見上げた。その顔は恐怖からか緊張からか強ばっている。発する言葉に迷い、すぐに言葉が出てこない。ソニックの報告から少し間を空け、報告を続ける。


「アル、でしたっけ。彼はまだ真の実力を見せていませんね。何よりあの身体能力と身体操作。妙な武芸のせいか、動きを見失いやすいです。あの様子から察するに戦い慣れています」


 銀牙が報告したのは仕合から得られた、アリシエとソニックの印象。二人を戦闘員として雇った以上、大事なのは戦闘員としての実力だ。実力を測るために銀牙と手合わせをさせたと言っても過言では無い。


 金牙は自分の目で確かめたものしか信じない。それは人の実力でも同じだ。このため、自分が最も信頼している銀牙と手合わせをさせたのだ。そして彼自身は仕合の様子を遠くから観察していた。


 金牙は仕合を見て、ソニックの戦い方に違和感を覚えた。二刀流らしいのだが戦い方がぎこちないのだ。瞬発力も、年下であるはずのアリシエに劣る。同じ黒人なのに実力に差が出るのは、育ってきた環境が違うからなのかもしれない。金牙はそう仮説を立てていた。


「虹牙、お前は何か聞こえたか?」


 金牙に問われ、虹牙は苦笑いを浮かべてしまう。ひそめられた眉と俯きがちの顔が、困惑を示していた。虹牙の顔を見れば、報告の内容があまり良くない結果であるとわかる。


「ソニックの心の声は聞こえなかったよ。上手く心を隠してるのかな。初見で心が読めなかったのは初めてだ。アルの方は三つの心が入り交じっていた。三人とも心に素直ではあったけれどね。心に抗って行動する素振りはない」


 虹牙は「人の心を聞くことが出来る」という稀有な能力を持っている。金牙はそんな虹牙の能力を、信憑しんぴょう性を確認した上で利用していた。虹牙という存在は、戦場だけでなく交渉や会議の場において大いに力を発揮する。


 普通、人の心を見聞きすることは出来ない。だからこそ人は相手の本音を探りつつ自らの本音を隠そうとする。しかし、虹牙がいればその必要がない。隠された本音を心の声として聞くことが出来るからだ。


 虹牙には、アリシエとソニックの心を読むように頼んでいた。言っていることに嘘偽りがないか、本心では何を思っているのか。それらを知るのに虹牙の能力は非常に有用だからだ。もっとも、金牙にとって、ソニックの心の声が聞こえないのは想定外であったが。


「銀牙。装備品の発注を頼めるか? 僕は明日、アル本人に事情を聞くことにする。そして、彼らに合った装備品を用意したい」

「御意です」


 暁家に来たばかりの黒人、アリシエとソニック。彼らが持っていたものと言えば刀一本のみ。しかもその刀は奴隷どれい船で二人を助けたという船員に渡されたものらしい。ラクイア大聖堂近辺で追っ手と戦った際に、その刀は折れてしまっていた。


 武芸者は武器無くして戦えない。体術を扱う者であっても、拳や足を保護する装備品は必須である。逆に言えば、装備品が無ければ戦闘員として働かせることも出来ない。アリシエとソニックの装備品調達は緊急を要するものであった。





 金牙は、アリシエ達が来たその日のうちに装備品を用意するために動き始めた。装備品を買うにあたって、身体の大きさや扱う武器を知る必要がある。普段着を買うことで二人の身体の大きさを調べ、本人から話を聞くことで臨時で与えるべき武器の種類を調べるという計画を立てた。


 二人の所持していた服は最初に着ていた汚れたボロボロの衣服一着だけ。奴隷船の中で服を変えたらしいのだが、糞尿の匂いが僅かに残っている。何日も体を洗っていないからか、その体はむせ返るような悪臭を放っていた。


 このため使用人に頼んで、寝ている間に念入りに身体を洗わせた。起きている間に洗うと拒絶して暴れると考えたためだ。使用人は黒人に触れることを拒絶していたが、臨時に給金を支払うことで無理やり納得させた。


 三日目にはアリシエ達の服を購入し、武器を買い与える。アリシエには刀を三本、ソニックには刀を二本。急いで買ったためお世辞にも物が良いとは言えなかったが、何も無いよりは遥かに良い。武器がなければ仕事を与えることも出来ないからだ。


 その日、買い物から帰ってきてからが本番だった。金牙は昼食後に、二人を訓練所に集めた。訓練所には木刀や木の棒の他に、紙、ペン、インク、鉛筆と言った筆記用具も揃っているからだ。アリシエとソニックを床に座らせると金牙が口を開く。


「お前達、元々扱っていた武器はこれじゃないだろ? 元々扱っていたのに近い物を買う。だから、どんな武器を使っていたのか教えてくれ」

「僕、絵を描く! 武器の名前、わからないから、描くね」

「オイラは大したもの使ってないから大丈夫だよ。なんて言うんだろう。頑丈な打刀と普通の刀があれば大丈夫。それが無理なら片手剣二本でいいよ」


 金牙の声にそれぞれが言葉を返す。アリシエが絵を書いて説明することを想定していたのだろう。文字を書けることも、言葉で説明することも出来ないと、金牙は最初から考えていた。


 アリシエは文字の読み書きが出来ない。アリシエの話した言葉を、他の者が文字にする必要がある。その話し言葉ですら、語彙力が不足しているせいかつたない。


 紙と鉛筆を受け取り、その使い方を金牙に教わる。鉛筆を折らないようにと気を付けながら、慣れない手つきで弱々しく線を描き始めた。


 アリシエが最初に描いたのは刀。だが、ただの刀ではない。柄の先端には、通常の刀の柄にはない金属の輪っかが付いている。柄の長さは通常の刀の柄より少し長いように見えた。


 アリシエはその隣に柄の詳細について描き始める。どうやら柄についた輪は薄刃のクナイの持ち手らしい。元々いたシャニマという国では、柄にクナイを仕込んだ刀を使っていたようだ。だがアリシエの描くクナイは金牙の知るクナイと違う。爪状であるはずの切っ先は、三角形の薄刃の短剣を模している。


「なんだ、それは?」

「僕の刀! この輪っかを引っ張るとひょうが出てくるの。普段は普通の刀として使うんだよ。これを三本持ってたの」

「鏢? そういう武器の名前、なのか」


 アリシエの描いた絵はあまり上手くはない。弱い力で線を引いたため、線の色は薄くわかりにくい。それでも武器の形状や構造の特徴はわかる。字が書けないアリシエに代わり金牙が、アリシエの言葉を文字にして記していく。





 アリシエは別の紙に奇妙な絵を描き始める。それは、簡単に言えば細い長紐に筒のような物がついた武具。金牙が初めて見る怪しい武器だった。


 長紐に付いている棒の先端には折りたたみ式ナイフがついている。棒は筒状の入れ物に納められ、絵を見るかぎりでは重力の力で落下するように思える。その奇妙な武器に金牙が顔をしかめる。


「そ、それはコテか何かか?」

「ううん、えーっと……前腕にセットして、袖に短刀を隠すの。で、使う時にこう、手を下ろして、短刀を手元に寄せて、もう片方の手で柄を握って刃を出すの!」

「アサシンブレード、というヤツか。だいぶ簡易化されているが」

「んー、多分それ、なのかな? パパがハベルトから持ってきたのを解体して、それを元に造ったんだって。パパが作ったのは刃を変えられないから、びて使えなくなっちゃったけどね」


 筒に付けられた細い長紐は二つ、筒の両端についている。これで筒を腕に固定するのだろう。ナイフは特に固定されているわけではなく、出し入れは重力のみで行うようだ。使い方を少し間違えれば自分が怪我をする可能性がある。


「これ、自分が怪我したりしないのか?」

「使わない時で短剣が落ちそうな時、手首をうまく使って押さえるの」

「可能なら改良するように頼もう。要は腕に逆さに付ける短剣――に近いアサシンブレードだ。何とかさせる」


 アリシエの話からわかることが一つある。アリシエが使っていた奇妙な装備品は、そのほとんどが手作りだったようだ。おそらく、アリシエの戦い方にあわせて作られたものなのだろう。


「あ、あとメリケンサックってやつ! パパがメリケンサックに刃付けてくれて、それを使ってたの」

「武器はそれだけか?」

「うん! 服は何でもいいよ。無かったら人から奪うか、葉っぱで作れば――」

「それはやめろ!」


 アリシエの口から飛び出た物騒な言葉に、金牙が声を上げた。人から衣服を奪う、自生している植物などから衣服を作る。これらの単語を聞けば、アリシエの生き様が目に浮かぶ。


 人から物を奪い、自生している木々から果実や葉を採取し、過酷な環境で生き残ってきたのだろう。高い戦闘技術も、ハベルトで暮らすには不向きな癖も、そのような生活が原因だったのだ。

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